diaryの最近のブログ記事
はてなダイアリーに引越しました。
coyotenoteというタイトルも変えたくて仕方がなかったのですが、代替案が思いつかず悶々としていましたが、結局何も思いつかず、よくわかりませんが"OnFire"にしてみました。やっぱりカッコつけてしまいますが、仕方ないのでしょう。
新しい日記はこちら。またふらっとこっちにも戻ってくるかもしれませんが、とりあえずはてなへ。
http://d.hatena.ne.jp/biwacovic/
昨日は飲み過ぎた。
そうそう。モンティ・パイソン(Python)で思い出したけど、Google App Engineの話。ここ最近では一番妄想をかき立てられるニュースで、もうこれから先一体どうなっちゃうんだろうと、仕事のことや諸々考えていたのだけど、やっぱり色んなことを人は考えるもので、一番グッときて、ドキリとさせられたのはこの文章だった。
「炎上」というキーワードでGoogle App Engineを語ってみた - アンカテ(Uncategorizable Blog)
"会社の業務を遂行するシステムは、ある意味で会社そのものである。業務システムのスケーラビリティが会社のスケーラビリティを規定する。" 以降の文章は、まさにアプリケーションとかスケールの問題がそのままこの世界の構造の問題にも繋がるような気がして、ちゃんとしたSF小説のプロットになりそうだ。
Googleは、本当に世界を変えている。それも目に見えるほど明確に。極小の出来事も、世界規模で積み上げれば大事件になる。世界中の人から1円/日を集めれば、とんでもないお金が作れる。そういう考え方で世界を見る「システム」がまさに出来つつあるのが今なのだと思う。(おそらくそういうシステムについては、以前に多くの人たちが机上の理論としては思いついているのだけど)
なんというか、「面白い」としか言いようがないなあと二日酔いの朝に考えている。
で、そんなこんなで(?)ブログを引越しようかと思いつつ、新しいタイトルも思いつかず、踏み切れずここでグダグダしているこの1ヶ月くらいなのです・・・ということを言いたいのでした。
あんまり脈絡はないんだけど、「ふわふわ」のビデオを発見。「この世のきまりはみんな 正しいと信じられて 身動きひとつとれない」というサビが素晴らしすぎて、静まり返った客席が素晴らし過ぎて、しかも客を罵倒してて、おそらく俺はこの映像を初めて見た時にエレファントカシマシを聴こうと決めたのだと思う。
日曜日の建もの探訪はすごかった。なんと番組は20年目に突入したとかで、記念に「塔の家」という20年前に訪れた名作建築を再訪するという企画。
もう3.6坪という常軌を逸した面積に目眩がしそうになり、しかもその築42年の建物が発する妖気というか、エロスというか、最近よくエロカッコいいとか言いますが、もうこの家は「エロ狭い」とでも言うべき狭さを誇っており、意味なく家にプロジェクターとかどーんと置いちゃうような人が唖然としてしまうような設計の家である。家の場所(外苑西通り)もなんとなくわかるし、今度見に行こうかしらと思うくらい。
あと、渡辺篤史の20年というのも凄いなあと思ったりした。この人は20年間、1000戸近くの家を訪ね、それをひたすら誉めてきたのである。そんな人生ってどんな感じなのだろう?なんか好きな建築をひたすら「誉め続ける」ってところがすごく幸せな感じがして羨ましく思ったりする。
最近忙しいというのはある程度は本当で、土曜日も日曜日も仕事しているのだ。(合間にサッカーは見に行ったけど)
金曜日。朝まで飲んでた。元気というよりも流され過ぎだ。俺。
土曜日は朝から仕事して、夜は青山LOOPへプンクチルのライブを見に行く。なぜかメンバーから色々と叱られる。すみません。帰宅して、ベランダでお花見でもしようかと思ったら、ものすごく寒かったのですぐ家に入る。フランソワ・トリュフォー「アメリカの夜」を見る。「君や僕のような人間は、映画でしか救われないのだよ」というトリュフォーの台詞がよかった。
日曜日も仕事して、昼間にサッカー行って、京都戦は3-3の引き分けで、その後も仕事して、家に帰って、ビール飲んで寝る。
月曜日も仕事。
火曜日。4月。エイプリル・フール。ネットにはバカバカしいニュースの数々。エイプリル・フールのネタを一生懸命考えるということは、とりもなおさず「本当らしい、バカバカしくないニュースとは何か?」を問い直すことに他ならない。圧倒的なフィクションを考える人は、何が現実なのかをしっかり考えた人である。普通のパスコースを知るものだけが、意外性のあるパスを出すことが出来る。だけど例外もあって、そんなことから全く自由で、何をやっても自然に圧倒的に現実と距離がある人がいて、そういう人のことをみんなバカとか天才とか呼ぶのだろうと思う。
桜もさいてふわーっとなる日々であるが、圧倒的に睡眠不足。この3月は今年度で一番たくさん仕事したかも。まあホントに忙しくて死ぬ・・・ってほどではなかったけど。
ただそんな中、先週の土曜日はホームパーチーと言えば聞こえはいいが、その実はただの飲み会というか、俺の料理を近隣住民の皆様にお見舞いする会でした。自分の中のテーマは「無印良品フルコース」。以下メニュー。
・無印良品のカルパッチョソースで鯛のカルパッチョ
・無印良品のヤムウンセンセットでヤムウンセン。
・無印良品のタンドリーチキンソースでタンドリーチキン
・タイカレー(これは無印じゃなくてカルディで売ってたペーストから)
・スペアリブのビール煮込み(これだけは完全自作)
あとは、
・ゲストによる差し入れのシャンパン
・ゲストによる差し入れの不動前・にしむらの鰻
