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FOOTBALL OR DIE No.30 |
| 役目を終えたキリンカップ |
| 文/ビワコビッチ(1999.6.7) |
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6/3。キリンカップ、日本対ベルギー代表戦を国立競技場で観戦した。6日のペルー戦はテレビで観戦した。67000人の観衆。本当に代表のチケットはよく売れる。平日の国立でも54000人の大入りだった。みんな本当に日本代表が好きなのだ。別に皮肉でもなんでもなくてそう思う。そこから普段のリーグ戦にも興味を持つ人が生まれるのだろうし、代表の試合に多くの人が集まるのは少しも悪いことではない。危惧すべきは、こういった試合にスポンサーがらみの招待客があふれることで、本当にサッカーが好きな人がチケットをとれなくなる事態だ。そうやって冠スポンサー付きの日本代表の試合はいつも大入り満員、相変わらずJリーグはがらがら、という状況が進むのは最悪のシナリオだ。おそらくそうはならないだろうという楽観的な予感を僕は持っているが、それが当たるとは限らない。 僕が始めて見に行ったキリンカップは1996年の対ユーゴスラビア代表戦だ。国際試合を禁止するFIFAの制裁が解けたばかりのユーゴスラビア代表にはストイコビッチ、サビチェビッチ、ミハイロビッチ、ユーゴビッチがいた。日本は加茂監督のゾーンプレス戦術の完成期を迎えており、カズの得点を守りきり見事勝利した。僕はとても喜んだのを覚えている。次のメキシコ代表戦にも日本は勝利し、キリンカップの優勝を飾った。その翌年には対クロアチア代表、その翌年にはチェコ代表、そして今年のベルギー代表と毎年僕は2試合のうちどちらかは観戦している。そして驚くべきことに日本代表は1994年、パパン擁するフランス代表に4-1で負けて以来、一度も負けていないのだ。それが意味することは2つある。つまり日本はその程度には強くなり、そしてその程度には未だ弱い。強豪国とある程度互角に戦えるようになったということ、これは強くなったことを意味する。ユーゴ・メキシコに勝ったときは単純に喜んだ僕が、その2国と実力的には大差ない(少し劣る?)と思われるベルギー・ペルーとの引分を不満に思う程度には、日本代表チームは進歩している。しかし未だにこのような大会を重要な国際試合の場として位置づけざるを得ない現在の日本の状況は、やはりサッカー後進国のそれなのだ。 今年のキリンカップは結局2試合ともスコアレスドローとなり、1-1で引き分けているベルギーとペルーが優勝、日本は3位となった。落胆するにもどう落胆すれば良いのか分からないような非常に「薄い」敗北である。その薄さは選手や、監督に責任があるわけではない。この大会の位置づけがメディア、サッカー協会、サポーター、そして選手や監督にとって、全くもって曖昧であることことが全ての原因である。ただの親善試合?代表選手のセレクションの場?スポンサーの宣伝の為の集客試合?南米選手権に向けての練習試合?是が非でも結果を出すべき重要な大会?全てが曖昧で、人それぞれで試合に臨む態度が違っている。そういったズレが存在することが、今年のキリンカップの不幸の原因なのだ。よくわからない、ただ沢山客の入った試合。間違いのないように言うならそのような言い方しかないのだ。 そしてキリンカップはその役目を終えた。キリンがスポンサードする親善試合はこれからも組まれてもよいが、少なくとも2つのナショナルチームを招いて、リーグ戦形式で優勝チームを決定するという無意味な形式は全く意味がない。ナショナルチームを2つ招く理由には、日本代表とだけでなく招かれたもう一方のチームとも試合が出来る、というメリットを招待国に与える為であろう。そして毎年招かれるチームがネームバリューを持っている理由は、やはりスポンサーの力が大きいはずだ。つまりまだヨーロッパや南米の(それはつまり本場の)サッカーを「見させていただく」というへりくだった態度が存在するのだ。相手チームは中国や、サウジなどのアジアの強豪チームではいけない。スポンサーはあくまで、有名なチームを連れてくるありがたい存在でなければいけないのだから。
そういった意識が、既に賞味期限を過ぎていることに気付かなければいけないのだ。日本のサポーターだって、意識の進歩は著しい。我々はそういった海外のチームを無闇矢鱈と有り難がるような幼稚さからは卒業しているし、ホームで勝てない代表にブーイングをする程度の器量を持つようになったのだ。何が重要な試合か?ぐらいの判断はちゃんとサッカーを見ている人間は出来るようになっている。キリンカップの第2戦で中田が出場したのはなぜだったのだろうか?トルシエは南米選手権の準備の為に中田は使わないと言っていた。スポンサーの圧力ではないかと勘繰る人も多い。それともトルシエの単なる迷走なのかもしれない。こともあろうに監督が、この大会の位置づけを見誤ったのだろうか?。 理由もなく、ヨーロッパ、南米のサッカーを有り難がる時代は終わりつつある。ハイレベルなサッカーを沢山見たければ、隣国に日々研鑽しあうライバルを作ればよい。常に世界大会の予選で戦うことになるアジア諸国との試合の場を多く設けること、そのことでアジア全体のレベルも上がるだろう。ベストな状態でない強豪国との試合で、それにさえ勝てない日本代表に送るブーイングなど虚しいだけである。対韓国、場所は国立競技場での親善試合。思い切って実績のない選手で挑むが惨敗する日本代表。しかし2ケ月後、場所はソウルオリンピックスタジアム。満員の観衆の前で日本が韓国に勝ってしまう。そんな光景がみたいのだ。親善試合とはそういうものなのではないか?
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