2007年11月アーカイブ

劇画ヒットラー (ちくま文庫)水木しげるの「劇画ヒットラー」読了。こんな珍本があったなんて。水木キャラでヒットラーをはじめ歴史上の人物が描かれるだけでも衝撃なんだけど、それがいつのまにかブルーノ・ガンツが演じたヒトラーに劣らぬほどの存在感が出てくるから不思議である。人生の落伍者から独裁者へ、そしてその死までがなんともとぼけた、淡々とした感じで進む。

当時のドイツにインターネットが普及していたらヒットラーは生まれただろうか?もしかしたらもっと急速にナチは支持されたかもしれないとすら思う。そのくらいに人間個人の「意志」は時に脆いものであり、集合化で思わぬ方向へ進んだりする。人間は愚かであるとか、愚かでないとか、そういったことがどうでもよくなってしまう気さえする。水木キャラのヒットラーとその時代を読むと、自分の「意志」というものがなんなのか分からなくなってしまう。なんとなく、ぼんやりとそんなことを思った。

グロテスク〈上〉 (文春文庫)グロテスク〈下〉 (文春文庫)

読んだのは夏ごろだっただろうか?とりあえず今年読んだ本でブログにメモしてなかったので貼付けておく。これはすげーという小説。「通俗」とはかくあるべし。そういえば昨日の夜、BSマンガ夜話で「真説 ザ・ワールド・イズ・マイン」をやっていたのだが。あの漫画に、どこかしら似ているような気もした。どちらも「モンスター」についての物語だからだろうか?

以下翌日になって追記。

ウェブ時代をゆく風に言うならば、「商品になる自分」としての極北の形としての「身体を売る」という行為が、意識的に積み重ねられて行くところがとってもスリリングである。そして「傍観者」「記述者」としての「わたし」が最後に大きくそのマーケット(=売り物としての身体の市場)に出て行くところがなんとも言えず陰惨というか壮快というか、ただ事ではない切迫感を持っているのである。生きるというのはなんとグロテスクな行為であることか。

お金は銀行に預けるな   金融リテラシーの基本と実践 (光文社新書)こんな本も読んでいたりします。バリバリのベストセラー。僕のような金融リテラシーゼロの人間にはぴったりなのではないでしょうか。頭の悪い煽り文句のような書名とは裏腹に、内容はかなりまっとうな感じがしました。とりあえずおべんきょう、おべんきょう。

今読書中の「カラマーゾフの兄弟」と比べると、なんか頭がぐるぐるして面白い。

最近、駅のホームから見える"you are what you buy"と書かれているカードの看板が気になる。恐ろしいことに"you are what you want"ですらないのである。我々は神なき(いるかもしんないけど)世界の中で、お金という言語を与えられ、必死で何かを話そうとしているのかもしれない。

日曜日。シネカノン有楽町二丁目でアフター・ウェディング

なんとも不思議な手触りの映画。美しいが、いろいろと企みが隠されている感じ。

インドでストリート・チルドレンの為の孤児院を運営するヤコブは資金難で孤児院閉鎖の危機にされされている。そこへ母国デンマークの大企業から出資のオファーが突然届く。契約の為に帰国した彼は、なんとその出資者の妻がかつての恋人であることを知り・・・という出だし。一体どうゆう映画なんだろうと思っていたら、なんとも劇的な展開となったのである。(続きはネタバレあり)

土曜日。味スタでぼーっと西日に照らされながらサッカーを見た後に、青山LOOPでPunkchillのライブ。とっても小さなハコで、DJだとちょうどいいんだろうけどバンドのセットを置くとかなり狭い。余りにステージが目の前だったので見てるこっちが緊張してしまった。(おかげでXacti持っていったのに撮影もせず。。)プンクさんたちはあまり気にする様子もなく、しかしなぜか青山LOOPな感じの洒落た選曲で決めてくれました。良かったです。次は12/23のRHAPSODY<ラプソディ> vol.5 @ 渋谷LUSHでございます。

【初回限定生産】『ブレードランナー』製作25周年記念 アルティメット・コレクターズ・エディション(5枚組み)金曜日。新宿バルト9で「ブレードランナー ファイナル・カット」。11/17から2週間の限定上映。

