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FOOTBALL OR DIE No.5 |
| 「破壊せよ」と僕たちは言った |
| 文/ビワコビッチ(1998.3.5) |
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3/5ダイナスティ・カップ ----- 日本 5-1 香港 国立競技場から30分の所にすむ僕にとって、横浜はかなり遠い街である。しかも新横浜?小机?どうやっていくんじゃそんなとこ、と最初は思った。そう、新しく出来たスタジアム、横浜国際競技場へ行ってきたのだ。ダイナスティカップ日本VS香港戦、7時のキックオフにまにあうようひんしゅくの視線を浴びながら会社を出る。PM4:30。本当は中国VS韓国もみたかったが、悲しいことに僕は会社員なのだった。 感想を述べるとデカイ、トオイ、ヒビクというスタジアムだ。やたらとデカイそのなりはカンプノウやサンシーロといったヨーロッパのビックスタジアムを想起させるし、ピッチ上の選手達は国立より小さく見える(陸上用のトラックが悲しい。サッカー専用がベストだ。)。そして声は屋根のせいもあってかとても響く。交通の便は(国立と比べると格段に)悪い。しかし豪華な作りは国立や三ツ沢といった既存のスタジアムとはまた違ったビッグビジネスとしてのサッカーの香りがして、なんだか不思議な感じがした。横浜ダービーマッチ、フリューゲルスとマリノスの試合が、ACミランとインターミラノの試合みたいになる日がくるのだろうか? そして試合が始まった。香港はたいして練習もしてなさそうなチームで、余り緊張感はない。のんびりと、今日はきれいなパスが沢山つながって、沢山ゴールが決まればいいなあと思いながら観戦した。その願いはわりに早くかなえられる。前半の22分にあっさり中田のフリーキックが決まったのだ。一旦同点にされるも直後に2点目、3点目が決まり、試合の興味は勝敗から内容へと移っていく。内容はあまり無かった。あの程度に実力差のあるチームとの試合は練習にもならない。見る側もそんなに真剣にはなれない。その後もどん欲に得点をサポーターは望んだが、結局前半はこのまま折り返した。 後半も試合は緊張感を欠いたまま続いた。名波の得点もあって観客達はほとんど結果としては満足しかけていたように思う。そしてチームの指揮官はフィールドの活性化をはかるべく、平野を投入していた。おそらく次の交代はフォワードだろう。そんな予感が生まれたときだった。ホーム側の自由席のあたりから(僕がいたのはアウェイ側)歓声があがる。岡野か?中山か?違った。その歓声の源はカズだった。もうダメだと言われてる男、かつてのエースの登場に大声援が送られたのである。 近くの席でハーフタイムのときから「引っ込め11番!」と叫んでいる変な男がいた。最終予選の前から限界をささやかれているカズ、代表落ちの噂もあるカズに男は、へたくそな指笛のブーイングと能無し!使えないんだよ!といった罵声を浴びせた。代表の試合ではときにみる光景だ。男の頭の中にはアスリートとしてピークを過ぎた男、かつてのカリスマへの嫌悪感だけが渦巻いている。しかしスタジアム全体の雰囲気としてはカズの登場は大きな「好意」をもって迎えられていたのである。 国の代表チームが持っている特殊性は、選手の入れ換えが自由だということだ。その国の国籍をもっていさえすれば、あらゆる選手がチームに加わる可能性がある。クラブチームや、草サッカーのチームが限定された選手からチームを作らなければいけないのに対して、代表チームは自由度が高い。不要になった選手はいつでも放出できるし、良いと思った選手はいつでも獲得できる。これは一般の世界においてもかなり恵まれた環境である。僕らは普通、手に入れたものしか使えないし、その中でなんとかやりくりしていかなければならない。しかし代表チームの監督は「国」という限定はあるものの、好きなように自分の世界を構築できるのだ。 そして今、日本サッカー界のイコン、三浦知良がレギュラーから外れ、チームからも外れようとしている。僕たちが今日、彼に対して送った声援は最も残酷な仕打ちだったかもしれない。僕たちは刷新を望み、(それは中田の登場である程度かなえられ)過去を笑顔で眺められるようになったのだ。それは彼を「必要としない」という思いにほぼ重なる。そしていままでどうもありがとう、という思いにも。期待しているなら得点できないストライカーには激しいブーイングが飛ぶだろう。しかし今日の横浜はそんな彼や、周囲との連携もうまくいかずドタドタと走り回る様子を暖かく見ていたのだ。最終予選のときの悲壮感は当然微塵もない。そう、それはまるでカズの代表引退試合のようだった。彼はフランスまで代表に残るかもしれないが、2度と大事な試合でレギュラーにはならないだろう。チームは彼とは別に核となるべき選手を獲得してしまったし、その事実がしばらく変わることはないからだ。 サッカーを「見る側」の人間はチームに対して、絶え間なき破壊と創造を要求する。そうすることでより美しく、力強いチームが完成されるのを待つのだ。日本代表チームにはそれがこの大会で起こった。三浦知良は古いチームの象徴としてその運命に殉じ、中田英寿はそのステージへと(当然のように)登った。彼にはこれから絶え間なき危険にさらされ続けることになる。試合に勝っても負けてもそれは彼に集約されるのだ。前半44分。この日2回目のPKを蹴った彼は、失敗に終わった瞬間くるりと観客席に背を向けた。僕の頭の中には、最終予選の最初の得点(ウズベキスタン戦のカズのPK)がうかんだ。彼はそのとき、何を考えたのだろうか?
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