2008年3月アーカイブ
ユーロスペースで接吻。
各所で話題となっているので見に行ったのだが、確かに凄かった。みなさん見てください。小池栄子というだけで見る気がしなかったのが大間違いでした。
犯罪者と、それに自分を重ねる主人公という構図には「カポーティ」に近いものを感じるのだけど、カポーティはあくまで「彼」を3人称として記述することに徹しようとするのに対して、この映画での京子は「わたしは」「あなたは」・・・という強烈な1人称/2人称でもって、強引に「わたし」と「あなた」の世界を構築しようとする。
これは殺人者(豊川悦司)が担う役割をロックスターとか映画俳優とかアイドル、サッカーチームなどに変えてみてもいいし、その場合の小池栄子はこの世に存在する多くの(もちろん私やあなたを含む)誰か(何か)に共感/感情移入することで孤独を癒そうとする人々をカリカチュアライズした姿である。「あなた」に出会うことで「わたし」に意味が生まれたというのは、都合のよい人生の誤読以外の何ものでもないが、そうすることでしか埋まらないものが確かにある。(おそらく古くは宗教がそういった役割を担っていたのかもしれないが)
新聞の切り抜きをノートに貼るシーンがすごくいい。ノートに書き込まれた文字の丁寧さが素晴らしい。彼女にとって、あのノートはおそらく夢を繋ぎ止める何かの代替物である。それがいつか実在のものになるなんて、それだけでものすごいファンタジーだと思う。
山形浩生『要するに』読了。この本に収録されているは全てネットに公開されている。→山形浩生『要するに』 原稿リンク集。だから、当然というかほどんど読んだことがあるような雑文集。それでもなんかいろいろと再確認したいなあと思って、文庫本を買って読んだわけだ。結論:読んで(読み直して)良かった。
たかる社会にたかる人々
今のはやりのブログって、こういう感じの文体とリズムで、社会をうまく切り取るタイプのヤツが多いね。見えないところで、この山形節みたいなものが広まっていったのだろうか。
夢をみない人
いい文章だと思う。他の文章とのコントラストという意味でも。
あ、あと全てがネットで読めるのは確かだけど、とっても素晴らしい「まえがき」と解説はネットにはない。「要するに」と言いつつ、割と長めのまえがきは、やっぱりおしゃべりな人というのはとにかく話すことが(書くことが)大好きなんだということがよくわかる。この世に溢れる本の中で、無駄に語り過ぎている序文や言い訳だらけのあとがきがダラダラ書かれている本は個人的に好みだったりする。作者の照れ隠ししのようでもあるし、その余談めいたところに実は一番大事なことが書かれてしまっていたりして。
桜もさいてふわーっとなる日々であるが、圧倒的に睡眠不足。この3月は今年度で一番たくさん仕事したかも。まあホントに忙しくて死ぬ・・・ってほどではなかったけど。
ただそんな中、先週の土曜日はホームパーチーと言えば聞こえはいいが、その実はただの飲み会というか、俺の料理を近隣住民の皆様にお見舞いする会でした。自分の中のテーマは「無印良品フルコース」。以下メニュー。
・無印良品のカルパッチョソースで鯛のカルパッチョ
・無印良品のヤムウンセンセットでヤムウンセン。
・無印良品のタンドリーチキンソースでタンドリーチキン
・タイカレー(これは無印じゃなくてカルディで売ってたペーストから)
・スペアリブのビール煮込み(これだけは完全自作)
あとは、
・ゲストによる差し入れのシャンパン
・ゲストによる差し入れの不動前・にしむらの鰻
・ゲストによる差し入れの中目黒・雅庵のお菓子
我ながらアホかと思うメニューですが、無印の食材売り場というのは不思議なセンスをしていて、ジャンクフード的でもあり、エスニックでもあり、普通に和食でもあったり、ついつい変なものを買ってしまうのである。みなさんすみませんでした。圧力鍋をもらったのでまた何か煮込みます。
そんな土曜日の翌日も仕事行ったり、早起きの日々が続いたりして、昨日はサッカー見て溜息をつき、今日は久しぶりに仕事は早帰り。渋谷で映画見て、TSUTAYAによったが何も借りず、桜を眺めながら帰宅して、またテレビでサッカーを見た。平山選ばれてないのに話題にされすぎだねえ。
