2008年2月アーカイブ

9坪ハウス

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9坪ハウスってのがあるんですね。無印良品の「木の家」にも似てるけど、あちらが箱の家の遺伝子を持つのに対して、この9坪ハウスは最小限住居だそうで、そこには以下の5原則があるそうです。

・平面は正方形(3間x3間)のプランとする⇒汎用性と美学
・3坪の吹き抜けを設ける⇒空間の連続性
・外形は14.8尺の切妻屋根⇒単純性・合理性
・丸柱を使う⇒構築性・柔らかさ
・メインファサードには開口部を設ける⇒比率・内外の一体化

いやあ楽しい。これってちょっと、映画における「ドグマ95」(純潔の誓い)に似ているような気がする。こうゆうの、うまく説明出来ないけど個人的にはとても楽しいのである。なんというか、ドグマ萌えとでも言うのだろうか。制約にこそ魅力を感じるというか。

春一番が吹いた23日は新年会というか、建もの探訪というか、某宅にお邪魔しました。肝機能だとか脂質代謝がよくないとか、皆様にはご心配をおかけしておりますが、やっぱり飲み続ける日々。この日も美味しい料理にビールにワインにシャンパンに日本酒に・・・飲みまくりでした。すみません。楽しかったです。

新築ということで、Xacti持ってムービーを色々撮ったわけですが、やっぱり建もの探訪風に撮影するのはなかなか難しいですね。でもやっぱり人のお家を見せてもらうというのは無上の悦びなのですよ。個人的には書架の水色背表紙(ハヤカワSF)とか無造作にバルクでストックされたプレミアリーグのDVD-Rにグッと来ました。渡辺篤史ならそこには食いつかないだろうけど。

でもって、今回ずっとハート鷲掴みされまくり(オスだけど)だったのが2匹の猫ちゃんで、人間の赤ちゃんには近寄っただけで号泣されるこの俺でも、猫には嫌われなかったようで、かなり遊んでもらえました。こちらはチビの方の動画。かわいい。。

ミスター・ロンリー

とても良かった。以下はネタバレあり。

バニシング・ポイントずっと前から見たかった映画。中野のレコミンツで買った。

確かにカルト。かっこいい。登場人物だけ並べると、コワルスキー、スーパー・ソウル、砂漠の老人、ベラ、若い警官、年とった警官、エンジェル、ヌードのバイク娘、歌手たち・・・・ということでまったくわけがわからない感じになる。

何をもってして映画を傑作と呼んでいいのか未だにわからないが、こういう映画を見ると後世になにが残るかなんて、まったく誰にも予想出来ないことがよくわかる。B級テイストは見る側の想像力で増幅され、強烈な寓意と印象をもたらす。コワルスキーの車はロックで、DJはそのロックをガンガンにかけるし、コマーシャルも流す。人々はロックスターを崇拝し、そして最後には彼を生け贄として差し出して、また毎日の生活に戻るのだ。だから映画の最初と最後が「消失点」としてループしているのは、非常に納得のいく構成で、この映画が多くのドロップアウトを目論む人々を魅了し続けている理由がよくわかる。人生はからっぽで、その中には暴走する車とヌードの女の子ぐらいしか見るべきものがないことを教えてくれる映画である。

というわけで今日のyoutube。primal screamのアルバム"Vanishing Point"から"kowalsky"。

6000兆倍の自由を手に入れる靴下整理術

平日は毎日、無印の靴下1種類のみ、という方法。まさに上記記事の内容と同じ考え方で俺もここ数年、実践している。そんな記事にするほどのことだとは思わなかったが、やっぱりヘンなのだろうか。。

don't even try it

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タイトルは適当。たまたまiTunesでかかった曲。

なんやかんやをここに書こうと思いつつ、気付けば週末も終わっていた。何を考えながら日々を過ごしているかは思い出せないが、せめて何をしていたかぐらいは書いておきたいという気持ちが、人をブログへと向かわせるのか。しかし全てを書くことなど出来るはずもなく、出来ることと言えば何を書かないでおくかを決めることくらい。それすらひどく曖昧で、いつか全ては書かなくてもいいことになるかもしれないが、それまではなんとなく思いついたら書く、という感じだろう。

もう1週間前か。2/11。東京国際フォーラム。「プロデューサーズ」というミュージカルを見に行った。妻が御招待頂いたのでくっついて見に行った。人生初のミュージカルであるが、感想は書かずにおこう。なんとなく例えば自分が、普段サッカー見ない人から、タダ券でたまたま見た試合をエラそうに語られたらハラたつよな・・と思ったりしたので。

