FOOTBALL OR DIE
No.35
 東京に吹く風
文/ビワコビッチ(1999.7.28)

 1992年から始まったナビスコカップがこんなに大きな存在になったのは今年が初めてだ。毎年それは、よく分からない時期に、よく分からない方式で開催され、選手もサポーターもただなんとなく漫然とその大会を戦ってきたのだろう(初年度を除く)。観客動員は通常のリーグ戦よりも落込み、優勝チームに払われる敬意もそれなりで、報道に至っては試合の映像すら流さず結果のみを伝えるものがほとんどだ(それは今年だって変っていないが)。
 しかし今年はFC東京が勝ち進んだことで、僕個人の関心は高まった。普段対戦する機会のないJ1のチームとの試合の場であり、J1=格上、J2=格下という図式があるから勝てばなんだか、大きな壁を乗り越えたような気になる。もし正確に試合の厳しさを評価するなら、J2上位チームとのリーグ戦の方が、厳しい内容もあるだろう。それは相手のモチベーションが(ナビスコで対戦するJ1チームより)高いからだ。しかし、多くのそんな実情を知らない人にとって、ヴィッセル神戸やジェフ市原に勝利した2部のチームとしての東京は、「強い」2部チームとして印象づけられるのだ。それはそれなりに誇らしい気分になるし、良いことだと思う。

 7/20の海の日に横浜国際、7/24の土曜日に江戸川陸上競技場で、対横浜Fマリノスの試合を見た。結果は初戦が0-3で東京、第2戦が0-2でマリノスとなり、合計3-2で東京が勝利した。これで秋に行われる準決勝に進出、鹿島と戦うことが決まった。(準決勝で場所は国立、相手が鹿島とくれば、これは97年の天皇杯と同じである。当時の東京ガスは完敗を喫したが、今回はどうなるのだろう?)

 横浜にて:まずスタジアムで驚いたのは、東京を応援する人が沢山いたことよりも、マリノスの応援風景だった。僕が前に見たのは開幕戦だったが、その時には確かになかった「Fマリノス」というコールが聞こえてきた。わざわざ昨年までのコールの仕方を変更し、会社の事情に合わせて「F」を追加する忠実さには本当に頭が下がる。別に皮肉を言っている訳ではない。もしかしたら内部でなにがしかの議論があった末にあのようなコールをするようになったのかもしれないし、そのことを咎めたりはしない。しかし僕の感覚からすれば、なぜチームとしての連続性を保持出来るマリノスサポーターが「F」を入れるのか全く理解できなかった。彼ら(彼女ら)の哲学ではそうなのだろう。それとも彼らは日産か全日空の社員なのだろうか?僕が大好きだった「F」の三浦アツも波戸も吉田も今回は敵である。それは不思議な感覚だったが、すぐに受け入れることの出来る事態だった。
 横浜でのFC東京は、上手く戦った。体格、技術での不利を認め、自らのスピードをシンプルに活かす戦術を遂行した。僕は東京の試合を見ることで、以前は漠然と嫌っていたカウンターアタックというやり方の美しさを知ったように思う。マリノスからは闘志が感じられなかった。なんでこんな試合をして、東京のサポーターに野次られているのだろう?という困惑の表情が多かった。

 江戸川にて:東京のホームゲームとしては、おそらく4月に行われた札幌戦以来の超満員だった。当日券もあっという間に完売し、一緒に行った友人はチケットを手に入れるのに苦労した。東京のソシオ会員で、間違ってチケットを買ってしまった人に偶然遭遇し、前売り価格で譲ってもらったらしい。(ただ売ってもらう直前に「東京の応援ですよね?」と確認されたという話はなかなか良い。少しでも東京の為に、という意識が素晴らしい)  この日のマリノスは闘志の塊だった。伝統の汚いファールを連発し、東京の選手を高い位置から潰しにかかる。城は相手を恐怖させるストライカーとしての働きをみせていたし、三浦アツはやはりいい選手だった。しかし結局2点しか返せなかったのは、東京がよく耐えたからでもあるし、デラクルス監督の選手交替が少し遅かったせいでもあるだろう。明らかにバウベルのところでボールが停滞するような場面が多かったのに、彼をなかなか下げなかった。永井がもっと早い時間から出ていれば、東京は混乱していたかもしれない。まあ、終わってからは何でも言えるのだが、大熊監督の交替がとても論理的に見えたのに比べると、デラクルスの采配は鈍重に思えた。

 FC東京と言えばゴール裏、というイメージがあるかもしれない。特に一度も東京を生観戦していない人にはゴール裏の応援風景ばかりが届いてしまっているかもしれない。しかしこの日の江戸川では(リーグ戦でも時折は)自然とスタジアム全体に拡がるサポートの輪があった。誰が指揮をとるわけでも無く、ゴール裏の歌に合わせて手拍子が起こる。今は数千人の規模でしかないが、コアな人、コアで無い人という境界が曖昧なこの状態で、徐々に東京の街にこのクラブが浸透していけば、将来は5万人レベルでのこのような光景が見られるかもしれないと思うと、無性に嬉しかった。ハンドマイクでサポートの音頭をとるような場所には出来るだけ座っていたくない。無闇な黄色い歓声にはうんざりするばかりだ。そうなってしまっているチームは今から改革すべきだろう。東京のやり方は間違っていないと感じた。戦う気持ちが旺盛な人は、徐々にゴール裏に近づいていけば良いし、体力のない人はもう少し自分のペースで応援出来るところにいれば良い。そんな当たり前のことが、適切な規模で、適切なペースで拡大してくことがこれからの東京の目標だろう。

 美しい色のグラデーションを作ること。これが出来なければ、サッカースタジアムは熱狂的なサポーターが荒れ狂うだけの場所となって、普遍的なものになりえない。もしくはお行儀よくサッカーを観賞するだけの人の場になってしまったら、そこにはサッカーが持つ本質的な力は失われてしまっている。その両極が緩やかに結びつく場としてのサッカースタジアムに行きたいと思う。江戸川競技場には試合の終わった後、涼しい風が吹いていた。西葛西の駅のホームでは、多くの東京サポーターが笑顔で、誇らしげに電車に乗り込む光景があった。今、風は快適に吹いている。僕はその風を心地よく受けている。





FOOTBALL OR DIE | バックナンバー一覧へ