2008年4月アーカイブ
ポール・トーマス・アンダーソンは天才だとよくわかった。今までの長編全て面白かったが、今回の作品も恐ろしいほどの映画だ。アカデミー作品賞は「ノーカントリー」だったが、「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」の迫力とは比べ物にならない。いや、「ノーカントリー」は面白い。ただしあれは洗練されていて洒落ていて、見たものに解釈を委ねる優雅さがある。「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」にはもっと獰猛で暴力的で、不吉な何かがあって、物語がもつ力に満ちているような気がするのだ。
ゴールデンウィークといっても、暦通りの休み。休みが多いのは単純に嬉しい。サッカー見て酒飲んで映画を見ていたら終わるだろう。暇だからと言って大きな買い物などしないようにしよう。無印良品がmujiメンバー10%OFFなので、下着などを買った。
土曜日。新宿シアターpooで豊田道倫ソロライブ。久しぶり(1年ぶりくらい?)にpooでのライブを見た。低気圧のせいか体調が悪かったんだけど、豊田さんも風邪らしく、薬でぼーっとすると言っていたが、ライブはよかった。「仕事」の続編のような歌詞の新曲がよかった。僕があの曲を初めて聴いたときから、10年近くたってるだろうか?そしてその続きのような新しい歌が作られて、少し嬉しくなる。
ライブ後に少し飲んで帰った。今週は終電逃しませんでした。
「R18 LOVE CINEMA SHOWCASE Vol.5」人のデビュー作を笑うな。
『彗星まち』 (成人館公開題:獣たちの性宴 イクときいっしょ)
1995|カラー|63分|16mm
監督・脚本: 今岡信治
金曜日。R18 LOVE CINEMA SHOWCASE Vol.5の最終日。ほぼ満員だった。今回は結局4作品しか見ることが出来なかった。(あ、「押入れ」は昔ケーブルテレビでやってたのを見たことがある。いい映画でした。)
500回もセックスしたのによお・・・とブツブツ文句をいいながら、彼女をオッサンに奪われてラリラリの主人公と、かわいい不思議ちゃんと、元彼女と、彼女を奪った借金まみれのオッサン・・全員がぼっーっと日々を生きている。岡崎京子の「リバーズ・エッジ」をまんまパクったモチーフが登場するんだけど、そこにはウィリアム・ギブソンを引用して「平坦な戦場」などと名付けて、日常を「生き延びるための場所」として定義することすら出来ない、本当の行き止まり感が溢れていた。
「彗星を来るのを待つ」に意味はないが、意味がないからいいのだ・・というのが多分90年代的?なのかしら。閉塞、焦燥、諦観、セックスすら気持ち良さそうでもない・・・ただし、この映画にはそこから1歩でも跳躍しようとするジタバタした感じは確かに存在する。それがおそらく水辺での「火(火葬、自爆)」であり、「パパンガパン」なのだろう。(そうかあ?)
いまおかしんじ監督30歳のデビュー作。舞台挨拶で「撮影時、主演の二人の女性のどっちかを好きにならなきゃいけないと思って悩んだ」そうで、なんつーか、バカバカしくていいなあと思う。
「週刊真木よう子」を毎回見てる。
最初の2回はいやらしくてよかった。第3回もふざけててよかった。
で、第4回はいましろたかし原作、山下敦弘監督の「中野の友人」。すばらしかったです。ラストシーンとか30分のテレビドラマなのに泣きそうになったもん。原作読み返してみたら、セリフらしいセリフが全くない漫画で、ナレーションと岡田と女の子の表情だけで成立してる。ドラマの脚本もその感じをうまく表現してて、セリフはほとんど背景のようになってる。「人生ギリギリのところにいて」「負け続けてる」岡田の笑顔にやられる。
原作だと、ブロードウェイ出たところの早稲田通りと中野通りの交差点がラストシーンなんだけど、ドラマではサンプラザ前になってましたね。
「R18 LOVE CINEMA SHOWCASE Vol.5」人のデビュー作を笑うな。
『1・3』(成人館公開題:セックス・フレンド 濡れざかり)
1999|カラー|65分|35mm ※英語字幕付
監督:坂本礼
タイトル、なんて読むかと思っていたらワン・スリーだった。英語タイトルは3balls 1Strike。野球の映画だったのか。
