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FOOTBALL OR DIE No.7 |
| なんだ!?このユーウツは |
| 文/ビワコビッチ(1998.4.6) |
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最初に書いておくが、今回はタイトルと中身はいっさい関係ない。(いつもあんまり無いけど)まあ4月というのはそういう時期でしょう。そして考えてみたら5月も意味なく憂鬱になる季節だ。ワールドカップに向けて色々と準備(僕の部屋は地上波しか見られないので衛星?ケーブルテレビ?を導入するとか)しなければならないというのに、この憂鬱は本当に厄介である。まあ恢復するのをまつしかないのだろうが、何か特効薬はないのだろうか。 ちょっと時間が経ってしまったが、Jリーグが開幕した。観戦にはいけなかったがテレビで3試合を観た。なかでも横浜Fと横浜Mのダービーマッチはやっぱり見に行けば良かったと後悔するのに十分な試合内容だった。ミスが少なく、スピードが適度にあって(ちなみに4/1の韓日戦はスピードありすぎ。ワールドカップ予選よりも必死でやってたように見えた。)観客の雰囲気もよい。意図のある動きが多く、ゴールになりそうなシーンが多く生まれた。ついでに言えばフリューゲルス勝利でなおよし。 しかしあのような試合でも結局Jリーグの試合には見向きもしない人たちがいる。野球とかが好きな人のことではなくて、海外のサッカー専門の人たちだ。僕の知りあいにもいるし、サッカーの掲示版などでも見るが、彼らは日本のサッカーをバカにすることに非常に長けている。いわく「パスが短い、弱い」「足が遅い」「トラップが下手」という技術論から「あの程度の実力で年棒高過ぎ」「結局日本人には向いてない。」といった面までじつに多彩な角度からの批判だ。全く恐れ入る。本当にサッカーに詳しい方達なのだろう。僕なんてそんな大それたこととても言えません。少なくとも僕たちよりは彼らはサッカーが上手に見えるし、体力、精神力だって相当なものだ。金銭面だって、一部の選手を除けば将来への不安でいっぱいだろう。一体何歳までサッカー選手なんて出来ると思う?大変なリスクをしょって彼らはプロのサッカー選手をやってるのだ。応援こそすれ「下手糞!」などと罵ることなんてとても出来ない。技術面では本当にJの試合を余り観てない人ほどよく批判をする。いつもJリーグの試合を観ている人は、おそらく上記のような発展的でない批判はしないだろう。まじめな話、結構面白い試合も多いと思うのだが、特に今年は。 なぜ日本のサッカーをバカにする海外サッカーのファンが多いのか?それはその人の批評をするときの座標軸がそういったモードになっているからだ。洋楽しか聴かない音楽好きの人とも似ている。彼らの批評は、より卑近で身近なモノを、より手に入りにくくて、レアなモノよりも一段低く見ることで成立しているからだ。彼らは実際に多くのサッカーを観戦し、目が肥えているが、本当の意味でサッカーに取り憑かれているとは言えない。自分を他者と特別化する(上手い表現がない)ための手段として何かを好きになって、それについて詳しくなる人のことを僕は悪い意味で「おたく」と呼んでいるが、まさしくそれが悪しき海外サッカーファンである。 僕の知りあいに役者(お笑い系?)をやってる人がいる。彼が言うには最近の「一人ごっつ」はハナにつくそうだ。松っちゃんが「俺がやってるんやからオモロイやろう。」という態度で笑いに接しているように見えるからだという。僕にはそうは見えないが、逆に見る側がそのような態度(松本人志がやってるから面白い)になってしまってはお終いだと思う。「ミヤトビッチのシュートだから外れてもOK」「ザマーのオーバーラップだからタイミングは的確なはず」「ミランとインテルの試合だからいい内容に決まってる」ではいけないのだ。少なくともこの間の横浜ダービーは去年のつまらないトヨタカップ(あんな内容でもクラブ世界一決定戦!)よりは良かった。くだらないものはくだらない。いい試合はいい試合だ。 本当に子供の視点で、フィールドにいる選手達を眺めてみよう。彼らは本当に生き生きとしてボールを追いかけている。そしてかつて僕らが同じようにしたよりも数段上手い仕草でもってそれを扱う。その体はタバコと酒でよれよれの僕の何十倍もの耐久力でもって90分を持ちこたえ、相手のタックルをはねのけ、突進する。それだけで十分なのではないだろうか。そのユニフォームがFCバルセロナでもアヤックスであっても、東京ガスでも水戸ホーリーホックであっても、本当に人の心を動かすプレーは同じはずだ。 コカコーラのワールドカップ用のCMが始まった。とても素敵な映像だと思う。大スタジアムで試合を見つめる人たちの視線。そして草サッカーに興じる貧しいみなりの子供たち。交互に映像が切り替わる。そしてユニフォームも着ていない子供がゴールを決める。歓喜のポーズ。そしてスタジアムでもガッツポーズ。そう、全ては繋がっているのだ。子供の頃の、芝生もないようなグラウンドでしたサッカーは、何万人もの視線を集める試合と境界なしに繋がっている。そこに僕らが求めるものは規模ではない。単純な技術でもない。もちろん「戦う気持ち」なんて精神論でもない。そんな風に言葉にする必要があるのだろうか?あの感覚を。ただ楽しむことが一番大切なことだ。だからこうやってぐだぐだと書いているのも何の意味もない。というわけでこれが最終回!つうのはウソ!いつまでもこうやって続きます。サッカーは基本的に負け続けるスポーツだというのは柳下毅一郎氏の名言だが人生もそのとおり。負けながら、時には喜びながら、人生とサッカーは続くのだ。
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