テレビ。福田健二の「情熱大陸」見ました。まさに情熱というか、おそらくこれが本当に腹をくくった人間の生き方なのだろう。俺はあんな目つきになったこと、一回もないんじゃないだろうかと思う。

さらにテレビ。R-1グランプリ。世界のナベアツ優勝ならず。「すわーんねーんびーぐみーぃきん・八先生」のあたりには神がいると思ったが。

さらにさらにテレビ。BS1でジェイミー・フォックスがレイ・チャールズを演じた「Ray / レイ」。「モノマネ系」の映画はやっぱりなんか見ていて違和感がある。そっくりだったからって、それがどうした?それが映画か?という感じがするから。「カポーティ」は例外的に良かったけど。

モノマネ系と言えば、イアン・カーティスを描いた「CONTROL」、6人もの俳優がディランを演じる「I'M NOT THERE」、イーディとウォーホルの「FACTORY GIRL」とシネマライズではこれからそれ系の映画が目白押しである。そこでいまかかっているのが「ミスター・ロンリー」というのも出来過ぎた話。「ミスター・ロンリー」は素晴らしかったのでまた別途エントリします。

この2週間程、別に引越をするわけでもないのに部屋の整理に夢中になっていて、溢れていたCDやDVDや本もやっと居場所を見つけ始めたような感じだ。思い切って色々捨てた。特にDVDは、昔のビデオをかたっぱしからDVDに焼いて省スペース化したわけだが、更に言うならこのDVDを全部リンッピングしてハードディスクに入れちゃえば、更にスペースを節約出来るなあ・・という妄想に取り憑かれている。いや、妄想ではなく、そう遠くないうちに、ストレージはインターネット上にどーんと置いてあって、我々はMacBook Airみたいな端末だけを持っているような形での「所有」が当たり前になるのだろうな・・・と思いつつ。

だから前にも書いたけど、ブルーレイがHD-DVDに勝ったというニュースにもあまり興味はなくって、そのうちディスクは家庭からなくなってしまうのではないか?そう思うと、家の壁を占拠するディスクの山が悲しく見えたりする。結局のところ、何かを所有することよりももっと楽しいことを見つければいいだけの話だと思うけど。

マリー・アントワネット (通常版)家にある未見のDVDを見ていこうシリーズ。ソフィア・コッポラの「マリー・アントワネット」。

どのくらい意識してなのかわからないけど、これは確実にあまったれのための、甘えん坊による、お嬢ちゃんお坊ちゃん映画である。ぬるいけど、歴史上の人物をぬるく描いた映画だからダメだとは言えないだろう。「グラディエイター」とか「アマデウス」だって、昔の人を現代的に解釈して描くという意味では本質的にはこの映画と同じようなものだ。

解釈の中心にあるのは「決められた役割を演じることのしんどさ」と「退屈」。おお、ちょー現代的だ。

食うに困らなくて(フランスの民衆は困窮していても)、贅沢と内省(してない?)と色恋と自己実現に励むマリー・アントワネットは、現代の富裕国の「死ぬ危険があるほど困っていないけど、やっぱ生きるのはしんどいよな・・」という自覚なきリッチ(あくまで貧困国の下層と比べて)な層と、確実に地続きの場所にいる。だからこそ、音楽はニュー・オーダーでありキュアーであるのだ。

この不幸は、本当に生き延びることが切実な問題である人たちから見れば、アホらしいだけであり、完全に理解の外にある。だけどその不幸を生きる人たちは昔からいたのであり、現代はその数が信じられないくらい多くなっているというだけなのだ。

この映画ではほとんど全くと言っていいほど、貧困にあえぐフランス国民の姿は画面に登場しない。それは非常に正しい演出に思える。描かないことで、かえってその影は強く印象づけられ、全ての退屈を生きるマリー・アントワネットたちを照らしている。

すべてのまぼろしはキンタナ・ローの海に消えた (ハヤカワ文庫 FT)ジェイムズ・ティプトリー・ジュニアの本は「たったひとつの冴えたやりかた」といい「愛はさだめ、さだめは死といい、タイトルでグッとつかまれる。本書はその2作と比べるとSFテイストは薄めでファンタジー風味。世界幻想文学大賞受賞だそうだ。

wikipedia:ジェイムズ・ティプトリー・Jr.にあるとおり、この作家はその衝撃的な人生の終わりでもって記憶されてしまいがちであるが、そんなこともこの美しい小説の前では余計な情報でしかない。ただし、やっぱり"SF"じゃないのがちょっと残念な気がする。本棚の奥からひっぱり出して来て、随分昔に読んだ「たったひとつの・・・」と「愛はさだめ・・・」読み直そうかな、と思った。やっぱあの2冊は名作です。

mF247

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先日のこぐまレコード新年会で教えてもらったんだけど、mF247にPunkchillが登録されてます。無料ダウンロード。(アーティストページはこのURLで大丈夫かな?)