思い出したのは、北野武の3-4x10月とか、キッズ・リターンとか。
途中から、ああそういう話か・・と思いながら見るんだけど、それでもやっぱり最後は爽やな印象が残る青春映画。舞台挨拶で監督はしきりにこの作品を卑下してたけど、やっぱり「デビュー作」ってのは特別な感じがして、見る側もなんだか新鮮な感じで見ることが出来る。(つまりジョン・アーヴィングで言うと「熊を放つ」だということ)
「R18 LOVE CINEMA SHOWCASE Vol.5」人のデビュー作を笑うな。
『ゆーのーみー』 (成人館公開題: おんなたち 淫画)
2007|カラー|64分|35mm
監督:大西裕
とても面白かった。二人の女優がそれぞれにかわいらしくて、なぜかそんな二人にモテる吉岡睦雄演じる主人公の情けなさというかぼーっとした感じがよくて、細部にはニルヴァーナのTシャツとか、8 1/2とか、神代辰巳とかが溢れていて、いいなあと思っていたら、途中からはデヴィット・リンチというか、妄想と現実を遠慮なく横断する展開になってびっくりした。かっこいいじゃないですか。A DAY IN THE LIFEみたいな構成(=普通のパートからコラージュ的展開へ)とは監督の弁だが、確かにそう言われればそう思える。笑うどころか、実に立派なデビュー作という感じで、こういう作品を作るのは大変だけど楽しいだろうなと思ったりした。(映画を作ろうと思ったことなんて一回もないんだけど)
予告編@YouTube
「R18 LOVE CINEMA SHOWCASE Vol.5」人のデビュー作を笑うな。
毎度おなじみのポレポレ東中野通い。今回は仕事が忙しかったり飲み会が続いたりで、あんまり見に行けていない。残念。
『最後の弾丸』 (成人館公開題: 監禁 ワイセツな前戯)
1989|カラー|59分|35mm
監督・脚本:佐野和宏
ピンク映画版の"タクシードライバー"かと思うような、日常/暴力/飛躍/現実・・・。ピンク映画で監督兼主演というのは初めて見たが、佐野和宏監督はカッコ良くて、舞台挨拶にも登場したんだけど、歳をとっても痩せたままで、ああ俳優というのはすごいなと思ったが、そういえばクリント・イーストウッドもこんな感じだ。
Spotted 701 vol.5には佐野監督の言葉として「俺はもう、イーストウッドとニール・ヤングしか信じない。」というのが載っていた。こういうことを言うオッサンになってみたい。
二日酔いのまま、ぼーっとしながらスタジアムに着いた。
昨年の5-2、7-0の恐怖体験のせいか、普通のルーズボールが異様に怖かったり、川崎のチャンスが全て点になるような気がしたりしたけど、実際はそれほどの内容ではなく、むしろ東京の方が支配してる感じのゲームで、チョン・テセはやっぱり怖かったが、それ以上に東京が点をとった。
3点目、大竹のプロ初ゴールは、ちょうどバックスタンド中央から見ると、まさに彼の視線方向(DFに囲まれていて、キーパーがいて、ゴールが斜め前方に見える)と同じ角度で、どうやってもシュートが打てる状態じゃないのに、魔法のようにボールがゴールに吸い込まれるのを目撃し、びっくりした。
4点目、パスがいくつも繋がり、ああもう誰か飛び出した方がいいんじゃないか?と焦れて見ていた瞬間に、走り抜けた今野にぴたりと大竹からスルーパス。12本のパスが繋がったらしい。これもびっくりした。体内にまだ酒が残っている状態で、夢じゃないかしらと思ったが、どうやら本当にゴールだった。
試合後は西荻窪へ。終電を逃し、中野からタクシーで帰った。この日は悪酔いしなかった。
昨日は飲み過ぎた。
そうそう。モンティ・パイソン(Python)で思い出したけど、Google App Engineの話。ここ最近では一番妄想をかき立てられるニュースで、もうこれから先一体どうなっちゃうんだろうと、仕事のことや諸々考えていたのだけど、やっぱり色んなことを人は考えるもので、一番グッときて、ドキリとさせられたのはこの文章だった。
「炎上」というキーワードでGoogle App Engineを語ってみた - アンカテ(Uncategorizable Blog)
"会社の業務を遂行するシステムは、ある意味で会社そのものである。業務システムのスケーラビリティが会社のスケーラビリティを規定する。" 以降の文章は、まさにアプリケーションとかスケールの問題がそのままこの世界の構造の問題にも繋がるような気がして、ちゃんとしたSF小説のプロットになりそうだ。