そういえば渋谷のTSUTAYAで、でっかい声で電話している若いサラリーマン風の男がいて、どうやら女子を食事に誘っているみたいなんだけど、「・・そういうことだけなら合コンでもいいんですけど・・」「わたしも一回ケッコン失敗してるんで・・」「ちょっと高めのお店とか予約しようかと思って」「いやそういうことはちゃんと籍を入れてからですねえ・・」とか断片的に聞こえてくるセリフがいちいち興味深く、「じゃあよろしくねー」と電話を切った後にどこに向かうのかと思ったら、まっすぐにアダルトコーナーに向かっていて思わず吹いた。
まあ、そんな日々です。
今年のアカデミー作品賞、コーエン兄弟のノーカントリー。
コーエン兄弟は藤子不二雄みたいなもんで、藤子・F・不二雄(未来は今、ビッグ・リボウスキ、オー・ブラザーみたいなコメディ系)と藤子 不二雄A(ブラッド・シンプル、ファーゴ、ミラーズ・クロッシングのようなシリアス、スリラー系)の2系統があって、どっちかがジョエルでどっちがイーサンなんじゃないかと勝手に思っている。まあ勝手な憶測ですが。
そしてこの「ノーカントリー」は完全に後者。コメディ風味は少なく、音楽もほとんどなく、ひたすらに緊張感が続く。こんなに集中して見る映画もないだろうというぐらい集中した。追跡劇に徹していて、そこはとっても面白い。ただし、この映画は通常の追跡劇的な終結を断固として拒否する。終わった後に、頭の中で生まれる「?」の数々。カタルシスはゼロ、涙もゼロ、共感もゼロ、喜びも怒りも哀しみも笑いもない。あるのは恐怖・おかっぱのオッサンの悪夢と、トミー・リー・ジョーンズの困ったような表情だけだ。
正直、見終わった直後はなんでこんなに評判いいのかよくわからなかったし、ファーゴの方が良かったんじゃないかとも思ったが、じわじわと悪夢のように心を浸食しているのか、明け方頃に突然目が覚めて、「ああ、あのシーンはそういう意味だったのか・・」と気付いたりして、なんとも厄介な映画のようである。そしてこの、すっきりしない感じ、わからない感じ、もやもやした感じ、見た人に勝手に解釈させる感じこそが、この映画の狙いなのは確かで、わかりやすい答えなど与えてくれる気配がない。
(以下は映画を見た人だけ)
これはBSでやってたのを録画して見た。2003年のアカデミー賞ではショーン・ペンが主演男優賞。イーストウッドは監督賞は受賞ならず。
クリント・イーストウッドすげえというのが感想。圧倒的に、真正面から、堂々と「映画」。ショーン・ペン、ケビン・ベーコン、ティム・ロビンスの演技合戦にもやられるし、音楽もいいし、欠点と言えば物語に破綻がないことぐらいだろうか。「許されざる者」と同じく、暴力をカタルシスのための手段ではなく、何か得体の知れない人間の感情の結果として描くことに成功している。人は人を殺すことが出来るということを教える映画であり、こういう映画こそ子供には見せちゃいけないのではないだろうか?(いやしかし、むしろ子供こそ見るべきなのかもしれない。)
「ラスト、コーション」の衝撃(?)冷めやらぬまま、DVDでアン・リーの「ブロークバック・マウンテン」を見た。まあ・・・悪くはないけど、衝撃みたいなものはない映画でした。
この作品の描く「愛の物語」は、同性愛ということを除けば極めて普通のありふれた物語でしかない。過去の愛は、決して現実にならないことで、美化され、郷愁の対象となり、辛い現実から逃げるための道具に成り果てる。その成り果て具合の描写が容赦無くて、そこはいいなと思うんだけど、20年の歳月を同一人物が演じる(しかも髭とか無理矢理お腹膨らませたりして老化を演出)のは、NHKの大河ドラマみたいで笑ってしまう。
映画というのは基本的には現実逃避でもあるから、この二人の「愛」がいかに逃避的であろうとも、それに共感し涙する人は多いだろう。しかしその愛は「成就しないこと」によって支えられているので、悲劇としてしか存在し得ないし、あまりに映画の設定として普通過ぎるなあ・・と。これを見る前に「ラスト、コーション」を見たのがまずかったかな?
