There Will Be Blood
ポール・トーマス・アンダーソンは天才だとよくわかった。今までの長編全て面白かったが、今回の作品も恐ろしいほどの映画だ。アカデミー作品賞は「ノーカントリー」だったが、「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」の迫力とは比べ物にならない。いや、「ノーカントリー」は面白い。ただしあれは洗練されていて洒落ていて、見たものに解釈を委ねる優雅さがある。「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」にはもっと獰猛で暴力的で、不吉な何かがあって、物語がもつ力に満ちているような気がするのだ。
音楽がとてもいい。あの不安をかきたてる音圧は映画館でないと体験出来ないだろう。(今まで知らなかったのだがあの音楽はレディオヘッドのジョニーが作ったらしい。)
ダニエル・デイ=ルイス演じる石油採掘業者プレインビューと、ポール・ダノ(なんとリトル・ミス・サンシャインのお兄ちゃん!)演じるイーライは、悪と善、聖と俗を象徴するかのように配置されるが、観客は徹底してどちらにも感情移入することは出来ない。自分を重ね合わせることが出来るかも・・と期待を抱くH.W.は早々に事故により声を発しなくなるし、ヘンリー(弟)は、金を手に入れた途端に途方に暮れてしまうし、強制的に物語から排除される。
そしてこの映画で描かれるのは彼ら二人の末路だ。人と争うこと、競争し、それに打ち勝つことでしか満足感を得られない人間が、必然的に抱えることになる狂気/孤独と、イーライの持つ気持ちの悪い「善なるもの」への信頼が向かう狂気/孤独が、最終的にはどっちもどっちの行き止まりへと向かうということ。(更にはそのどちらにもなれないヘンリーの中途半端さは更に哀れだ)
そういってしまうと身も蓋もないが、大河ドラマは結局のところ「これが人生だ」で終わる。ただし大抵のドラマにはそこにとってつけたような「まとめ」みたいなのが入ってしまって白ける。その意味では、この映画のラストシーンは本当に最高だ。我々は放り出される。映画の中から、人生の中に。そして、かろうじてまだ人生が終わっていないことに感謝する。
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