ミスター・ロンリー
とても良かった。以下はネタバレあり。
"Man in the Mirror"、"Beat It"、"Thriller"、"You Are Not Alone"という4部構成。「マイケル・ジャクソンでしか生きられない僕が出逢ったのは、 マリリン・モンローでしか存在できない君」というコピーは実によくこの映画を表している。でも二人だけの物語というよりも、モノマネ芸人たちの小さな小さなネバーランドのお話で、ファンタジーのようなその世界も長くは続かないという酷薄な現実のストーリーでもある。
それと平行して空飛ぶシスターたちのシークエンスが挿入されるのもいい。ここはテンションの高い神父の演技だけで笑ってしまうのだけど、シスターたちが全員ノリノリの感じなのも楽しい。変な映画である。
あらゆることから逃避すること。自分は何者であるかを定義することから逃げること。有名人を徹底的に演じ続けることと引き換えに、その他全ての役割を引き受けることから逃げ続けている人たちとして、このモノマネ芸人たちは位置づけられている。逃避は根本的な解決ではなく単なる時間稼ぎにしかならない。彼らはゆるやかな共同体を作ることで、その痛みを遅らせようと努力しているのだけど、破滅の兆候は徐々に近づいてきている。従順な羊たちの死、マリリンの日焼け、線路の赤頭巾ちゃん、決してキスできないマイケル・・・そして訪れるその瞬間に、息をのむというよりも無表情に見つめるしかない彼ら。
「史上最大のショー」のシーンは素晴らしい。彼らの表情は明るく、舞台の照明は暗く、観客席は映されず、ショーは続く。そして暗闇の中を歩く彼らの懐中電灯の灯りが、現実を照らすという構成にはまいった。
主人公がモノマネするのはマイケル・ジャクソンというのも秀逸だ。マイケル自身が、不確かなアイデンティティを確かめるかのように顔を変え続け、自分を他の何かに変えて生きようとしているからだ。つまりディエゴ・ルナが演じるマイケルは、真似をしようとしている対象もまた、確固としたアイデンティティを持っていないのである。「「得体の知れないものを演じようとしている人(=マイケル本人)」を演じようとしている人(この映画のマイケル)」を演じているディエゴ・ルナ、を見ている観客(おそらくは逃避的傾向が強い人たち)というメタ化された構図がこの映画をワン・アイデアだけで終わっていないものにしている。
みな多かれ少なかれ、誰かの姿を演じようとしている。誰かを模倣することと、現実を受け入れ、与えられた役割を演じることは、実はコインの表と裏でしかない。ラスト近く、マイケル(だった僕)は不思議そうにパリの街を歩き、そこに生きている人たちの表情を凝視する。不安に胸をかきむしられるような気がして、この映画はいいと思った。
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