cinema: 2007年9月アーカイブ
ケーブルテレビでやってたのを見た。びっくりするほど面白かったのだが、これはスターウォーズの元ネタとして有名な映画だったのね。。知らなかった。
確かに太平と又七はスターウォーズのC-3POとR2-D2のような絶妙のコンビである。それにオビ=ワン(三船敏郎)、レイア姫(上原美佐)というのも、まさに映画を見れば一目瞭然。まあそれだからという訳でもなく、単純に面白い映画でした。上原美佐の美しさたるや尋常ではないし、三船敏郎はどっからどう切り取ってもかっこいい。いいものを見た。
今年はいくらなんでも映画見過ぎだよな。。と思いつつ、サッカー帰りに六本木ヒルズでプラネット・テラー in グラインドハウス。
映画の途中で何人かが退出しちゃってて、あららという感じ。あんなにグログロでギャーでベチョベチョだとは知らずにヒルズでお洒落に映画でも見てその後ディナーでもという感じだったのだろうか?お気の毒であるが、我々夫婦はキッチリ映画の後は焼肉を食いました。スプラッター見た後は焼肉。これ鉄則。
土曜日。シネマート新宿で、石井隆監督の人が人を愛することのどうしようもなさ。(リンク先注意。R18でございます。)とりあえず劇場の窓口で映画のタイトル言うのがメチャクチャ恥ずかしい。「童貞。をプロデュース」の方が100倍言いやすい。
石井隆映画はもう随分長い間見ていない。「死んでもいい」はとても好きな映画なのだけど、最近の「花と蛇」とかはねえ・・・ちょっとあんまり見る気がしなかったのが正直なところで、あまりにエロスエロスと言われても、なんかそう言われれば言われる程冷めてしまうような感じがあった。
まあでもなんで久しぶりに見に行ったかと言うと、まあちょうど時間があったからだし、村木のいない名美を読んで興味をひかれたからでもある。
確かにこれは「マルホランド・ドライブ」や「インランド・エンパイア」の村木と名美バージョンのような映画である。女優が「女優を演じてる「女優」の役を演じている」役について語るという構造で、徐々にその「フィクション」が混乱していく様子は、ぶっとんだ喜多嶋舞の演技とともに加速していく。特に過去のアイドル時代の歌を歌うシーンが素晴らしかった。他にも「夜がまた来る」(石井隆版の「インファナル・アフェア」かも?)について語るシーンとかは、なんというかこれもまた「「映画」についての映画」なのだなあとしみじみ思いながら見た。
結局のところ、小説が「小説を書くこと」について書かれ、音楽が「音楽を作ること」をテーマにし、映画は「映画」を愛し続けるとすれば、人が「人を愛する」のはやっぱりどうしようもないのだ・・ということに、なんとなく納得してしまった。
月曜日の朝、新宿K's cinemaでホステル2。
(渋谷のシアターNは今まで何度も上映ミスに出くわしたので、なんとなく行く気がしない。)
ウェルカム・ドールハウスのドーン役のヘザー・マタラーゾが惨劇に襲われる3人組女子大生の一人を演じる。後の二人はモデルっぽい超美人なので、やっぱりドーンはブスでダメなコ役。
前作を見たときの感想にも書いたのだけど、第二作目もやっぱり「殺人ビジネス」の描写が秀逸。ネットを駆使した入札風景など、コミカルでありながら、もしからしたらこんなのが本当にあるかも・・という恐怖にかられる。ストーリーも単なる一作目の繰返しではなく、ちゃんとトンチのきいたオチになってて素晴らしい。今回は新たに「エリートハンティング」をやる側の人物もしっかり描かれていて、この二人がまた見事に正気/狂気のグダグダな感じを演じている。グロすぎて気持ち悪くなってしまう人にはお勧めしないが、ちゃんと洒落の分かる人なら笑えるはず。(自信ないけどね・・・)
以下はネタバレあり。
みんながみんな六本木ヒルズで1週間限定でやってた二本立てのUSAバージョンが素晴らしいよーって書いていて、なんだか見る機会を逃した俺は単独バージョンすら見る気が萎えかけていたのだけど、やっぱり見たいよそりゃというわけでデス・プルーフ in グラインドハウス。
U.S.A.バージョン91分→日本公開ディレクターズカットバージョン113分ということで、それぞれの差異を読むと、ああやっぱりという感じがする。きっと91分版の方がもっといいテンポで切られているんだろう。でもあのバタフライのラップダンスのシーンがないなんて、それだけでも長いバージョンを見た甲斐があったという気もする。(負け惜しみ?)
ただ、91分だろうが113分だろうが、そういった尺の違うバージョンをほぼ同時に発表しちゃうことも含めて、この映画は「映画についての映画」であり、「映画への愛に満ちた映画」だということがひたすらに伝わってきた。ヴィンテージ加工としてわざとノイズが加えられたフィルムやら、無意味に長い会話やら、唐突なクライマックスやら、無闇に奇麗な脚やら、やたらとゴツい車やら、そして最高にかっこいい音楽やら・・・映画に必要なのは、卓越した演出や巧みな脚本や崇高な志や未踏の前衛ではなく、まずは欲望と愛なのだということが実によく分かる。底なしの愛があれば、映画はこんなにも輝くのだ。それが何より感動的な映画である。「デス・プルーフ」は、タガの外れたスピードであり、剥き出しの欲望であり、何よりも見せ物であり、良く出来た現実逃避であり、そしてまぎれもない現実である。全ての映画オタクは耐死仕様の髑髏マークの車で街へ出よう。
いやあ、「しかし、俺が映画館で観る映画ってほぼすべてbiwacovicさん見てるな。」と言われるまでもなく、俺もあまりのかぶり具合に、照れくさくなってきてる訳ですが、もう諦めないとしょうがないかなと思っています。わざわざ一緒に見に行かなくても、そのうちどっかでばったり会うんじゃないか。
これは多分かぶらないでしょう。オフサイド・ガールズ。土曜日、国立競技場に行く前にシャンテシネで。
実際に2005年のワールドカップ予選バーレーン戦でロケされたということで、スタジアムの歓声(だけど彼女たちは見ることが出来ない)が素晴らしい効果をあげている。そして時折、ちらりと姿を見せるピッチの光景のなんと美しいことか。汚い言葉が飛び交うスタジアムに女性を行かせる訳にはいかない、と警備してる軍人さん(田舎から出てきた班長さんみたいな人)は繰り返すのだが、その目には日常の風景としてのサッカーが映っている。でも彼女たちの目に映っているのは、圧倒的な非日常/夢としてのワールドカップ予選なのだ。そのギャップは時にはコメディになるし、一歩間違えば悲劇になるし、そして試合終了を告げるときには両者は抱き合っているかもしれない。そこにサッカーというものの本質がある。試合のシーンはあまり映らないが、見えないからこそに強烈にその存在を感じるのである。
あと、女の子たちが、あなたはダエイ役、あなたはハシェミアン役、あなたはザンディ・・・とかフォーメーションを想像して選手の役を振り分けるシーンがあるのだが、マハダビキアはあんまり人気ないのが不憫だった。イランでも結局は顔か。。。