このサイトは以前、mF247の丸山茂雄さんが考えた「焼きそば屋的Web2.0ビジネス」という記事を読んだ時に登録したいなと思っていたんですが、そのまますっかり忘れておりました。怠惰なレーベルオーナーでごめんなさい。

"mF Charts Now"なるPodcastの2月2日付けでも曲かかってますね。iTunes / mp3

他にどんなバンドが登録されているのだろうと思って聴いたのですが、なんかこのPodcastは思いっきり通常のフォーマットのラジオみたいな構成で、ちっともwebっぽくはないのですが、いろんな試行錯誤がこれからあるのでしょう。ラジオも雑誌もあんまり聴かないし読まないけど、ネットにはほぼ1日中向かっている俺のような人は、どっから新しい音楽に出会うのだろうか・・・と考えてみると、結局友達に教えてもらうんじゃないだろうかという気がするので、そのあたりの友人関係とレコメンデーションがうまくリンクして適当にダラダラ流れている仕組みがあれば聴きたいと思う。

Bluetooth レーザーマウスMacBook Airいいなあと思いつつ、でもMacBookの黒を買ってから1年ちょっとしか経ってないのでまだ買うわけにはいかないなあと思い、でもこれがSSDが標準搭載で20万以下になったら買ってしまうなあなどと考えていたら、急にマウスの配線がうざったく思えてしまい(なんでだ?)、Bluetoothのマウスが欲しくなった。

Appleのはなんか評判がイマイチなのと、白しかないので黒のMacBookにはなんだか違和感がある感じで、他に選択肢も余りないのでなんとなくSONYのマウスに。これも黒といいつつ、VAIOのロゴとシルバーのラインがあるのが気に入らないんだけど、まあいっかと購入。

今届いたけばかりですが快適です。Parallels上でWindows使う時に右クリックがしたいなあとずっと思ってたんだけど、今更ながらやっぱ楽だわ右クリック。なんだかんだ言って、結構家でも使うもんなWindows。ただ、最近はタッチパッドを使うことが多くて、あのの2本指スクロールが結構楽しくて、おそらくこれからのAppleのノートはデカタッチパッド中心の時代になっていくと思われ、マウスの重要性はどんどん薄れていくのかもしれないけど、やっぱりいざという時にはあると嬉しいのがマウス。

こうやってちょっとずつワイヤレスの罠にハマっていく感じ。デジカメとかiPodとかもデータのやりとりは勿論、そのうちに充電もワイヤレスになりそうな勢いだし。部屋の中からコードがどんどん消えていくのを想像するのは楽しい。

(追記)しかもレーザーって光学式よりも賢くて、机の木目で飛ぶとかがないので、マウスパッドもいらないのね。更にすっきり。

SONY Bluetooth レーザーマウス ブラック VGP-BMS33/B
ソニー (2007/01/30)
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ちゃんと録画して見た只野スペシャル。もう放送されてから1週間以上たっているが、あまりの衝撃に書いておかずにはいられなかったので一言だけ。

小嶺麗奈が出演していて、しかもヒロイン役は高橋かおりで、その敵役という役所。性格悪くて男性関係も乱れてて、あげくの果てには只野仁にフンッフンッっとされてしまう始末・・・。しかも2時間ドラマの1時間過ぎたあたりでもう殺されるという、なんとも切ない展開。全然一言じゃないやん。

えーと最近「水の中の八月」を見直したんだけど、もうあの映画での小嶺麗奈は奇跡的と言っていい美しさで、あの少女も2008年になると只野仁なわけで、でももうそんなことは悲しいとか時の流れは残酷だとかじゃくて、なんか開き直って面白いと思えるようになってきたわけですよ、多分。マリアンヌ・フェイスフルだって今はすごいことになってることだし、北大路欣也もこないだ見た深作映画ではピュアな少年だったし、人はみな驚く程に変わる。以上。長い一言終わり。すみません。

