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FOOTBALL OR DIE No.16 |
| 三ツ沢球技場 |
| 文/ビワコビッチ(1998.11.11) |
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11月7日。横浜は三ツ沢球技場。横浜フリューゲルスの今季最後のホームゲーム、対アビスパ福岡戦は、圧倒的な福岡ペースで始まった。福岡は組織的な攻撃は見られないものの中盤の選手の運動量、技術と勢いでフリューゲルスのゴールに襲いかかった。1部参入決定戦への参加が決定している福岡だがやる気のない試合をしてはフリューゲルスに失礼だと思ったのか、選手の動きはとても気迫に満ちていた。個人の能力も思ったより高い。福岡サポーターも少ないながら気合の入った応援を見せる。福岡相手なら楽勝だろう、という僕の(そして多くのフリエファンの)期待は完全に外れた。フリューゲルスの選手の動きは重く、ファールもパスミスも多かった。高くはずむボールにバウンドを合わせそこなうこともしばしばでお世辞にも高いレベルの試合とは言えなかった。 しかしこの日はそんなフリューゲルスを応援する人たちで一杯だった。言うまでもなく吸収合併問題があったからである。シーズンも終了間近、チームは優勝にも2部落ちにも関係ない、相手はスター選手のいない弱小チームとあれば5千人も入れば御の字だっただろう。しかしこの日の三ツ沢にはキャパ1万7千人のところ実に1万3千人もの観客が入ったのである。そのうちのほとんどが、今回の事件によりフリューゲルスが消滅してしまうことを認められない人たちだったと僕は信じている。みんなは会場で配られた青いリボンを胸につけていたし、最後だから見といてやるかといった冷笑的な態度の観客は皆無のように感じた。観客はフリューゲルスのゴールにボールが近づけば悲鳴をあげ、相手ゴールにボールが近づけば歓声をあげた。敵のファールにはブーイングがあったし、敵のフリーキックの場面では大きな楢崎コールが巻き起こった。
そんな当たり前のシーンを初めてみたような気がする。ここ数年のフリューゲルスはサポーター集団が分裂しており声援はいつもバラバラだった。人気チームとのホームゲームはいつもどちらがホームか分からない状態だった。下位チームとの試合はどちらもホームでないようなさみしい客の入りだった。でもチームは集客のためにいろいろな策をつくしていたし、チケットの値段もさげて少しでも多くの人がくるような努力をしていた。未来は決して明るくはなかったが、暗くもなかった。若い選手は着実に伸びていた。終わりの予感など誰も感じていなかった。
福岡に攻め込まれながらもフリューゲルスは何度かチャンスを迎える。両ウィングバックの佐藤と三浦はあまり機能しなかったが、若いFWの久保山や永井がドリブルでペナルティエリアに切れ込んだ。中央で細かいパス交換をし惜しいシュートを放った。サンパイオと山口はいいバランスで攻撃参加しチャンスを作った。そして前半25分頃、コーナーキックからDF前田がヘディングで先制点をあげる。超ベテランの彼のJリーグ初得点だった。その後ロスタイムに福岡の西田のシュートを決められ前半は1対1で終わった。 本当に大きな応援だった。悲鳴と怒号が渦巻く中、フェルナンドが助走に入る。体を上下に揺らし楢崎は構える。蹴った瞬間、右に飛んだ。読んだのかどうかは分からない。そんなに素晴らしいキックでなかったのも確かだ。しかし兎に角、ゴールは決まらなかった。ボールはGKの手にはじかれ、少し転がったあと、再びその手の中におさまった。ぼくの目の前で起こった出来事だ。 三ツ沢球技場が震えるような瞬間だった。みんなが叫んでいた。その4分後、フリューゲルスは相手のオフサイドトラップのかけそこねに、DF佐藤尽がこれまたJリーグ初ゴールを決めた。その後は防戦一方だった。右ウィングバックに吉田を入れてゴールを狙うも機能せず、逆にFWのレディアコフを下げて原田を投入し守備の安定を計るも失敗。自陣のゴール前にくぎ付けになってしまう。しかしタイムアップの笛が鳴り、僕らは拍手した。内容は良くなかったがとにかく勝った。 