ラストに流れる、ディランの"He Was A Friend Of Mine"。Cat Powerがカバーしてるのがあった。
ニュースでちらっと見ただけ。初めて磐田の地で勝ったらしい。
たぶん初めて磐田に行ったのが、2002 J1 2nd 第5節の6点(高原に4点)ぶちこまれたひどい試合で、あのときはもう笑うしかないくらいだったのだけど、勝ったら勝ったであっけないもんだなと思う。8年勝ってなかったらしい。あとは最近ずっと勝ってない相手はどこだろう?と思ったけど、たぶん普通に浦和ですね。。ナビスコ決勝以来勝ってないんじゃないか?
スタニスワフ・レムの宇宙創世記ロボットの旅 (ハヤカワ文庫 SF 203)読了。
同じタイミングにエデン (ハヤカワ文庫SF)も注文したのだけど、こちらはあえなく在庫切れで入手出来ず。うーんせっかくの復刊ものがすぐなくなってまた絶版とは、厳しいなあ。
「宇宙創世記ロボットの旅」はレム流のコメディSF。ドラえもんのごとくテクロノジーを繰り出して宇宙を冒険するトルルとクラパウチュスの物語。サイバネチックス文学から文明論、確率論、ドタバタ喜劇までが9つの掌編で綴られる。ただし出版当時はどうだったのかわからないが、この文語調というか芝居がかった翻訳調は読みにくいと言わざるをえない。今だったら普通の訳でいいような気がする。映画にするとしたらアメリカじゃなくてイギリス映画で「銀河ヒッチハイクガイド」みたいな感じになるだろう。
以下、どうでもいい愚痴。
ANA-VISAカードを年末頃に作って、これからはマイルをためまくって俺もいっぱしの陸マイラーとやらになろうかと思っていたのだけど、最近になって諸々の変更が発表された。まずマイルへの移行手数料も高くなったし、リボ設定(でも勿論一括で払う)でポイント2倍になるのもなくなるし、EdyやSuicaでのチャージもポイント対象外になるようだ。単純計算だと200万使うと40,000マイルになって、結構いいなあと思っていたんだけど。
むかしMUJIカード作ったときも、作ってすぐにポイント率が改訂になって全然おいしいカードじゃなくなったことを思い出す。
ポイントとかマイルの仕掛けというのは、普通なら単純なマイナス計算でしかない消費の行為を、うまいぐあいにプラス計算へと錯覚させるシステムなんだけど、その最たるものがクレジットカード→マイル系のサービスという気がする。
あとPTAのパンチドランク・ラブという映画は、プリンを買いまくって(偶然マイルキャンペーンの穴を見つけて)125万マイル貯めた男の話だった。

というわけで、そんなくだらないことを考えるよりも、今日はいい天気なんで、洗濯でもします。
3月19日、アーサー・C・クラーク死去。
SFの巨匠、アーサー・C・クラークさんの生涯 国際ニュース : AFPBB News
僕が一番好きな小説は「楽園の泉 」という長編で、宇宙エレベーターの話。宇宙まで届くエレベーターを建設する話と、古代インドの話が平行して出て来て、エレベーター建設にともなう寺院の立ち退き問題とか、建設事故とか、そんな感じの話。それだけ聞くとあんまり面白そうじゃないかもしれないけど、「2001年宇宙の旅」とか「宇宙のランデブー」よりも僕は好きだった。
ハヤカワ文庫SFの解説→『楽園の泉』解説。
解説にもあるように、「何事にも時期があるんですよ」「自然と闘うべき時期もあれば、それに従うべき時期もあります。真の知恵とは、正しい選択をすることにあるんです......」という言葉には当時かなりの影響を受けて、大学受験の時の小論文でパクったりしたような気がする。(今思うと割と普通の言葉だなあ・・・)