93年とか97年の予選・・熱かった。2002年大会は予選なし。4年前は偶然チケットが手に入ったりして、最終予選はなんだかんだ言って結局ホームの試合は見に行った。で時は流れて2008年。もうワールドカップ予選開始ですか。今回はもう予選の仕組みもよくわかってない。まだ最終予選じゃないみたいですね。空席の目立つ埼玉スタジアムからの中継をテレビ観戦。雪とか降ってるよ。と思ったら東京でも降ってる。

今年から山口素弘はNHKの解説になったそうだ。なんか面白いこと言うかと思ったが、終始無難な感じ。遠藤のフリーキックが決まった時に、「山口さん、去年までは敵として怖い存在だった遠藤ですよね」と実況にふられていたが、確か遠藤が横浜フリューゲルスで高卒すぐ開幕レギュラーで出た年に一緒にやってるからもとチームメイトなんだよね、遠藤と山口。・・・・ってそれは1998年。あれからもう10年か。

そんなことを考えていたら試合の方は4-1で終わっていました。

(追記)
その後はBS2で「グリーン・デスティニー」見ながら、チャン・ツィイーはほんと(かわいくて、やらしくて)ヤバいな・・とかチョウ・ユンファは劇団ひとりに似てるな・・とか思いながらダラダラと。大酔侠で無茶苦茶キュートだった金のツバメ(チェン・ペイペイ)が、すごいおばさんになって悪役ジェイド・フォックスを演じている。チャン・ツィイーの食堂のシーンはまさにあの映画へのオマージュ(つーかそのまんま)ってヤツですね。
CROUCHING TIGER,HIDDEN DRAGON

死の棘

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死の棘 (新潮文庫)こちらのエントリーを読んで、なぜか急に読みたくなり購入。「金持ち父さん」読んだ次の本がこれってのもアレな話だが、これが多分俺の脳内バランスをとるためには必要。お金系の本と比べると、余りのコントラストに目が眩む。

夫の浮気を知り、次第に精神を病んでいく妻。ひたすらに詫び、許しを請う夫。そんな二人の崩壊していく夫婦生活が、延々と地獄のように続く。半狂乱で夫を問いつめる妻。繰返し繰返し、情事の詳細を問いつめる妻。もういやだ、わーっと叫び出し、自殺しようとする夫。それでも妻をなんとか正気に戻そうとする夫・・・壮絶という言葉がこれほど似合う小説もないだろう。

現代でこれを表現するとしたら・・・やっぱり私小説だろうか。いや、これこそブログがいいのかもしれない。2ちゃんに「浮気がバレてウチの嫁がおかしくなってきますた」みたいなスレでもいいかもしれない。なんでもいい。これは魂の実況中継なのだから。

夫婦とはなんなのか?男と女が二人で(そして子供と)生きるとはどういうことなのか?そんなことにやすやすと答えが出るはずも無いが、文字通り殴り合い、部屋でもつれ合い、地べたを這いずり回るトシオとミホの地獄絵図は、いつしか神々しいようなループへと突入していく。驚くべきことに、繰返される「狂気」のスーパークラスは、「愛」なのだ。

これから結婚する人、してた人、結婚しない人、そして全ての夫婦必読の書。

大酔侠

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大酔侠先週BS2で放送してたキン・フーの「大酔侠」。冒頭、食堂のシーンがまず素晴らしい。謎の美女。彼女にからむならず者たち。空を飛ぶ瓶。柱に突き刺さる銅銭。そして謎の酔っ払いの侵入・・・見事な緊張感とクールな殺陣。ツンデレ系美女剣士と、ダメっぽい酔っ払い風なのに実はカンフーの達人という極上の組み合わせで映画にぐいぐい引き込まれる。後半は酔侠の兄弟子まで登場し、徐々にヘンな感じの展開になっていくが、とりあえず力技で持っていかれる。