基本的にはデッカードのナレーションがなく、ラストシーンが違っているディレクターズカット版のままであるが、ハイレゾ時代に合わせた修正が無数に入っているとのこと。ファイナル・カットを観た!!に書かれている内容もご参考に。Amazonのレビューによれば、冒頭の目のシーンも微妙に取り直されているとのことで、もうマニアじゃないとわからないような箇所ばっかり。何度も見た映画でしょ?と言われても、でもいいの。ブレードランナーだから。正直に言えば、そんな細かな修正箇所などはどうでもいい。ただ、この映画を何度でも体験出来ればいいのだ。

強力わかもと。「二つで十分ですよ」。レイチェルの涙。写真の拡大とストップ。蛇ダンサー。プリスのとんぼ返り。そして「俺はお前たち人間が想像も出来ないようなものを見てきた・・・」。空に放たれる鳩。どのシーンも全てが名シーンなのだ。

もともと25周年ということでDVD(Blue Ray/HD DVDも)の為に作られたこのファイナル・カットだけど、超高画質、高音質で劇場で見ることが出来たのは本当に嬉しい。最初から最後まで食い入るように見た。多分また何年か後に、「新・ファイナル・カット」などと銘打って、エンドロールの「Do Androids Dream of Electric Sheep」が「Do Androids Dream of Electric Sheep?」と正しく?付きになっただけのバージョンが公開されたとしても見に行くだろう。そういう映画である。

土曜日。今季最後のホームゲーム。天皇杯は決勝に進まない限り遠い場所での戦いになるようなので、この体制でのチームを見るのもこれが最後かもと思いながら見た。大宮は降格しそうなのもうなずける出来で、前半は面白いようにパスを回して攻める東京と、プレッシャーにやられてんのかグダグダな大宮という感じだった。後半入ってすぐ、奇麗な展開から梶山がヒールで繋いで石川が決めて先制。但しミスですぐ追いつかれ、徐々に大宮が引き分けでもいいという姿勢に入ってくると手詰まり状態になり、最後には相手のセンターバックの無茶苦茶な突進を止められずに失点して終戦。なんというアッサリした終わり方。入れ替え戦の広島とか降格決定の甲府のファンには使えねーな東京と思われたことだろう。

試合が終わってもすぐには帰らず、監督の挨拶と選手が一周し終わるまでスタジアムにいた。土肥がいなくなるのは寂しい限り。福西はもう1年でもいいから違う監督の下でどうなのかを見たかったな。

今年はもう夏くらいから来季のことを考えようと思うくらいだった訳だが、そのパターンももう何年も続くと、期待も不安もなくなってきて。。

化け猫あんずちゃん (KCデラックス)それタダの32歳の無職のおっさんじゃん!と更新係がつっこんでいるように、この「化け猫」なんだけど、田舎でやることもなくぶらぶらしている32歳のおっさんっぽさは異様なほどにリアル。いましろダウナーワールドのアイコンであるダウナー春山も登場してきて嬉しい。物の怪たちが遊びにくるんだけど、みんなゲームしたり漫画読んだりしてるだけの「宴」には涙が出るような既視感さえわいた。割と一歩間違えばあんな感じだったよ学生時代とか。

ヒトラー~最期の12日間~スタンダード・エディションちょっと前にBS1でやってたのを見たのでメモ。特に目新しい感想はありません。ヒトラーというより、その秘書だった女性の視点が中心。死ぬのは嫌だなあ・・怖いなあ・・でも逃げられないなあ・・と漠然とわかりつつ仕事をする日々というのはいったいどんな気分なのかを想像したり出来ます。怖いのは本当に嫌だなあ・・とひたすら考える2時間35分。

水曜日。観衆が集まらないことを殊更言われるオリンピック代表だったが、さすがに最終戦は4万を超す人が国立にやってきた。僕が着いた頃にはすでに自由席は上層のさらに上の方くらいしか空いていなかった。寒風吹きすさぶ中での2時間のサッカー観戦。相当防寒していったけどやっぱり寒かった。