あと、問答無用の傑作「幼年期の終わり」は未だにほとんどのSFがとらわれている偉大で強力なビジョンで、例えばZガンダムもエヴァンゲリオンも結局のところは「幼年期の終わり」の変奏曲だという意見には賛成だ。(Zガンダムのオープニングのラストカットとか、エヴァンゲリオンのL.C.Lの海とかはまさに「幼年期の終わり」の発展したイメージ)
未だ人類に「幼年期の終わり」は来ていないが、例えばこれから先、インターネットの上に知性が生まれたら?クラークはどんな美しい言葉でそれを名付けただろう?と考えたりした。これこそがオーバーマインドだよとカラカラと笑っただろうか。
クラーク氏の望みは、生きている間に地球以外の生命体の存在が確認されることだったそうで、それが叶わなくて残念。
J-SPORTSで録画を見た。オープニング、FC東京側のサポーター席の映像に、いきなり知り合いが映ってて笑ってしまった。
試合は結果を知ってて見るからイマイチ驚きとかがないんだけど、新潟の実況と解説の人が必要以上に東京を褒めてて、ちょっとムズムズするようなへんな気分だった。確かによくボールが回るシーンが多く、特にエメルソンと羽生が絡む中盤左サイドはなかなかに美しい。
羽生はあの全盛期の磐田に例えると、藤田の役目をすることになるのだろう。で名波の役割はというと、梶山なんだろうけど、まだちょっとおたおたしてるな。。早速妄想に入ってしまったが、まあいいじゃないですか。
(あ、浦和はオジェックが解任されましたね。福田が監督になるんじゃないかと期待してたのに、そんなに面白いことはななかったのでした。。)
そうそう、最近はNHKの「着信御礼! ケータイ大喜利」をよく見ているのですが、先週の土曜日はこれでしたよ。→酔いどれ解説者・松木安太郎さんがNHKで神演技連発の件。
すごかったなあ、仕事断れよ・・と思いつつ、生涯で初めて松木安太郎すごいと思った日かもしれません。板尾さん全部ウケてたもんな。
もう1週間以上前か。3月9日は結婚記念日。
映画を見ました。すこし贅沢に食事しました。ただそれだけ。
そんな日に、上田現の訃報が。僕の妻は13日に行われた告別式に参列してきました。同じように、たくさんのファンが来ていたそうです。そして「ハーメルン」が演奏されたそうです。
http://www.uedagen.com/ではメッセージとともに、「ハーメルン」のビデオが流れます。YouTubeにも、沢山のレピッシュの曲がアップされています。まるでインターネット上の墓標のように、こうやって上田現という人が作った歌やその映像が、無限にコピーされ、僕たちや誰かのパソコンやiPodで、また無限に再生される。そうやって、うたが様々な場所を巡っていくイメージは、まさにハーメルンの歌そのもののようで、とっても不思議な気分になりました。
となりまちから、不思議な楽団が またとなりのまちへ
人は死んでも、その作品は残る。。なんていかにも陳腐な感傷ですが、こうやって時や場所を超えて、たとえそれがただのデジタルデータの塊であっても、ネットの上に保存されるのだと思うと少しほっとしたような気分になったりするのですが、なぜそう感じるのかはわからない。でもいつでもこんなふうに、誰かが作ったうたを、聴きたいときに聴けるというのはとてもいいものだと思います。
我ながら映画見過ぎだと思うのだけど、ル・シネマにてラスト、コーション。
これ、まともに書き始めるときりがなくなってしまいそうなので簡単にメモ。
セックスシーンは確かに長いし、ぼかしもあるし、バリエーションも豊富だが、この1週間ピンク映画に慣れてしまった目には、あまり普通。でもたくさんの老齢の方が見に来ているのは、みんなやっぱりああゆうのが見たいのかな?と思った。