何度も危ない場面でゴールを守った楢崎がマンオブザマッチに選ばれインタビューを受けた。「最後にファンの皆さまに一言」というありきたりな質問があった。彼はいつもと変わらぬ関西弁で「フリューゲルスはとてもよいチームです。よろしくお願いします。」と言って逃げるようにその場を去った。この様子はNHKでも全国中継されていた。テレビを見た人は「涙の挨拶」ととった人もいるようだが現場にいた僕には泣いているようには思えなかった。 ゴール裏のサポーター達がアビスパ福岡コールをする。福岡のサポーターは横浜フリューゲルスコールで答える。「がんばれ横浜フリューゲルス、地獄へおちろ全日空」とどんたく(?)のリズムでコールする彼らにとび丸君がずっこける。 その後、今季の最終ホームゲームということでセレモニーがあった。エンゲルス監督が日本語で「この6年間、フリューゲルスはとてもいいサッカーをした。天皇杯も勝ったし、アジアのチャンピオンにもなった。来年もJリーグでサッカーをやりたい。全日空さん、Jリーグ、誰でもいい。助けてくれ、サポーターと一緒に、いいサッカーをやりたい」と言った。ずっとフリューゲルスのコーチをしていた彼は、レシャックの解任で突然監督になった人だ。その言葉を拍手が包み込む。選手会長の前田のスピーチは彼ほどチームの中で口下手な人もいないのではないかと思わせる拙さで、しかしそれだけに重みがあった。サンパイオのスピーチ。彼はおそらくどんな形にせよチームが残ったとしても、出ていく運命にある選手だ。ブラジル代表が2部でプレーすることはないだろう。彼はJリーグに来てからブラジル代表に選ばれた選手だ。「このチームにきて、夢であったワールドカップ出場をかなえられた。」と彼は言った。ワールドカップの開幕戦で、彼がオープニングゴールを決めた時は本当に嬉しかった。その後彼は観客席にアンダーシャツからスパイクまであらゆるものを投げ込んで去っていった。 選手がグラウンドを一周する。泣いていてほとんど顔を上げない選手もいる。前田と目があったような気がした。さっき泣いていた彼はもう泣いていなかった。「存続に向けがんばろう」と書いた横断幕をもって堂々と歩いていた。僕はアウェイ側の自由席にいたのだがホーム側の騒ぎは遠めにみても分かる程だった。たくさんの選手が観客たちと握手していた。たくさんものが投げ込まれていた。報道陣のカメラがそれを取り囲んでいた。その写真にはどんなキャプションがつけられるのだろうか?と思った。 最後に選手達がセンターサークル付近に集まる。くだらない音楽が大きく流れていて少しイラついた。キャプテンの山口だろうか?遠くてよく分からないがフリューゲルスの旗を持って、その輪の中に近づく選手がいる。彼はその旗をピッチの中央に思い切りよく突き刺した。そして選手達は観客席に挨拶をしながらゆっくりと消えていった。最後にピッチには、そのフリューゲルスの旗だけが残った。まだ夕方の6時前だというのに深夜のような気分だった。冷たい風が吹き、その旗がなびいていた。僕は暖かいコーヒーを買って飲んだ。 ゴール裏のサポーターがまたアビスパ福岡コールをする。続いてサンフレッチェ広島、ヴィッセル神戸と西から順にJリーグ各チームの名前が叫ばれる。SOS信号なのだ。ベルマーレまで来たときにふいにコールがやんだ。どうやら「ヴェルディ川崎」をコールするかもめているらしい。しばらく静寂が続いたあと球技場になり響いたのはジェフ市原の名前だった。その後札幌までいった後にヴェルディの名前は結局コールされた。しかしあの悪名高いファシストオーナーが出資するチームをJリーグの仲間として認めたくない、という空気があったのは確かだろう。その気持ちはよく理解出来た。そしてそのこだわりが、なんだか無性にやるせなかった。 株式会社全日空スポーツの社長がマイクをもって話はじめたころ、僕は三ツ沢球技場をあとにした。今日もサッカーをみて僕は楽しんだ。楢崎のゴールセービングはしばらく頭から離れないだろうと思った。彼が言った言葉もそうだ。そしてこのチームを来年も見たいと、心から思った。
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