試合の方はこれ以上ないと言えるシブい展開。おそらく誰もが嫌だな・・・と思っていた展開であるところの0-0での後半残り15分から後の時間というのは、ひたすら時計とピッチの上を見守るキツい時間帯だった。前半は押し込まれることも多かったもののなんとかしのぎ、後半は今にして思えばほとんど日本が支配していたしサウジに危ない場面を作られることもなかったのだけど、「ちょっとしたミスを一つでもしたら終わり」という状況は見ていても本当に疲れた。はあ・・お疲れさまでした。よかったね。。と重圧にさらされた若者たちには言ってあげたい。その中でも重圧を楽しむかのように堂々とチームを引っ張り、驚異的な働きをしていた柏木はすごかった。

あと「感動としてはアトランタの時の80分の1くらい」なのは僕も一緒ですが、後でテレビで号泣してる水本の姿とか見たら彼らが羨ましくなってしまいましたとさ。アトランタの時には同世代と思って見ていたオリンピック代表だが、今はなんか高校サッカーと変わらない感じで見ていたりする。歳とるってのは恐ろしい。

ウェブ時代をゆく ─いかに働き、いかに学ぶか (ちくま新書 687)「ウェブ時代をゆく」読了。「ウェブ進化論」は良かったと思ったが、その後に2匹目のドジョウよろしく出版された、よく分からない学者や作家との対談集のようなものは、正直言ってまったく興味が持てないばかりか反感すら覚えていたが、著者の「ウェブ啓蒙/自己啓発集大成」とでもいうべき本書はやはり読んでおきたいと思って購入。

印象としては、著者の好む村上春樹ではなく、村上龍の小説/言説のような印象を受ける。徹底した現実主義と「人生をサバイバルし楽しむことが、抑圧者への復讐であり、自分の勝利である」というムード。楽観主義、性善説、サバイバルの重要性・・・どれも大人になった僕にはうなずけることばかりだし、この本を読んで勇気づけられることも大いにある。そして同時に不安や恐怖にかられ、自分自身がコモディティ化して社会に使い捨てられて行く未来も頭に鮮明に浮かぶ。このまま漫然とIT業界(笑)で、疲弊し陳腐化していく自分を思うとクラクラと絶望感に打ちひしがれたりする。

何年か前に、村上龍が「13歳のハローワーク」という本を出してベストセラーになったとき、猛烈な違和感と居心地の悪さを感じた。それは今にして思えばおそらく「好きなことを仕事にしよう」という至極真っ当な主張への異議だったのだろう。本書で言われる「好きを貫け」についても同様にぼんやりとした居心地の悪さを感じる。「好きなこと」とは何だろう?僕が「向いていること」ってなんだろう?自分の「選択」は本当に自分が下したことなのか?そもそも「自分」とは何によって作られているのか・・・・そして極めて「戦略的」で「論理的」に下された結果の、「売り物になる自分」という存在に、本当の意味で親しみが湧くのだろうか?という疑問。(それって昨今のお笑い芸人が突出し徹底した自らのキャラ演出で、一時の人気を得ているのと一緒の「戦略」のような気がするしね。。)

そういった面倒くさいことはとりあえず横に置いておこう、だってそんなことばっか考えていたらサバイバル出来ないしね・・というぶっちゃけ論を誰かがいってくれるべきだし、この本はそういう力強さに溢れている。蜘蛛の糸はカンダタだけに垂らされる訳ではない。インターネットは情報をコストゼロで共有/並列化し、誰にも同じ条件で戦うことを許し始めている。だからみんな、その強度を気にせず蜘蛛の糸を登ればいいじゃないか・・という訳である。蜘蛛の糸は事実上無限にコピー可能で、登ることの出来る人も独りじゃないからカンダタの存在もないのだ・・というのが本書のオプティミズム。論理的だし、実に「役にたつ」話だと思う。