・ゲストによる差し入れの中目黒・雅庵のお菓子
我ながらアホかと思うメニューですが、無印の食材売り場というのは不思議なセンスをしていて、ジャンクフード的でもあり、エスニックでもあり、普通に和食でもあったり、ついつい変なものを買ってしまうのである。みなさんすみませんでした。圧力鍋をもらったのでまた何か煮込みます。
そんな土曜日の翌日も仕事行ったり、早起きの日々が続いたりして、昨日はサッカー見て溜息をつき、今日は久しぶりに仕事は早帰り。渋谷で映画見て、TSUTAYAによったが何も借りず、桜を眺めながら帰宅して、またテレビでサッカーを見た。平山選ばれてないのに話題にされすぎだねえ。
そういえば渋谷のTSUTAYAで、でっかい声で電話している若いサラリーマン風の男がいて、どうやら女子を食事に誘っているみたいなんだけど、「・・そういうことだけなら合コンでもいいんですけど・・」「わたしも一回ケッコン失敗してるんで・・」「ちょっと高めのお店とか予約しようかと思って」「いやそういうことはちゃんと籍を入れてからですねえ・・」とか断片的に聞こえてくるセリフがいちいち興味深く、「じゃあよろしくねー」と電話を切った後にどこに向かうのかと思ったら、まっすぐにアダルトコーナーに向かっていて思わず吹いた。
まあ、そんな日々です。
以下、どうでもいい愚痴。
ANA-VISAカードを年末頃に作って、これからはマイルをためまくって俺もいっぱしの陸マイラーとやらになろうかと思っていたのだけど、最近になって諸々の変更が発表された。まずマイルへの移行手数料も高くなったし、リボ設定(でも勿論一括で払う)でポイント2倍になるのもなくなるし、EdyやSuicaでのチャージもポイント対象外になるようだ。単純計算だと200万使うと40,000マイルになって、結構いいなあと思っていたんだけど。
むかしMUJIカード作ったときも、作ってすぐにポイント率が改訂になって全然おいしいカードじゃなくなったことを思い出す。
ポイントとかマイルの仕掛けというのは、普通なら単純なマイナス計算でしかない消費の行為を、うまいぐあいにプラス計算へと錯覚させるシステムなんだけど、その最たるものがクレジットカード→マイル系のサービスという気がする。
あとPTAのパンチドランク・ラブという映画は、プリンを買いまくって(偶然マイルキャンペーンの穴を見つけて)125万マイル貯めた男の話だった。

というわけで、そんなくだらないことを考えるよりも、今日はいい天気なんで、洗濯でもします。
3月19日、アーサー・C・クラーク死去。
SFの巨匠、アーサー・C・クラークさんの生涯 国際ニュース : AFPBB News
僕が一番好きな小説は「楽園の泉 」という長編で、宇宙エレベーターの話。宇宙まで届くエレベーターを建設する話と、古代インドの話が平行して出て来て、エレベーター建設にともなう寺院の立ち退き問題とか、建設事故とか、そんな感じの話。それだけ聞くとあんまり面白そうじゃないかもしれないけど、「2001年宇宙の旅」とか「宇宙のランデブー」よりも僕は好きだった。
ハヤカワ文庫SFの解説→『楽園の泉』解説。
解説にもあるように、「何事にも時期があるんですよ」「自然と闘うべき時期もあれば、それに従うべき時期もあります。真の知恵とは、正しい選択をすることにあるんです......」という言葉には当時かなりの影響を受けて、大学受験の時の小論文でパクったりしたような気がする。(今思うと割と普通の言葉だなあ・・・)
あと、問答無用の傑作「幼年期の終わり」は未だにほとんどのSFがとらわれている偉大で強力なビジョンで、例えばZガンダムもエヴァンゲリオンも結局のところは「幼年期の終わり」の変奏曲だという意見には賛成だ。(Zガンダムのオープニングのラストカットとか、エヴァンゲリオンのL.C.Lの海とかはまさに「幼年期の終わり」の発展したイメージ)
未だ人類に「幼年期の終わり」は来ていないが、例えばこれから先、インターネットの上に知性が生まれたら?クラークはどんな美しい言葉でそれを名付けただろう?と考えたりした。これこそがオーバーマインドだよとカラカラと笑っただろうか。
クラーク氏の望みは、生きている間に地球以外の生命体の存在が確認されることだったそうで、それが叶わなくて残念。
もう1週間以上前か。3月9日は結婚記念日。
映画を見ました。すこし贅沢に食事しました。ただそれだけ。
そんな日に、上田現の訃報が。僕の妻は13日に行われた告別式に参列してきました。同じように、たくさんのファンが来ていたそうです。そして「ハーメルン」が演奏されたそうです。
http://www.uedagen.com/ではメッセージとともに、「ハーメルン」のビデオが流れます。YouTubeにも、沢山のレピッシュの曲がアップされています。まるでインターネット上の墓標のように、こうやって上田現という人が作った歌やその映像が、無限にコピーされ、僕たちや誰かのパソコンやiPodで、また無限に再生される。そうやって、うたが様々な場所を巡っていくイメージは、まさにハーメルンの歌そのもののようで、とっても不思議な気分になりました。
となりまちから、不思議な楽団が またとなりのまちへ
人は死んでも、その作品は残る。。なんていかにも陳腐な感傷ですが、こうやって時や場所を超えて、たとえそれがただのデジタルデータの塊であっても、ネットの上に保存されるのだと思うと少しほっとしたような気分になったりするのですが、なぜそう感じるのかはわからない。でもいつでもこんなふうに、誰かが作ったうたを、聴きたいときに聴けるというのはとてもいいものだと思います。







