bookの最近のブログ記事
いつものごとく長い。自伝的な小説だが、ジャックは作家ではなく映画俳優になる。レスリングをやるのはアーヴィングと同じだが、ジャックは絶世の美少年で、最初で最後の恋をあっという間に終わらせてしまう。このあたりも自伝なのだろうか?下ネタの横溢もアーヴィング史上最高の出現率ではないかと思うが、やっぱり色っぽいというよりも痛くて、切ないセックスばかりが描かれる。
どうでもいいようなことばかりが書かれているようでいて、全てが書かれなければいけなかったことのように思えてくる。不思議な小説だが、思えばジョン・アーヴィンの小説は全部そうではなかったか。
次々と実名で繰り出される映画ネタのあたりはくだらないと思いつつも笑ってしまったが、1999年のアカデミー賞の脚色賞が「サイダーハウス・ルール」でアーヴィングが受賞したことを解説を読むまで忘れていた。
ジャックの口癖の「おー」は、とてもかわいいのだが、オッサンになってからのジャックが言うととても切なくなる。いつまで彼は「おー」と世の中に対して驚き続けるのか。とっくに世の中に期待することをやめてしまっていても、この言葉は発せられ続ける。「やめなさい」と誰かが叱ってくれればいいのだが。
小説は、無駄に長い方がいいのだ。少なくともこの小説を読んでからしばらくの間はそう確信出来る。
そこに書かれていることを評価したり、解釈することよりも、「おー」と言いながらページをめくること。この2週間ほどの間、それが出来て嬉しかった。そしてこの長い物語を読み終えたあとに、改めて"UNTIL I FIND YOU"というタイトルを眺めると、不思議なことに目から水のようなものが溢れていることに気付くのだ。なんという魔法だろう。
山形浩生『要するに』読了。この本に収録されているは全てネットに公開されている。→山形浩生『要するに』 原稿リンク集。だから、当然というかほどんど読んだことがあるような雑文集。それでもなんかいろいろと再確認したいなあと思って、文庫本を買って読んだわけだ。結論:読んで(読み直して)良かった。
たかる社会にたかる人々
今のはやりのブログって、こういう感じの文体とリズムで、社会をうまく切り取るタイプのヤツが多いね。見えないところで、この山形節みたいなものが広まっていったのだろうか。
夢をみない人
いい文章だと思う。他の文章とのコントラストという意味でも。
あ、あと全てがネットで読めるのは確かだけど、とっても素晴らしい「まえがき」と解説はネットにはない。「要するに」と言いつつ、割と長めのまえがきは、やっぱりおしゃべりな人というのはとにかく話すことが(書くことが)大好きなんだということがよくわかる。この世に溢れる本の中で、無駄に語り過ぎている序文や言い訳だらけのあとがきがダラダラ書かれている本は個人的に好みだったりする。作者の照れ隠ししのようでもあるし、その余談めいたところに実は一番大事なことが書かれてしまっていたりして。
スタニスワフ・レムの宇宙創世記ロボットの旅 (ハヤカワ文庫 SF 203)読了。
同じタイミングにエデン (ハヤカワ文庫SF)も注文したのだけど、こちらはあえなく在庫切れで入手出来ず。うーんせっかくの復刊ものがすぐなくなってまた絶版とは、厳しいなあ。
「宇宙創世記ロボットの旅」はレム流のコメディSF。ドラえもんのごとくテクロノジーを繰り出して宇宙を冒険するトルルとクラパウチュスの物語。サイバネチックス文学から文明論、確率論、ドタバタ喜劇までが9つの掌編で綴られる。ただし出版当時はどうだったのかわからないが、この文語調というか芝居がかった翻訳調は読みにくいと言わざるをえない。今だったら普通の訳でいいような気がする。映画にするとしたらアメリカじゃなくてイギリス映画で「銀河ヒッチハイクガイド」みたいな感じになるだろう。
ジェイムズ・ティプトリー・ジュニアの本は「たったひとつの冴えたやりかた」といい「愛はさだめ、さだめは死といい、タイトルでグッとつかまれる。本書はその2作と比べるとSFテイストは薄めでファンタジー風味。世界幻想文学大賞受賞だそうだ。
