cinema: 2007年12月アーカイブ

土曜日。公開初日にペルセポリス

漫画がそのまま完全に映画になっている。それもそのはずで、作者が映画も監督しているのだ。生き生きと動くマルジはちびまる子ちゃんみたいだ。あと、漫画を読んだときは思わなかったが、絵の雰囲気とか構図は「ナニワ金融道」の青木雄二にも似ていると思った。

なんとも間抜けな声の"Eye Of The Tiger"のシーンは泣けた。

どうでもいいが、YouTubeにはまさにYouTubeという感じのEye Of The Tigerがあった。でもほとんどの「ロック」はこうゆうもののような気がする。いい意味でも悪い意味でも。アメリカでも日本でもイランでも。
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DVDで見た映画。田舎の日曜日

フランス映画だが、小津安二郎を思わせる(ってあんまり小津映画見てないけど)作品。というか、「妻に先立たれた男」と「そのお父さんに婚期を心配される娘」という構図はもうそのまんま「秋刀魚の味」なのではないだろうか。

もうひたすら、意地でも、絶対に、何かドラマチックなことは起こらない。子供がやんちゃなのは当たり前だし、末っ子の女の子がかわいいのも当たり前だし、年老いた親父が、結婚しない娘を心配するのも当たり前だし、日曜日が終わってしまって息子や娘や孫が帰ってしまうのが寂しいのも当たり前だ。映画の構成要素のほとんどがその「当たり前」なのに、なぜかそれが特別な感じがして、映画として成立しているのだから不思議なものである。

これも先週見た映画。やわらかい手

予告編を見たときは全然気付かなかったのだが、このおばあちゃんはなんとマリアンヌ・フェイスフルなんである。ただ、別にそれとは無関係に、淡々といい映画である。(分かりやすく言うと、難病の孫を助ける為に、おばあちゃんがゴッドハンドで男性を・・・する映画である。)

日本や韓国を席巻する「難病もの=涙腺決壊系映画」ではなく、ひたすらに誇り高く生きることを、控えめに主張する映画である。誰も運命を呪わず、現実を受け入れ、ただし出来ることをやる。「出来ることやる」だけでなんでこんなに感動するのか分からないけど、それは多分みんなが日々やってることが「出来ることをやる」だからなんだろう。

「自分を売り物にする」ことをすると、時には「汚い」と罵声を浴びたりもする。だけど本当に汚いかどうかは、周囲じゃなくてその人が決めることだ。

マリアンヌ・フェイスフルおばあちゃんが、ただ道を歩くシーンがたくさんある。惨めでもなく、エラそうでもなく、寂しそうでもなく、勿論浮かれてもいない。ただ歩く。それだけ。そんなおばあちゃんに「君の歩き方が好きだ」は最強の口説き文句だよ。

Marianne Faithfull - As Tears Go By

先週見た映画。ダーウィン・アワード

これは多分「バカな死に方をする人を笑う」映画ではなく、「バカな死に方をする人に魅力を感じてしまう人」についての映画である。人は死を恐怖し、ひたすらそれを避けたいと願うが、いつも死は近くに転がっているし、本質的には不可避なものである。それならばせめて、間抜けな死とは無縁でいたい・・・というのが、自分の人生に少しでも意味を見つけたい人の思いであり、この映画の主人公マイケル・バロウズ君の思いである。いっけん、真面目なバロウズ君が、ダーウィン・アワード的の素因を求めるロード・ムービーのようであるが、その実は彼自身がダーウィン・アワード的人生と強い親和性を持つことが判明していく。間抜けさを忌避し、知的であろうとすればするほど、そのおかしみばかりが出現する。

「観察者」であったはずのバロウズは、いつしか自分が当事者であると知る。同時にバロウズを撮影しまくる「観察者」としてのドキュメンタリー作家も、どんどん当事者になっていく。つまりこれはこの映画を「鑑賞」している我々も、すなわち当事者なのだよ・・と教えてくれる構造にもなっている。

あと、ウィノナ・ライダーがかわいい。もうこれは見る前からわかっていたのだけど、なんか歳をとりつつもかわいい。(去年スキャナー・ダークリー見た時もかわいいと思ったけど)あとジュリエット・ルイスも出てる。クリス・ペンも出演してて、アレ?と思ったら、そう、彼は去年(心不全で)亡くなっていたのであった。こんな映画に出た後に死んでしまうなんて、まさに人生、一寸先はダーウィン・アワードなのだ。

ショーン・オブ・ザ・デッドDVDで見た映画。ショーン・オブ・ザ・デッド。単なるバカ映画ではない。丁寧に練られ、しっかりと作り込まれたゾンビ映画であり優れたコメディ。「何があっても変わろうとしないイギリス人気質を風刺してみた」とインタビューで監督が語っていたが、まさにそういう感じ。街はゾンビで溢れそうなのに、とりあえずお茶を飲みましょうか、とか。

個人的には二人がゾンビにレコードを投げまくるシーンのやりとりで「ブルーマンデーの初回限定版」「それ絶対投げちゃダメ」とか「ストーンローゼス『セカンドカミング』」「俺は好きだよ」とかがグッときた。(でダイアー・ストレイツとかシャーデーのレコードは投げまくる)そういう小ネタの嵐でつなぎながら、最終決戦のパブ(なんでやねん)に向かう様子はテンポもよく、主人公、ヒロインともに、最初のダメな印象からちょっとずついい感じに変わっていくのがいい。(でもラストシーンは(やっぱりアメリカ映画と違って)イギリス人ってのはこうなんですよ・・という意味なんだろう。)

変わらない日常は、ゾンビが現れることぐらいでしか変わらない。そしてゾンビの後は、やっぱりまたお茶かビールを飲むのだ。

サラエボの花。公開初日に見に行った。岩波ホールにはオシム監督のコメントが壁にかかっていた。皆さんに見てほしいと書いてあった。なんかそれだけで映画が始まる前から泣きそうになったが、映画を見た後は、泣くというよりも爽やかな気分に。泣かせる映画などというつまらないものではなく、涙から立ち上がり、ただただ生きることを祝福するような映画。

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