ちょっと前のevery japanese woman cooks her own curryに「話が全く一緒んの「ブラックブック」は偉かった。」と書かれていたのを読んでいたので、どうしても比較してしまった。
確かにブラックブックと状況は似ている。だけどやっぱり違うのは、ブラックブックには明確な理由があるのに対して、この映画では理由がはっきりしないことだ。それを「ロマンに逃げてる」とは僕は思わなくって、おそらくそれはロマンでもセックスでもなくて、他にやることがなかったからなのかなあと思うのだ。某マイミク氏の日記には「退屈」という解釈があって、まさにそうなのかもしれないと思った。だから彼女は映画館の暗闇を好み、演技を好み、嘘の中でしか本当を感じられない男と、魂で繋がってしまう。
人間ヒマだとロクなことがない。生きるか死ぬかの戦争の最中でも、いやそんな状況だからこそか、人は「生きている」ということを確かめるために命をかけてしまったりするのだろうか。たぶんそれはどれだけセックスをしても、自分が一体何者なのかわからなかったから起こる悲劇なのだろう。
贅沢な話だが、明確な「理由」がある人にはわからない複雑さが世の中にはあって、それを物語にしてみるとこんな映画になっちゃったのだと思いたい。3時間近くこの世界を彷徨い、物語が終わった後に思うことは、結局遊び過ぎた人は罰せられるのだな、ということ。(えー、マジで)人間はおそらく有史以来そんなことを繰返していて、それでもなお遊びたいと強く思っているみたいだ。
カンヌでグランプリをとった4ヶ月、3週と2日。銀座テアトルシネマ。
そういえば土曜日のFC東京は4-3-2-1というフォーメーションだったなあと思ったが、映画とは何の関係もない。
ドグマ映画のようにひたすら手持ちカメラが主人公と寄り添うように移動する。118分間ずっと緊張感が持続するので、まったく退屈しなかった。ただし、面白い映画かというと違うし、いかにもひねくれた批評家が好きそうな感じではある。印象に残るのは、じんわりとした焦燥や、どよーんとした憂鬱と、それでも「決めたからにはやらなければいけない」しんどい感じ。そういう意味では、ある一日の体験を118分で描き、見るものにそれを体験させることには成功している。まさに80年代ルーマニアに2時間だけ移動した感じになる。
R18 LOVE CINEMA SHOWCASE Vol.4。
再会迷宮(成人館公開題:不倫同窓会 しざかり熟女)。
前回の特集でもあった竹洞哲也監督作品で、いわゆる「竹洞組」の作品。これはもう30代にはぐっとくる内容で、しかも重くなりすぎないようにオカマのママとか、鷹匠とかのバカバカしい笑いがあるので最後まで楽しんで見ることが出来た。長野ロケで一瞬上田駅前が映る。朝まで飲んじゃった後のダルい移動のシーンがいい。
主人公は何もしない。不倫もしない。恋もしない。ぼーっとしてるだけである。でも最後にとってもいい感じになる。この都合の良さはなんだろうと思うが、その都合の良さが映画だと言ってしまえばそれまでなのである。ピンク映画を見ていると、そういう原点に気付かされることが多い。
という訳で誰に頼まれたわけでもないのに今回の全作品について触れてみた。我ながら真面目に見ているなあと呆れるばかりだが、仕方ないのである。4月にはもうvol.5があるので、すみませんがまた見に行くと思います!諦めろ。
R18 LOVE CINEMA SHOWCASE Vol.4。
ヒロ子とヒロシ(成人館公開題:痴漢電車 びんかん指先案内人)。