ただし、人生はミスマッチ (内田樹の研究室)のような言葉も同時に接種しておくべきだろう。役に立たないことばっかりやってしまったり、選択を誤り続けたり、それを呪い続けたり、まあいいやと開き直ったりする。蜘蛛の糸どころか、そこが地獄であることすら気付かずにニコニコダラダラと過ごしてしまったりもするだろう。そして僕はそうゆう人生も、蜘蛛の糸を登る人生も、同様に愛おしく思う。多くの人生は論理や正しさよりも、不条理や間抜けさに溢れているのだ。

人生はミスマッチである。 私たちは学校の選択を間違え、就職先を間違え、配偶者の選択を間違う。 それでもけっこう幸福に生きることができる。

そう、「それでもけっこう」と思えずに、適性/適職を探し続け、未来への恐怖だけにドライブされた人生を送るのはゴメンだったりする。本の影響を受けやすく、すぐそうなっちゃうような人にはこの本をオススメしないし、逆にちゃんと優れた小説を読むようにこの本を読むことが出来る人は読んだ方がいいと思う。僕もいささか歳をとり過ぎた読者かもしれないが、若者がこの本を読んで思うオプティミズムに貫かれた未来の姿を即座に否定するような立場はとりたくない。とりあえずそのことだけは確かである。

久しぶりに映画館。シネマライズでクワイエットルームにようこそ

なんか評判がいいので見に行ったのだが、その評判がいったい誰のブログ?だったのかを思い出せない。。

映画はよかった。内田有紀は手足が長くて、顔も美人なんだけどちょっと野暮ったくて、まさに女優という存在感があっていい。他にも蒼井優、大竹しのぶというモンスター級の女優共演で、閉鎖病棟の狂気/そしてそれと同居する正気が見事にスクリーンから迫ってくる。狂気をはらんだ人を演じることは簡単かもしれないが、「自分は正気だと思っている狂気」を普通に演じるのはなかなか難しい。

人間はどこまでいってもその環境に慣れる。現実を受け入れる。その過程がとっても自然で良かった。主人公の人生と、14日間の閉鎖病棟の生活が、うまくオーバーラップしていく。ここでは「夢を追いかけよう」とか「愛をつかもう」とか「病気を直そう」とか叫ぶ人は誰もいない。クワイエットルームの静寂が、皆をクールダウンさせて一言だけつぶやくのだ。「現実を受け入れなさい」と。

そしてだからこそ、ラストシーンにはわざとらしい開放感も涙もなく、ただただ息をするだけで、ちょっと笑うだけで、それで癒されるような気持ちになるのである。(贅沢な現代人というのはこれくらい面倒な手続きをしないと癒されないのだ、たぶん)

金曜日。帰宅してからオシム倒れるのニュースを知る。なんということだ。いや「まだだ、まだ終わらんよ。」という言葉はこんな時に使いたい。回復を祈る。

土曜日。朝から映画を見て、夕方からは仕事関係の知人宅で飲みまくり。人数多くて何人いたのかすらよくわからん。途中からサッカーに興味のある人だけテレビの前へ。ベトナム0-4日本。実力通りの感じの勝ち方で、なぜ前回これが出来なかったのだろうと不思議になる。平山がわるかったのか?難しくやろうとしすぎてたのか・・・

ビール、ボジョレー・ヌーヴォー、日本酒と飲んだせいでふらふらになる。

日曜日。ガンバ大阪1-1FC東京。ガンバは「こんなところで何の目標もないチームに負けられない」という変なプレッシャーがあったのだろうか?2点目をとりにいくというより1点を守るような感じになってしまい、茂庭の退場で開き直った東京の攻勢にさらされて失点。なんとまあ・・せっかく浦和引き分けだったのにね。東京は2度ほどPKもらえそうなシーンがあったが、あの審判は全く笛を吹いてくれそうなムードがなかった。(じゃあなんで茂庭は一発レッドやねん?という感じである)

そう言えば、11/16と言えば1997年のジョホールバルから10周年の記念の日だったのである。(その日にオシム爺さんが倒れるとはなんとも悲しいことだ)10年前。新井薬師のアパートで更新係とテレビ観戦だった。岡野がゴールを決めた後、駅前の店で祝杯をあげた。

Bad Day

| | コメント(0) | トラックバック(0)