wikipedia:ジェイムズ・ティプトリー・Jr.にあるとおり、この作家はその衝撃的な人生の終わりでもって記憶されてしまいがちであるが、そんなこともこの美しい小説の前では余計な情報でしかない。ただし、やっぱり"SF"じゃないのがちょっと残念な気がする。本棚の奥からひっぱり出して来て、随分昔に読んだ「たったひとつの・・・」と「愛はさだめ・・・」読み直そうかな、と思った。やっぱあの2冊は名作です。
こちらのエントリーを読んで、なぜか急に読みたくなり購入。「金持ち父さん」読んだ次の本がこれってのもアレな話だが、これが多分俺の脳内バランスをとるためには必要。お金系の本と比べると、余りのコントラストに目が眩む。
夫の浮気を知り、次第に精神を病んでいく妻。ひたすらに詫び、許しを請う夫。そんな二人の崩壊していく夫婦生活が、延々と地獄のように続く。半狂乱で夫を問いつめる妻。繰返し繰返し、情事の詳細を問いつめる妻。もういやだ、わーっと叫び出し、自殺しようとする夫。それでも妻をなんとか正気に戻そうとする夫・・・壮絶という言葉がこれほど似合う小説もないだろう。
現代でこれを表現するとしたら・・・やっぱり私小説だろうか。いや、これこそブログがいいのかもしれない。2ちゃんに「浮気がバレてウチの嫁がおかしくなってきますた」みたいなスレでもいいかもしれない。なんでもいい。これは魂の実況中継なのだから。
夫婦とはなんなのか?男と女が二人で(そして子供と)生きるとはどういうことなのか?そんなことにやすやすと答えが出るはずも無いが、文字通り殴り合い、部屋でもつれ合い、地べたを這いずり回るトシオとミホの地獄絵図は、いつしか神々しいようなループへと突入していく。驚くべきことに、繰返される「狂気」のスーパークラスは、「愛」なのだ。
これから結婚する人、してた人、結婚しない人、そして全ての夫婦必読の書。
先週の日曜日に読了。自分の中で、1月はお金のことをガッツリ考えよう月間だったのだが、こんな本にまで手を出してしまいましたよ。
何年か前にものすごい売れてた本で、当時はなんでこんな下品なタイトルの本が売れるんだろうと不思議で仕方なかったのであるが、読んでみたら下品というのは違うなと思った。じゃあ高尚かと言うと違うんだけど。まあ、昔の俺がこれを読んでる今の俺を見たらああ何やってんだ・・・と軽蔑することだろう。そしたら、まあ読まず嫌いってのは良くないと思うよ、と言い返す。
それから、金持ち父さんは、金持ちはお金が単なる幻想にすぎないことを知っていると言った。つまり、お金は馬の目の前にぶら下げられたニンジンそのものなのだ。何十億という人が、この幻想にすぎないお金を実体のある「本物」と信じているのは、恐怖と欲望のせいだ。お金は作られたものにすぎない。
てな感じで金持ち父さんが子供にお金のことを教えていく。金持ち父さんとは筆者の友人の父で、貧乏父さんは筆者の実の父のことだった。いいことも書いてあるし、単なる成功者の自慢話にすぎないところもある。でもあっという間に読めるし、ベストセラーになったのもうなづける。
こうした本を読んで共通していると思うのは、読み手をバカにしてるのかと思う程繰返し同じようなことを述べた箇所が多くて、しかも2つか3つしか重要なことを言っていないのに、10も20も素晴らしいことを学んだような気にさせるのが異様にうまい。
筆者は既に充分にお金持ちであるが、今ではお金持ちになる方法、を教えることで更にお金持ちになっている。なんという富の集中。こういった本のおかげで、お金持ちになるための知識(≒情報)は、ものすごい勢いで世界に拡散していくが、富は逆に集中する。というか集中することでしか「富」自体は認識され得ないのだ。そして「富」の価値の維持の為には、常に人為的にハイとローが世界中に溢れて、ダイナミズムを作り出す必要がある。そう思うと、このゲームは果てしなく続くしかなく、それを面白いと思うか、つまらないよ/飽きたよと思うかをまず決めなさい、と言われたような気がした。うーん・・それはちょっと留保、という感じです。






