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FOOTBALL OR DIE No.2 |
| 僕らがCMに出る理由 |
| 文/ビワコビッチ(1998.2.10) |
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「ipa ipa」とロペスはリフティングしながら缶コーヒーをかかげ、岡野は訳の判らんことを叫びながら車と並走する。川口、城、井原はさわやかにNISSANの車にのる。最終予選が終わった後の代表選手達のCMである。このちょっとしたブームはおそらく中田のCM(自分で監督したとかいう)の登場をもってひとまずの完結をみるだろう。おそらく再燃するとすればワールドカップの後、活躍如何によっては今よりたくさん代表選手達のCMが流れることになる。 最終予選の終盤、カザフスタン戦をみるために国立競技場の代々木門の最後尾の列に加わっていた僕は暇つぶしに友人と語ったものだ。「これでワールドカップ出場が決まったらめちゃくちゃ沢山代表選手達のCMがながれるよ。」「確かに。もう川口なんて出ずっぱりじゃない?」などと暇に任せて会話は続いた。1996年のオリンピック予選終了後、びっくりするぐらい多くの前園のメディアへの露出を経験した僕らにはこの予選のあとに起こるであろう空騒ぎの予感がしていたのだ。しかし誰がそのメディアの生贄になるかは当時は全く予想がつかなかった。結局は岡田監督がまずもてはやされその後に中田が祭り上げられている。時代は常に新しい偶像を求めている。来年の今ごろ、柳沢がTVから僕らに向かってデジタルカメラの宣伝をしていたとしても驚くことではない。だって1年前に中田が女性誌の表紙になるってだれが想像した? いったい、彼らがCMに出るのはなぜなのだろう?多くの人がさまざまな場所で何度も言っているように今最も効率よくお金を稼げるのはコマーシャルスター!になることである。役者になるのもミュージシャンになるのも行き着く先はCMだ。時間も対してかけず出演者はさして苦労もせず、CMはばく大なお金を生み出す。なぜならそこで彼らは自らの「イメージ」を売っているからである。サッカー選手とて同じである。自らのプロとしての人気と実力の証として彼らはCMの出場権を得る。サッカー選手も人気商売。この際、岡野がCMで稼ぐんならもっと活躍してる名波がかわいそう、とかの議論はなしだ。ギターの上手い人が人気ミュージシャンでないのと同じで。(ちょい暴論?) 僕はここでメディア論やCM論を展開する気もないし、CMに出る彼らを批判するつもりも毛頭ない。むしろそんな状況を「メディアに躍らされるな。」とか「サッカー選手ならサッカーで稼ぐべきだ。」などと批判するひとにちょっと「?」、なのである。 最終予選の直前、代表選手に対する最も感動的で、最も厳しい激励のメッセージを僕は目にした。Numberにのった永井洋一氏の文章だ。そこではわかったような批評をしている「我々」のほとんどは人生にさしたるチャレンジもせず安穏と暮らしている人間であり、それに対して「君たち=選手達」は歴史と未来を背負って意義のある戦いに出ていく選ばれた人間なのだから迷うな、というものである。うーん、なんて大げさかつ的をついた指摘。しかいその戦いに勝った今、今度は日本人選手は年棒高過ぎ、とか言われたりする。負けたら批判。勝っても嫌みが待っている。 そう、もっと彼らお金もらっていいやん!てことなのだ。長く続けられるわけでもないプロ選手として彼らは多くのリスクを冒している。しかしチームによっては観客が少なく十分な給料も払えない。そんな状況はCMなんかを利用して解消してもいいのではないかと思う。メディアハイプ大いに結構。ハイプでつぶれるようなjリーグ、選手ならそれだけのものなのだ。でも事務所の力とかで活躍してもいないのにCM出てたりすんのはなし。言うまでもないけど。 しかしCM作ってる人たちにお願い。なんかもうちょっとひねってよ。ロペスにリフティングさせたり、岡野を走らせたりもうなんのひねりもなくそのまんま。サッカーだけじゃなくスポーツ選手つかったCM全般に言えるのだけどなんでイメージそのまんまで使うかな?ベタなイメージは確かに大事だけど、裏切りも大事です。タイガーウッズだったらクラブ振ってるシーン、野茂なら投球シーンってみんな知ってるちゅうねん。 ◆以下おまけ的に友人と話したバカ話のつづき。誰が何のCMすれば活きるか?ってことで。
GK小島→胃腸薬。 我ながら情けないです。イメージが実は貧困。でも中田、まちがっても自分で監督したCMでオーバーヘッドとかすんなよ。
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