とりあえず、金のツバメのかわいさは驚異。12歳のジャッキー・チェンが出演してるらしいけど、確認出来ず。

英語のタイトルは"Come drink with me"。あんまり内容と関係ないけど、ええタイトルや。

朝起きたら雪。俺は雪でまわりの景色が真っ白になるのは嬉しいのだが、嫁はこんな日に外出する気はサラサラないとのことで、結局家で一日中ダラダラしていた。昨日中野のタコシェで買った「溺死ジャーナル500」を読む。いやすごいなコレ。いまや、WEBで読めるものはとても自由でコストがかからず平等で正確だけれども、こうゆう紙媒体は不平等で不正確で不真面目でふしだらで不埒で、でもそういうものが自分にとってとても大事だった時期が確かにあって、そのことを今になって思い出したような気がした。そしてそれは今でも確実に自分の中に必要なノイズなのだ。あと思ったのは、「書きたいこと言いたいことが、溢れんばかりに、漏れ出すようにある人は強い」ということだ。その吹き出す圧力にやられ、なんかムズムズするような変な感じに襲われる。

食事は宅配で中華でも頼もうかと思ったのだが、結局近所のバーミヤンへ。餃子も食ったよ。

家に帰って、酒飲みながら録画していたキン・フーの「大酔侠」を見る。以上、雪の一日終わり。

昨日は10周年記念および2008年新年会を兼ねて中野で飲み会。前日も朝まで飲んで、しかもなぜか舌に痛みがあるためタダでさえ悪い滑舌が更に悪くなり、何言ってんだかわからなかったかもしれませんが、酒はうまかったです。楽しかったです。来てくれたみなさんありがとう。

10年かあ・・・と思うと、それなりに感慨も深いが、「まだ始まってもいねえよ」(キッズ・リターン)と呟きたくもなるような、未だに何も出来ていないようなサイトなのである。ボロのマッキントッシュとおっかなびっくりのHTMLが始まりで、10年間でたくさんのデータが生まれ、インターネットの藻屑となって今もどこかを彷徨っており、おそらくこれからも拡散し彷徨い続けるのです。それがどのようなものであれ、結局のところ続けるしか他に選択肢と呼べるようなものは無いわけで、おつきあい頂く皆様にはよろしくと言う他ないのです。

という訳で、挨拶にもなってない挨拶のような言葉を書き連ねましたが、内心は密かに発奮していたりするので、そのあたりは気付かない振りをしつつ、どうか適当におつきあいください。

Theres a way I feel right now wish youd help me, dont know how
We're all nuts so who helps who some help when no ones got a clue

Dinosaur Jr. "The Wagon"

金持ち父さん貧乏父さん先週の日曜日に読了。自分の中で、1月はお金のことをガッツリ考えよう月間だったのだが、こんな本にまで手を出してしまいましたよ。

何年か前にものすごい売れてた本で、当時はなんでこんな下品なタイトルの本が売れるんだろうと不思議で仕方なかったのであるが、読んでみたら下品というのは違うなと思った。じゃあ高尚かと言うと違うんだけど。まあ、昔の俺がこれを読んでる今の俺を見たらああ何やってんだ・・・と軽蔑することだろう。そしたら、まあ読まず嫌いってのは良くないと思うよ、と言い返す。

それから、金持ち父さんは、金持ちはお金が単なる幻想にすぎないことを知っていると言った。つまり、お金は馬の目の前にぶら下げられたニンジンそのものなのだ。何十億という人が、この幻想にすぎないお金を実体のある「本物」と信じているのは、恐怖と欲望のせいだ。お金は作られたものにすぎない。

てな感じで金持ち父さんが子供にお金のことを教えていく。金持ち父さんとは筆者の友人の父で、貧乏父さんは筆者の実の父のことだった。いいことも書いてあるし、単なる成功者の自慢話にすぎないところもある。でもあっという間に読めるし、ベストセラーになったのもうなづける。

こうした本を読んで共通していると思うのは、読み手をバカにしてるのかと思う程繰返し同じようなことを述べた箇所が多くて、しかも2つか3つしか重要なことを言っていないのに、10も20も素晴らしいことを学んだような気にさせるのが異様にうまい。

筆者は既に充分にお金持ちであるが、今ではお金持ちになる方法、を教えることで更にお金持ちになっている。なんという富の集中。こういった本のおかげで、お金持ちになるための知識(≒情報)は、ものすごい勢いで世界に拡散していくが、富は逆に集中する。というか集中することでしか「富」自体は認識され得ないのだ。そして「富」の価値の維持の為には、常に人為的にハイとローが世界中に溢れて、ダイナミズムを作り出す必要がある。そう思うと、このゲームは果てしなく続くしかなく、それを面白いと思うか、つまらないよ/飽きたよと思うかをまず決めなさい、と言われたような気がした。うーん・・それはちょっと留保、という感じです。

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