ウチに帰ってきたら、ちょうど後半残り10分くらいのところ。レッズがACL優勝するシーンを見届けるはめになった。さいあくであるがしょうがない。終了の笛がなるまで一応見る。レッズを応援する義理などさらさらないし、相手が韓国のクラブだった準々、準決勝(見てないけど)ならともかく、五月蝿いばかりのテレビ局まで応援にまわっちゃった決勝などまったく応援する気になれないのである。しかしそんな思いも虚しく終戦。やれやれしかたがない。

今年はサッカーに関してはロクなことがないなという感じ。毎年似たようなことを言っているのかもしれないが。BGMはR.E.M "Bad Day"、そしてRobert Johnson "They're Red Hot"

10月21日に放送されたETV特集。見てからかなり時間がたってしまったがメモしておく。

この特集の核になっていたのは「星新一、小松左京、筒井康隆」の日本SF創世記の3巨頭と、お三方プラス福島正美などが中心となって活動した「日本SF作家クラブ」のエピソードで、それらが抜群に面白かった。

ムーブメントがはじまる瞬間の、その瞬間にしか味わえない高揚感、使命感、連帯感。それを若いSF作家たちが謳歌している様子が生き生きと伝わってくる。なんでもかんでもオープンリールに録音しちゃってるあたりは現在のなんでもかんでもポッドキャストとかブログにUPとかの感覚に近くてとても面白い。

そして最終的に70年代の「SFの浸透と拡散」(by筒井康隆)の時代を経て、その時代に生まれた僕らはそんなSF作家の作品を貪るように読んで大きくなったのである。SFに限らず、その拡散の結果としての「SF的なるもの」が我々の世代の接したメディア(映画、音楽、アニメ、コミック、CM・・)の多くに侵入していたとも言える。

SFというサブジャンルと思われていた存在が、スーパージャンルとも言える存在に成長したのだ。その「歴史」にちょっと感動してしまった。

但し、昨今の「クリエーター」と称される人にSFの影響をきくパートとかは退屈だったな。あと、最終的に「いわゆる現在のオタク文化全般」を「日本SF」の嫡子と認めてしまうかのような番組の構成は正直ヒドいと思ったが、司会の栗山千明が秋葉原をエヴァのフィギュアととも闊歩する絵がどうしても撮りたかっただけなのかもしれない。許そう。

週末

| | コメント(0) | トラックバック(0)

土曜日。ロンドンからの客人と秋葉原探訪ツアー。といっても秋葉原にそれほど詳しいわけじゃないんだけど、オタクな彼が喜びそうなので、ちょっとお店を調べてから行った。

まずは中央通りを歩いて、リバティー 8号店 フィギュア・ホビー館 。ガメラの巨大フィギュアと綾波レイがお出迎え。客人曰く「エヴェンゲリオンはちょっと見たけどあんまり意味がわからない」とのこと。そうでしょうね。。でもガンダムは中国製のコピーDVDで見てるらしい。ということでガンダムのフロアをじっくり見ることに。彼はレアな超合金製ガンダムを買おうか悩んでいたが結局買ってなかったな。。まあしかしあれだけの分量のプラモ、フィギュアは壮観で、今度一人で来ようかと思ったくらいだ。

その後は一応秋葉原名物?ということでメイド喫茶へ。まあストレンジな経験でした。

ソイレント・グリーン 特別版その後は両国でちゃんこ食べて、家の近所でカラオケして、飲みまくって終わり。Si-Fiの話が出来て嬉しかった。僕は英語は全然ダメだけど、SF好きと聞いて必死でしゃべろうと頑張った記憶がある。。ブレードランナーからP.K.ディックの話になり、暗闇のスキャナーとか、高い城の男とか、映画「スクリーマーズ」の原作は「変種第二号」だよとか、ユービックいいよねとか。ディックじゃないけど、レイ・ブラッドベリとか、「宇宙船レッドドワーフ号」の話とか。あと映画でチャールトン・ヘストンの「ソイレント・グリーン」をオススメされた。

日曜日。家で鍋パーティ。総勢7人。今まで6人が最高だったのだけど、7人はさすがに狭かった。料理して、酒飲んで、ああ楽しいと思っているうちに23時頃になっていて、寂しいけれど散会。日曜日だしね。みんな仕事あるしね。

