マリー・アントワネット
家にある未見のDVDを見ていこうシリーズ。ソフィア・コッポラの「マリー・アントワネット」。
どのくらい意識してなのかわからないけど、これは確実にあまったれのための、甘えん坊による、お嬢ちゃんお坊ちゃん映画である。ぬるいけど、歴史上の人物をぬるく描いた映画だからダメだとは言えないだろう。「グラディエイター」とか「アマデウス」だって、昔の人を現代的に解釈して描くという意味では本質的にはこの映画と同じようなものだ。
解釈の中心にあるのは「決められた役割を演じることのしんどさ」と「退屈」。おお、ちょー現代的だ。
食うに困らなくて(フランスの民衆は困窮していても)、贅沢と内省(してない?)と色恋と自己実現に励むマリー・アントワネットは、現代の富裕国の「死ぬ危険があるほど困っていないけど、やっぱ生きるのはしんどいよな・・」という自覚なきリッチ(あくまで貧困国の下層と比べて)な層と、確実に地続きの場所にいる。だからこそ、音楽はニュー・オーダーでありキュアーであるのだ。
この不幸は、本当に生き延びることが切実な問題である人たちから見れば、アホらしいだけであり、完全に理解の外にある。だけどその不幸を生きる人たちは昔からいたのであり、現代はその数が信じられないくらい多くなっているというだけなのだ。
この映画ではほとんど全くと言っていいほど、貧困にあえぐフランス国民の姿は画面に登場しない。それは非常に正しい演出に思える。描かないことで、かえってその影は強く印象づけられ、全ての退屈を生きるマリー・アントワネットたちを照らしている。
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