Googleは、本当に世界を変えている。それも目に見えるほど明確に。極小の出来事も、世界規模で積み上げれば大事件になる。世界中の人から1円/日を集めれば、とんでもないお金が作れる。そういう考え方で世界を見る「システム」がまさに出来つつあるのが今なのだと思う。(おそらくそういうシステムについては、以前に多くの人たちが机上の理論としては思いついているのだけど)
なんというか、「面白い」としか言いようがないなあと二日酔いの朝に考えている。
で、そんなこんなで(?)ブログを引越しようかと思いつつ、新しいタイトルも思いつかず、踏み切れずここでグダグダしているこの1ヶ月くらいなのです・・・ということを言いたいのでした。
あんまり脈絡はないんだけど、「ふわふわ」のビデオを発見。「この世のきまりはみんな 正しいと信じられて 身動きひとつとれない」というサビが素晴らしすぎて、静まり返った客席が素晴らし過ぎて、しかも客を罵倒してて、おそらく俺はこの映像を初めて見た時にエレファントカシマシを聴こうと決めたのだと思う。
平日夜のナビスコカップ。19:30という、都内で働くサラリーマンへの配慮が感じられるキックオフ時間にも関わらず、結局仕事がおして見に行くことは出来ず。タイムスリップで録画を見る。
ロスタイムで追いつかれるという悲しい結果ではあるけれども、まあ運がわるかったのかなあという程度。磐田を相手にあれだけ細かく繋いだり、逆に向こうがロングボールどーんと蹴ってきたりするのを見ると、なんか不思議な感じではある。もうパスが数本繋がったくらいじゃ驚かないもんな。こんなに急激に変わるもんなのか、サッカーって。むう。わからんことは多い。
日曜日。テアトル新宿で実録・連合赤軍 あさま山荘への道程。やっと見に行くことが出来た。
190分。釘付けになるとはこのことか。機会があればもう1回見に行こうかと思うくらい引き込まれてしまった。もう1時間くらいあっても良かったとさえ思う。
「映画に文法はない。志さえあれば、映画は撮れる」
若松監督の言葉だが、なかなか言える言葉ではない。文法はあるし、志だけで撮られた映画は多くの場合失敗する。ただ、この映画を見た後には、その気迫に頷くしかないと思った。間違ったり、偏ったりすることを恐れていたら、何も語ることは出来ない。いや、語ることで初めてその「志」なるものが生まれるのではないか?
「光の雨」も同じく連合赤軍の映画だが、あの映画は「連合赤軍事件を映画化する若者たち」という劇中劇の構図をとっており、「事件」との距離感について極めて慎重な立場をとっていた。(映画としてはよく出来ていたし、何よりも裕木奈江演じる永田洋子は凄かった。)
だからこそ、若松映画の小細工の無さ、恐れの無さが際立って見える。誤解されることを恐れずに撮られた映画であるし、同時に決して人を裁くことのない映画である。人を裁くとき、同時に私は自分を裁かなければならない。この映画にはその覚悟があり、また同時に客観性の鎧を脱ぎ捨てた潔さがある。
銃撃の訓練をバーンバーンと口で言いながらやるシーンで、笑っちゃいけないんだけどちょっと笑いそうになる遠山美枝子のシーンがいい。水筒事件も、銭湯入っちゃうのも、ビスケット食っちゃうのも、嫉妬するのも、セックスしちゃうのも、何もかもが笑える出来事だ。道に迷い続けたあげく、よくわからないところで落ち着いちゃったりするのが人生だが、この若者たちには人生を、他人はもちろん滑稽極まりない自分を笑うことすら出来なかった。
多くの人が触れているが、山荘の中のシーンで、その外界が描かれることはただの一瞬もない。そこには架空的クライマックスとしての「銃による殲滅戦」の薄っぺらさ、切なさが織り込まれ、あたかもその当時の日本が見た集合的白日夢のような印象すら与える。
ラストに一言だけ(おそらくは事実ではない)加藤兄弟の末弟の台詞が響き渡るが、あの言葉を表面的に受け取ることは出来なかった。台詞だけで解釈すれば陳腐とも言える結論が、あの長く陰惨な物語の末尾に置かれることに、それこそ総括的な意味はない。ただ、人間は何かの言葉を絞り出さずには世界を語ることが出来ない存在なのだ。語り得ないものを語ろうとすること。それが悲痛な叫びになったり、このような映画になったりするのではないだろうか?