というわけで、柄にもなく社交的な感じの週末だったわけです。先週は旅行だったし、なんか似合わないことばかりやってる感じはあるのだが、不思議とあまり疲れていない。まあ結局のところ飲んだくれている週末という意味では毎週毎週あんまり変わらないのである。

SANY01543日目はこれまた普通に市内観光。原爆ドームから資料館。これも小学校の時以来。

月曜日だったので、中学生や高校生だらけ。広電の中で、大阪の小学生が大分の中学生にカラんでて、ちょっと中学生が可哀想だった。資料館はじっくり見学。叔父によると、昔よりも若干グロテスクな展示が減って、そのかわり構成にメリハリがきいて見やすくなったそうだ。ボランティアのおじさんが「路面電車はなんと原爆投下の3日後から営業を再開したのです。路面電車は広島復興のシンボル的存在だったから、広島の人はみんな路面電車が大好きなんです。だから他の都市のように路面電車がなくならないんです。広島は日本の路面電車マニアの聖地なんですよ」と力説してて、ちょっとおかしかった。確かにバスと路面電車だと、電車の方に乗りたくなる街かもしれない。広島。

SANY0156その後は広島城行って、路面電車で市内をブラブラして、広島駅からリムジンバスで空港行って、飛行機で東京へ帰ってきた。飛行機は揺れたうえに、30分以上着陸待ちがあってうんざり。というわけで、とりあえず何のオチもないが広島旅行記を終わる。

ちょうど金曜日に、エノラ・ゲイの機長が亡くなったというニュースがあった。1945年ってもう62年前。僕が子供のころよく行った広島の記憶は、やっぱり歳をとってそのほとんどを忘れてしまっていたことがよくわかった。だから人はいろんなことを忘れないように、資料館を作ったり、ブログを書いたりするのだと思う。

SANY00832日目は叔父夫婦にガイドしてもらって宮島観光。(ちなみに今回の旅になんのひねりもない。全部普通すぎるくらい普通。完全ガイドブック通りの旅である。)宮島に来るのは小学校の修学旅行以来。今回は干潮で大鳥居の下まで行けた。昼飯はあなご飯。紅葉にはまだ少し早かった。フェリーに乗って帰る。その後広島市内まで車で送ってもらう。

2泊目は市内のホテル泊。晩飯は「八昌」というお好み焼き。30分くらい並んだ。生ビール、スジポン、お好み。特にお好み焼きに深い思い入れがあるわけではないが、とりあえずウマいジャンクフード。ガンガン食える。向かいの席で食べてたオッサンが確か吉本の芸人さんだと思うのだが、名前が未だにわからない。その後居酒屋。ガイドブックに載ってた店は日曜で閉まっていたので、適当に入ったら客が我々夫婦だけだった。地ビール飲む。お好み焼きで満腹だったことまり、その後はあっという間に爆睡。

SANY0113どうでもいい話だが、宮島のおみやげ屋さんで「1994年、サントリーシリーズ優勝、サンフレッチェ広島」の色紙を発見。森保、風間、ノ・ジュンユン・・・ああ懐かしい。下田は控えだったと思うけど既にこの時からいたのね。すごいな。

土曜日。羽田から広島へ。
携帯電話かざすだけで飛行機に乗れることに軽く感動。
fuji 2
飛行機からは富士山のサービスショット。

昼過ぎに広島空港着。車で呉へ。
大和ミュージアムに行く。
大和の1/10模型がすごい。
SANY0031

ホンモノの零戦もある。
SANY0028

展示内容は、呉の街の造船/軍都としての発展を追いかける構成で、大和建造の技術メモとか、海軍の豆知識とか、開戦から大和の特攻に至るまでが丁寧に展示されていて、思っていたよりかなりしっかりした作りでした。(あの映画にかこつけた適当な資料館なのかと思ってたけど、そうではなかった。)感情的でなく、論理的な構成。