2007年ピンク映画大賞受賞作。映画の前に松江哲明(ドキュメンタリー監督)×直井卓俊(プロデューサー) ミニトークショーがあって、俺は去年から松江監督のトークショー見るのもう3回目(童貞、スティーヴィー、そして今回)だぞ、どんだけ見てんだと自問したが、まあ今回のトークは熱くて面白かったですね。痴漢ものということもあって「それでもボクはやってない」との比較論=映画論にまで行っちゃうのが。正論と「映画」は違う。まさに。
「ヒロ子とヒロシ」には出口の無いどんづまりの停滞がシンメトリーで描かれ、そこからの癒し(電車内)、そして希望と救済が出現する。ああ良かったな・・と見ているものは思う。こんなファンタジーあったらいいなと思わせる。ただ線路を挟んで、二人は出会わずに、互いに目を合わせる・・というところは単なるファンタジーではなく現実に近い手触りで、そこは「映画」に救われたりする観客たちと、映画という暗闇の中の関係性に似ているな・・と思った。彼や彼女たちは、既に出会っているのにそのことに気付いていないのだ。それはありふれた風景で、ヒロ子やヒロシはあなたであり、私である。
R18 LOVE CINEMA SHOWCASE Vol.4。
微風(かすかぜ)(成人館公開題:誘惑 あたしを食べて)。
ピンク映画界のアイドル、吉沢明歩による正しいアイドル映画。湘南ロケもいい感じで、かわいいんだけど無力感で一杯の主人公というのも正しいアイドル映画のような気がする。好きな人の奥さんは死んでしまっていて、あらかじめ失われている彼女に勝てるわけもなく、そこに異物としてピストルやら女友達やら恋人の浮気やらが飛び込んでくる。正統派のドラマ。これで1時間ぽっきりで爽やかな後味。「自分、・・っす」「・・っすから」という言葉使いに萌える人も多いことだろう。
R18 LOVE CINEMA SHOWCASE Vol.4。
笑い虫(成人館公開題:色情団地妻 ダブル失神)。
これは・・・ちょっと息がつまって、癒されるというよりも溜息しか出て来ないような、行き詰まりどころか行き止まり感いっぱいの夫婦の物語。プロレスのシーンがもっと激しく物語にオーバーラップしてきたら少しは笑えて、救われたかもしれないんだけど、どうにも重さばかりが後に残る。まあ、それでも生きていくんだよ!と前向きにとらえればいいのかもしれないけど、なんだか燃え盛る車のシーンが強烈な救いの無さを象徴している。
R18 LOVE CINEMA SHOWCASE Vol.4。
つまらないあたしのどうでもいい物語(成人館公開題:奴隷)。
全ての人間関係は、極端に戯画化するとSM的関係へ行き着く。蒲田行進曲の銀ちゃんとヤスのごとく、その関係性は周囲から見れば奇異の極みであったとしても、そこに信頼があり絆のようなものがあったりする。
信頼も絆も、そのことを語る行為によってしか確かめることが出来ない。だからこの映画の「つまらないあたし」が「どうでもいい物語」を語るという構図こそが、ついに「わたしはつまらなくない」し、「この人生はどうでもよくない」と思えるところへ行き着く為の手段になっているのだ。ラストカットはあまりにも美しくてびっくりする。
「おそいひと」を見た。先週ポレポレ東中野にて。19:00の回は爆音上映。この日はレイトショーのピンクも見たから、4時間以上ポレポレの中にいたことになる。大学生かよ俺。
狂気あふれる映像と音楽。鉄男とかを思い出した。爆音上映でよかったと思う。映画館で閉込められながら見るべき映画だろう。DVDだときっとつまらない。大阪アンダーグラウンドをパッケージするとこんな感じなんだろうか?酔う人は酔うはず。world's end girlfriendの音楽が素晴らしい。
「障害者をこういう風に描くことに対して批判がある」、ということに対しての批判としてこの映画を肯定的にとらえることにはあまり意味が無い。体験したい人は体験してみればいいという感じで、僕はあんまり騒ぐ気にはなれない。