パンフなどという甘いものはない。1470円のこの厚い/熱い本を読むしかない。当然買いました。

あとはジム・オルークの音楽がとっても良かったのでサントラを買いたかったのだが、どうやらそんなものは出ていないようだ。
"picture of adolf again"のビデオ発見。
http://www.dailymotion.com/video/x4m4cd_jim-orourkepictures-of-adolf-again_music
予告編。
終了間際のゴールでダービーは勝利。
久しぶりに味スタの1階で見た。
最後まで緊張感が途切れない好ゲームだった。ヴェルディには相当な気迫を感じたし、それを東京が必死で受け止める前半も、徐々にやり返す後半も、そしてロスタイムのゴールの瞬間まで・・・最後に勝負を分けたのは・・・まあ運と言ってしまえばそれまでかもしれないけど、それでもそれが嬉しいものだ。
みんなで「ダービーは絶対に負けられない」と半ば確信犯的/マッチポンプ的に盛り上げ、緊張感を高め、あと戻りできない場所まで行ってから、敗北に恐怖し、勝利を求める。それでいいのだろう。あと土肥も福西も頑張ってる感じで、見に行ってよかったよ。
というわけで、あのテンションでもう1試合。川崎の悪夢を消したいならば。(その前にもう1試合あるんだけど)
3/29の青山loopでのライブ映像。テレビジョン。エコーが気持ちいい。何度も同じ言葉が繰返されると、そのことばが違うイメージをもたらすような感じがする。この曲もそうだし、昔ブルーハーツの「ミサイル」という曲を聴いたときもそう思った。「テレビジョン、テレビジョン、テレビジョン」、「ミサイル、ミサイル、ミサイル」反復は、よくわからないがすごい。あと、更新係の新居にはテレビジョンがない。
この日はライブ後に、ライブの感想を言うよりもメンバーに色々と叱られて、その時に言われたのが「さいきんブログがかんじわるい」「インテリぶってるのはあかん、もっとアホになれ」「いろいろとエラそう」「慣れたらあかん」といった散々な感じのもので、いろいろと考えさせられたのです。
その時に思ったのは、ちょっと出典は思い出せないのだけど、柳下毅一郎が林由美香について語った文章で、「女優としての彼女は最後まで「演じる」ということに慣れなかった。」という趣旨の文章があって、それがとてもいいなあと思ったのを思い出した。自分はたぶんブログを書くというような行為に「慣れて」しまっているのだと思う。
そういう意味では、Punkchillはいつまでたっても演奏することに慣れないバンドである。
日曜日の夜のシネマライズとかル・シネマは1000円で映画が見られるので結構行っている。先週の日曜はシネマライズでCONTROL。またモノマネ系映画だ。この後はディランのモノマネやウォーホルのモノマネが控えている。
イアン・カーティスの痙攣したような歌い方を完コピするサム・ライリーには参ったし、サマンサ・モートンのぱんぱんにふくれあがったジーパン姿にも戦慄した。あれが多分「日常」という恐怖のかたち。
Joy Divisionというのが、抑揚のないメロディーと、機械が作るビートを無理矢理人間がコピーしたようなリズムと、下手過ぎる演奏と、そして何よりイアン・カーティスの存在で出来ていたことがよくわかる。バーニーとかフッキーや、最近故人となったトニー・ウィルソンは"24 HOUR PARTY PEOPLE"に続いて、またもや映画で自分を演じられたことになる。つまりこの映画はよく出来た再現ビデオである。日常とロックと愛人と成功。よくある話のようで、でもそれが死に至るのは滅多にない(と思う)。
あとエンドロールの"Shadowplay"がThe Killersの演奏なのはクソだと思うのは僕だけだろうか。
テレビ初登場のシーンはまさにこの映像そのもの。
"Transmission"が最高にかっこいい。
久々に買ったCD。最近iTunesばっかりだったけど、やっぱりまだCDが欲しくなる。(あ、でもコーラのおまけで5曲分無料でiTunesからダウンロード出来るのだった。何に使おう?)