その隣にある海上自衛隊呉資料館「てつのくじら館」(入場無料)にも行く。ここには数年前まで実際に使われていた潜水艦がそのままどーんと展示されていて、中にも入ることが出来る。ホンモノの潜水艦の中は人気らしく、開館当時は1時間待ちとか普通だったらしい。生まれて初めて(そしておそらくは最後に)入った潜水艦の中は、狭くてあんなところに何日もいたら発狂してしまうのではないかと思うくらい。計器がずらっと並ぶ前方の操縦室(?)は最先端風でもあり、同時にアナログな感じでもある。なんとなくホワイトベースみたいだな・・・と思ったりして無駄にテンションがあがる。
SANY0046

夕焼けの呉の港をドライブすると、実際に停泊している潜水艦が見えた。その姿は船というより生き物のようで、不気味なようなかわいいようなヘンな感じだった。

その後、祖母の家へ。美味しい料理と酒でぐでんぐでんになる。

広島

| | コメント(0) | トラックバック(0)

土日月の三日間で、広島旅行。
月曜夜に帰京。飛行機揺れた。東京も雨。

最後から二番目の真実フィリップ・K・ディック「最後から二番目の真実」読了。毎年1冊くらいのペースでサンリSF文庫の絶版本が創元から出ているのだが、これは新訳での出版。

「終わりなく続くまやかしの核戦争」がこの小説の舞台。地下塔に住む人々と、地上に住む特権階級。地下の人々の主な仕事は「要員」とい呼ばれるロボット召使いの製造で、地上の人々はその「要員」に囲まれて、まやかしの戦争ニュースを日々作るのが特権階級の仕事だというのだから、実に奇妙な経済で成り立っている世界だということになる。(農業とかは誰がやってるんだろう?)

護民官はシュミラクラだったり、世界中の人々を騙す偽の戦争記録映画とか、時間移動する男とか、テレビ型殺人マシーンとか、世界中に散らばる地下世界とか、ロボットとか・・・ディック的アイテムが総登場して楽しいし、映画にしてみたら面白そうな設定ばかりである。(すでにマトリックスにやられているかもしれないけど・・)

久しぶりのディックの小説は、やっぱりディックだなあとしか言えない。奇妙でかわいらしく、不安に満ちた世界だけど誰も絶望していない。

毒書の秋

| | コメント(0) | トラックバック(0)

カラマーゾフの兄弟1 (光文社古典新訳文庫)あ、そうそう、カラーマゾフをただいま絶賛読書中です。高校生の時に一回読んだけど、今読む新訳のほうがやっぱりしっくりと入ってくる。当時は分かりもしないのに分かるような気がしていただけなのかも。(今だって本質的に読書というものは「分かりもしないことを分かるようになる」体験なのかもしれないけどね)

機動戦士ガンダム 逆襲のシャア先週の土曜日にDVDで見た映画。夫婦でガンダム鑑賞シリーズもそろそろ終わり。この映画は高校の頃見て以来2回目の鑑賞。主題歌はTMネットワーク。まずそれがすげー。

映画の感想は、真面目に書きはじめると一晩かかってしまいそうだから手短に。

とりあえず作られてから20年近い今見ると、当時よりもグッと面白い。なぜだろうか?

どうしてこんな物語を作ったのか、監督の気持ちが痛いほどよく分かる。これはガンダムを終わらせる為の物語だ。だからこそ二人の生死を明らかにしないラストが悲しいほど中途半端に思える。(当時はそれが一番不満だった。今見ると明らかに死んだのだろうと思えるのだけど。)

スウィートウォーターの電車内で英雄として祝福されるシャアのシーンがとてもいい。ガンダムのベースが「世界を変える」系(=学生運動系)の物語であることがよくわかるし、同時に理念と現実の狭間で苦悩する古典的な形式を持っていることもよく分かる。リーダーとはその齟齬を全面的に引き受けざるを得ない悲しい存在だということも。シャアの情けなさは30代の男には涙なしで見られない。

いやー、ガンダム関連を連続してエントリってのもどうかと思うが、仕方ないのです。すんません。

このアーカイブについて

このページには、2007年11月に書かれたブログ記事が新しい順に公開されています。

前のアーカイブは2007年10月です。

次のアーカイブは2007年12月です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。