予告編。
土曜日。試合。また今年も始まった。
羽生おもしろい。カボレすごい。石川生き返った?平山仕事してた。最後の神戸のシュートの時、もう負けた・・と思ったんだけど、まあ負けたとしても今年は面白くなるんじゃないの?とポジティブに考えようと思った。結局ゴールは決まらず、引き分け。いやー今年は面白くなるんじゃない?と気楽なことを思いつつ席を立つ。どうせ一喜一憂するんだろうけど、ね。
試合後、乃木坂で飲んで、その後は赤坂方面?(場所不明)、かなり酩酊しつつ帰宅。日本酒はやっぱりいかん。記憶がちょっととんでる。最後は腕のG-SHOCKの金具がなくなってた。なんで?しかしそれでも、帰宅したのは日付が変わる前だったのである。ホント、14時キックオフというのは恐ろしい罠だ。
今年も開幕。暖かい日。というわけでやっぱり今年も味スタに向かうわけです。
こういう日はなんか気分が高揚する感じの曲でも聴きたいと思い、最近ビデオをオープンソースで公開して話題になったR.E.M.のSupernatural Superseriousを聴いている。ちょっとSweet Janeみたいな感じ。
さあ、そろそろ出かける準備でもするか。
ポレポレ東中野でR18 LOVE CINEMA SHOWCASE Vol.4。
もう第4弾のこの企画。回を追うごとにお客さんも(あと女性客も)増えてるような気がするし、自分の中でもハズレなしを実感してきているので、今回も東中野に通っている。住んでた頃より離れてからの方がこの映画館に行ってるかも。日曜日、火曜日ときて明日も見に行こうと思っている。これで今回は全作品制覇。癒される、と言うと変な感じだが、ピンク映画を見ているとなんか安心するのである。なぜだろうか?
ル・シネマでトゥヤーの結婚。
いつもル・シネマはお金持ちそうなおばちゃんの客が多い。この日も沢山のおばちゃんたちが、凛としたトゥヤーと、彼女に求婚するダメ男たちを見て笑い声をあげていた。終わった後は「いい映画だったわねえ」なんつって。きっとこのノリで、隣でかかっている「ラスト、コーション」とかも見ちゃうんだろうな。「いやらしかったわねえ、おほほ」って。(ラスト、コーションは俺も近いうちに見に行きますけどね)
「女性にとっての結婚とは?」というテーマを、おそらく東京やらニューヨークやらパリやらを舞台にした場合、この映画とは似ても似つかないものになるだろうな・・と思いながら見た。内モンゴルの砂漠化した風景の中で語られる結婚は、文字通り「生きのびるため」であり、そこに「私の夫も一緒に養ってくれる結婚相手募集!」となることで、よりその本質が奇妙な形であらわになる。聡明なトゥヤーが流す涙は、悲劇ではないと思うことが出来れば、(東京やらニューヨークやらパリやらの)多くの人は救われるだろう。だけどそう簡単に思い込むことが出来ないから、こういう映画が必要とされるのだ。
先日アカデミー賞のドキュメンタリー賞を受賞した「闇」へがNHKで再放送。たった今見終わったところ。むう、ずっしりと重い。
シネマライズで「潜水服は蝶の夢を見る」。
「涙きらめく、愛の感動作」などというコピーにはまず拒否反応の人も、これは騙されたと思って見た方がいい。涙きらめく暇もない、がそれでも感動作ではある。
あと、「ELLE編集長で人生を謳歌していた男が、ある日難病の閉込め(ロックトイン・シンドローム)症候群になってしまい、左目以外全ての身体的自由を全て奪われた状態になってしまう・・・」という物語性すら実はどうでもいいのかもしれない。そのくらいこの映画はある1点のみに全てを賭けた映画であり、それは見事に成功している。