スティーヴン・マルクマスの新作。ペイブメントみたいでかっこいい、という誉め方はよくないのかもしれないけど、1曲に軽く3曲分くらいのアイデアが詰め込まれていたり、ヘロヘロなのにビシッと決まるとこは決まったり、びっくりするぐらい良かった。1週間くらいぶっ通しで聴いている。
1曲目の"Dragonfly Pie"のあほみたいなサビも楽しいし、とてもメロウな"We Can't Help You"も素晴らしいし、"Real Emotional Trash"なんて10分間全く飽きない名曲。ペイブメントからソロになった時に、歌は変わらずいいんだけどドラムの感じが変わっちゃって、それでなんとなくイヤだったんだけど、今回はもうドラムがいい。ピアノとギターの絡みもいい。こう書くと普通のバンドみたいだけど、でもやっぱりヘンな名曲揃いなので、ついつい引き込まれる。
日曜日の建もの探訪はすごかった。なんと番組は20年目に突入したとかで、記念に「塔の家」という20年前に訪れた名作建築を再訪するという企画。
もう3.6坪という常軌を逸した面積に目眩がしそうになり、しかもその築42年の建物が発する妖気というか、エロスというか、最近よくエロカッコいいとか言いますが、もうこの家は「エロ狭い」とでも言うべき狭さを誇っており、意味なく家にプロジェクターとかどーんと置いちゃうような人が唖然としてしまうような設計の家である。家の場所(外苑西通り)もなんとなくわかるし、今度見に行こうかしらと思うくらい。
あと、渡辺篤史の20年というのも凄いなあと思ったりした。この人は20年間、1000戸近くの家を訪ね、それをひたすら誉めてきたのである。そんな人生ってどんな感じなのだろう?なんか好きな建築をひたすら「誉め続ける」ってところがすごく幸せな感じがして羨ましく思ったりする。
土曜日。久々に仕事せずにすんだ。いい天気の中を味スタへ。
カボレは存在自体がちょっと反則っぽい。大竹はすげー。ブルーノ・クアドロスなんとなくおしゃれ。でもこの日びっくりさせられたのはなんと言っても浅利さんでしたね。
昨夜、やべっちFCを見ていたら、「栄光の背番号7番特集」をやっていて、カントナ、ベッカム、ラウルとか、前園、名波、中田とかが紹介されてて、でも、俺が一番多く生で試合を見ている7番は東京の社員選手なんだな・・と嬉しいような気持ちになる。今年こそ、ゴールが生まれるのではないか?
試合後は新大久保の中華料理屋で5時間以上飲んでまたつぶれる。妻と一緒だったおかげで道ばたで寝るようなことにはならずに済んだ。やっぱ14時キックオフはまずいって。
4/2水曜日。国立競技場。三ツ沢に行って東京とマリノスの試合というのは時間的に無理で、でもなんか仕事のストレスからかサッカーが見たくて、行ったら行ったでスタジアムが寒くて大変だったけど、こうやってどっちのチームも特に応援する気がない試合を眺めるというのは久しぶりのことで、いいものだなあと思ったわけです。名波35歳の円熟、中山40歳の気合いを見るもまたよし。萬代は中山とか巻のように、とにかく懸命に前線でがんばるタイプのようで、こういうFWのスタイルはもはやJリーグの一つの「型」だなあと思った。
ヴェルディは柱谷解任は遠くないんじゃないだろうか。あんなに適当で大丈夫か?と思ってしまうが、フッキが入るのか・・。あと土肥ちゃんはピンクで福西はやっぱり福西な感じでした。というか服部と福西と名波と入り乱れると紅白戦みたいに見える。
日曜日の試合。仕事の合間に行ったので記憶があんまりないけど、京都は地味に負けないチーム作りだなあと思ったりした。シジクレイと角田が構えている中盤の重々しさとか。あと京都の2ゴール(渡邊、田原)はすごかった。J1とJ2を行ったり来たりしてる京都だけど、今年こそは簡単に落ちてたまるかという気合いは感じるが、京都というのはなぜかそれでもダメになるときはダメになるのだ。
あ、東京は・・大竹が噂に違わず面白くて、あの、彼がボールを持った瞬間に、何かが起こるのを期待する感じというのは随分久しぶりに味わうなあと思った。
最近忙しいというのはある程度は本当で、土曜日も日曜日も仕事しているのだ。(合間にサッカーは見に行ったけど)
金曜日。朝まで飲んでた。元気というよりも流され過ぎだ。俺。
土曜日は朝から仕事して、夜は青山LOOPへプンクチルのライブを見に行く。なぜかメンバーから色々と叱られる。すみません。帰宅して、ベランダでお花見でもしようかと思ったら、ものすごく寒かったのですぐ家に入る。フランソワ・トリュフォー「アメリカの夜」を見る。「君や僕のような人間は、映画でしか救われないのだよ」というトリュフォーの台詞がよかった。
日曜日も仕事して、昼間にサッカー行って、京都戦は3-3の引き分けで、その後も仕事して、家に帰って、ビール飲んで寝る。
月曜日も仕事。
火曜日。4月。エイプリル・フール。ネットにはバカバカしいニュースの数々。エイプリル・フールのネタを一生懸命考えるということは、とりもなおさず「本当らしい、バカバカしくないニュースとは何か?」を問い直すことに他ならない。圧倒的なフィクションを考える人は、何が現実なのかをしっかり考えた人である。普通のパスコースを知るものだけが、意外性のあるパスを出すことが出来る。だけど例外もあって、そんなことから全く自由で、何をやっても自然に圧倒的に現実と距離がある人がいて、そういう人のことをみんなバカとか天才とか呼ぶのだろうと思う。







