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FOOTBALL OR DIE No.26 |
| 岡田武史はアジアチャンピオンの夢を見るか? |
| 文/ビワコビッチ(1999.5.10) |
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ゴールデンウィークが終わり、西暦2000年までの残り8カ月が始まった。相変わらず僕はサッカー漬けの毎日を過ごしている。ワールドユースは少しの間の祭りのようなものだ。日々のリーグ戦は祭りではなく、ある種の義務感をともなって行われる。我々は歓喜と悲嘆を繰り返す。毎試合の結果に喜んだり悲しんだりあきれたり憤慨したりしなければならない。僕が体験した(テレビやスタジアムで、あるいは結果のみ)試合を並べてみよう。
4/29 FC東京 2-1 コンサドーレ札幌(西が丘サッカー場にて観戦) JFL、J2、J1、アジアクラブ選手権とあらゆるカテゴリを見たことになる。ヨーロッパチャンピオンズリーグの準決勝もテレビでダイジェストを見た。それまで見慣れていたサッカーとのプレーの質の違いにやはり驚いた。しかし、しかし僕はそのことに決して落胆などしない。ヨーロッパのサッカーには確かに華麗さと、成熟しきった娯楽として、生活としてのゲームがある。それはやはり羨ましい光景ではある。対して日本の、そしてアジアのサッカーには主流から遠く離れた、一抹の寂しさと、黎明期ならではの熱さがあるのだ。それは満員に膨れ上がった西が丘サッカー場や国立競技場でも感じられたし、横浜FCの3部リーグのチームとしては驚異的な観客動員でも感じられる。今はまだ幼く、本当にサッカーが好きな人で埋められる空間は、ヨーロッパの巨大なビジネスのサッカーでは失われた純粋さがあるように思う。 岡田武史はアジアの3位になり、ワールドカップの出場権を獲得した監督として、メディアによってヒーローに仕立て上げられた。「岡チャン」の呼び名でもって、全く監督経験の無かった代行監督はそのままフランスでの指揮官となった。ワールドカップ後、その知名度からくる付加価値を目当てにした(それだけではないだろうが)、多くのクラブからのオファーを受け、今季からコンサドーレ札幌の監督に就任した。 しかし実力の伯仲するJ2にあって札幌は苦戦を続けている。僕が見たFC東京との試合でもどこかちぐはぐな姿をピッチにさらし続け、あっけなく負けた。勿論東京のホームゲームだったし、僕としてはとても嬉しい結果だったが、「岡田札幌また負けた」と報道されてしまう彼には同情を禁じえなかった。彼はまだ駆け出しの監督で、優秀な選手達と、素晴らしいサポーターを持つ幸運を得たが、同時に注目を浴びすぎてしまうという不幸を背負っているのだ。勝つことも負けることも「岡田武史」という名前のフィルターを通されてしまう札幌は、ある意味でメディアという敵とも戦っているように思う。 ここには書かなかったが、僕は4月16日に国立競技場でアジアカップウィナーズカップの準決勝、鹿島アントラーズと全南ドラゴンズ(韓国)の試合を見ている。アントラーズは4-0という屈辱的な大敗を喫し、せっかくの日本開催のアドバンテージを無駄にした。国立での動員も惨憺たるもので、あれほど空席の目立つ国立をみたのも久しぶりのような気がする。しかしそのことはあまり注目もされず、「アジアのクラブの大会」が未だに何のステータスも持っていないことを証明してしまった。横浜フリューゲルスが保持しているタイトルで最も大きなものは天皇杯優勝ではなく、第1回アジアスーパーカップの優勝である。アジアクラブ選手権の優勝チームとカップウィナーズカップの優勝チームで争われるこのタイトルは、ヨーロッパでのそれに似たタイトルの何十分の1の注目も浴びていない。これから先もなかなかそのステータスは上がらないかもしれない。しかし、こういったアジアのクラブ同士の対戦が盛り上がらないことには、いつまでたってもヨーロッパのような成熟は迎えられないことも確かなのだ。 その1週間後、ジュビロ磐田がアジアクラブ選手権での優勝を果たした。ヨーロッパで言えばチャンピオンズリーグでの勝利にあたる快挙である。テヘランで10万人を超す観衆の前で行われたその試合は、日本では生中継すらなかった。チャンピオンズリーグ、マンチェスター・ユナイテッドとバイエルン・ミュンヘンの決勝戦はおそらく全世界で生放送されるだろう。その何分の1かの注目を、将来アジアのクラブの試合が集めることはあるのだろうか?今のところ未来は暗いと言わざるを得ない。それは日本がワールドカップでベスト8に残ることよりもずっと大変なことだろう。 そして僕は思うのだ。コンサドーレ札幌はアジア制覇の夢を見るか?と。目標はJ1程度ではいけないのだ。ダイレクトに世界に繋がる感覚、他のプロスポーツでは得られないこの感覚を得る為には、全ての優れたクラブチームは日本国内以上のステータスを目指すべきである。FC東京も、横浜FCも、勿論鹿島や磐田も、日本のチャンピオンからアジアのチャンピオンに、そして各大陸(ヨーロッパ、南米、アフリカ)のクラブとの対戦を望むべきなのだ。(その前に地元のクラブとしての地歩を固めることは勿論だが。)それは無意味な上昇志向などでは断じてない。サッカーというゲームが否応無しに持ってしまう属性、世界と繋がってしまう感覚の発露である。1万人しか入らないスタジアムで必死に戦っていた地元のクラブが、いつかカンプ・ノウでFCバルセロナと戦ったりしたら、一体どんな気がするだろう。日本選手は海外のリーグにどんどん進出すべきだ、という声が多い。しかしそれはヨーロッパのみがサッカーの主流だという風潮を追認することでもある。選手の輸出だけではいけない。クラブがまず世界に出ていくべきなのだ。それがとても大切なことだと僕は思う。
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