FOOTBALL OR DIE
No.12
 世界の壁(そんなものは無いのだ)
文/ビワコビッチ(1998.7.7)

 この前に書いた原稿が、日本対アルゼンチンの翌日だったから、もう3週間がたつことになる。日本は続くクロアチア戦、ジャマイカ戦にも破れ3連敗でフランスを後にした。現在はベスト4が出そろったところだ。ユーゴスラビア、パラグアイ、イングランド、ナイジェリア、様々なチームが様々な印象を世界の人々に残し、消えて行った。
 今回のワールドカップを見て分かったことがある。ワールドカップの凄さはそれを取り囲む人の多さ、注目度の高さにあるのだ。何を今更当たり前のことをと言われても、最も実感したのはそのことなのだ。技術的な水準の高さや、正確な実力の計測といった観点では、現在のワールドカップはヨーロッパのトップリーグにはやや劣る。しかしワールドカップは北アメリカ、オセアニア、東アジアの一部を除く世界中の人が注目する大会である。多くの人は自分の国だけに興味があるわけではない。おそらく今回日本人がモロッコやチリやノルウェーといった未知のチームに出会ったように、世界の人は日本というチームに出会ったようだ。ナカタ、カワグチといった名前も少なくとも対戦国のサッカーファンには覚えてもらったことだろう。初めて日本が出場したワールドカップで最も新鮮な驚きだったのはそのことだ。
 出場した国は自分の国を応援し、負ければ負けたで次の勝負の行方に注目する。もし世界中が日本のように自国だけに注目しているのであれば、ワールドカップの熱狂度は徐々に落ちていくはずである。しかし現実は逆だ。自国を負かした国を応援するもよし、近隣の国を応援するもよし、次々とチームはフランスを去って行くが、熱狂は残る。そしてあと1週間でワールドカップの優勝チームが決まる。そのときその国以外の人たちはみな悔しさに顔をゆがませるだろうか?そうは思わない。きっと祝福したい気持ちでいっぱいになる人の方が多いだろう。

 岡田監督のアルゼンチン戦後のコメントはこうだった。「世界の壁はあつかった。」しかし帰国後の選手達のコメントに多いのは「ある程度は通用することが分かった」だった。このギャップはなんだろう。実際にボールを追いかけていた選手の言葉の方が僕には信じられる気がする。マスコミを志望していたという岡田監督の言葉は、正にマスコミが書きそうな紋切り型の表現だった。そしてこの表現はサッカーをあまりにも「スポーツ」として捉えすぎている。オリンピック選手がよく使う表現だ。しかしサッカーはスポーツでもあるが「ゲーム」でもあるのだ。100メートル走はスポーツだがゲームではない。ゲームとはあくまで「楽しさ」を属性としてもつものだからだ。ゲームはルールに触れなければ多少ずっこいことをやって勝ってもいい。そして勝つと最高に楽しい。負けると悔しい。至極簡単なゲームの論理でワールドカップを眺めれば、「世界の壁」という表現がいかに不適当か分かる。つまりサッカーというゲームで自分たちのチームが負けたという事実以外は存在しないのだ。どこかに「世界」というスタンダードがあってそれに近づくことがサッカーの目的ではないし、そんなスタンダードは存在しない。なぜか日本人は(こういう表現も紋切り型の最たるものだが)すぐそのような壁を作って登りたがる。壊したがる。そもそもなぜ壁を作ってしまうのか僕には不思議でたまらないのだ。そんなものは初めからないのに。

 日本は3連敗したのは「世界の壁があつかった」からではない。強いチームがあり、弱いチームがありゲームには勝ちと負けが存在する。岡田監督や、岡田監督に全てを任してしまったサッカー協会を批判するのは多いに結構だが、そのときに使われる言葉は「世界の壁」であってはならない。本当に必要なのは世界と自分との間に壁を作ってしまう視点ではなく、その世界の中に無邪気に飛び込んでしまえる勇気だからだ。今回のワールドカップに出た選手の口からそういった無邪気さを伺えたことは多いに喜びたい。おそらくこのワールドカップを観た日本のサッカー少年は自信を喪失するのではなく、自分たちのサッカーも世界のサッカーと繋がっているということを感じたはずだ。
 少し話はそれるが「気持ち」という言葉でサッカーの負けを意味付けようとした人たち。これこそが今回最も醜くうつった。そのような貧弱な言葉でしかサッカーを語れないのなら、わざわざ語ってもらいたくなどない。城や中田の少しひきつった笑顔や、ロペスや川口の悔しさの表情や、うなだれるサポーターの姿の方が余程多くのことを語ってくれる。

 サッカーとは根源的にボールと戯れる遊びであり、ゲームに勝つ喜びである。自国の敗戦に怒り狂うサポーターであってもきっと最後には優勝したチームを祝福することだろう。それは、自らと勝者の間に超えられない壁があるからでは決してない。そこには負けた自分たちと地続きで少し高い坂のうえにいる勝者の笑顔があるのだ。いつかは自分だって笑えるだろうと思うから祝福出来るのだ。そうでなければ負けてピッチを去っていく選手達の姿があんなに美しいわけがない。





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