FOOTBALL OR DIE
No.40
 0と1の間で
文/ビワコビッチ(1999.11.22)

 11/21日曜日。2年前の今頃、僕は日本のワールドカップ初出場に浮かれていた。去年の今頃、横浜フリューゲルスの消滅に、僕は何をしたら良いのか混乱していた。そして、今日。FC東京がJ1への昇格を決めた。今本当に嬉しい。新潟に行けなかったことを後悔した。ずっとサッカーを見ていて良かったと思った。この喜びの為に、僕はサッカーというゲームに取り憑かれて続けてきたのだと感じた。それは長く、ツライ時間の中で一瞬訪れる歓喜の瞬間である。それを求めているから、たかが球蹴りにこれほど多くの感情を注いでしまうのだと思う。

 僕がFC東京のことを知ったのは去年のいつ頃だろうか?はっきりとは覚えていない。勿論東京ガスというチームがJFLで活躍しているのは知っていたが、それがJリーグ入りを目指すクラブになり「FC東京」というチーム名になる、と知ったのは結構遅かったような気がする。そのシンプルな命名に驚き、そしてこのチームを観てみようと思った。そして今年の3月、初めて訪れた西が丘サッカー場で、このチームに出会った。それは幸福な出会いだったし、今年の僕の週末の過ごし方をある程度決めてしまう程の出来事だった。

 そして僕は東京の試合に通いだした。東京は強くて、常に今年のリーグ戦では上位にいた。それはいい気分だった。いい内容で負けることもあれば、こんなお寒い内容でも勝ててしまうの?と感じることもあった。そうやって9カ月に渡る長いシーズンが続いていった。

 最初の敗戦は3月の28日、アルビレックス新潟戦だった。新潟のPKを守りきられ、東京は0-1で敗戦した。その後も5月16日の川崎F戦も0-1での敗戦だった。そして悪夢の10月。鳥栖、札幌との試合は共に0-1での敗戦。川崎Fとの決戦は3-2で川崎Fが勝った。11月。大宮でも1-0で敗戦。先週行われた仙台のとの試合も0-1で敗れた。つまり僕はかなりの数の負け試合を観ている。たった1点をとれず、負けてしまうチームをこれほど見せられても、何故僕はスタジアムに行き続けたのだろうか?答えは簡単だ。サッカーとは「そういうもの」だからだ。

 サッカーほど1点の持つ意味が大きいゲームを僕は知らない。どんな偶然や不運でとられてしまった得点でも、20本の「惜しい」シュートより価値を持つ。攻め続けて、相手を崩し続けてもその1点をとることが出来なければ負けなのである。これは一個の思想である。この思想になじめない人は根本的にサッカーになじむことは出来ない。このシンプルでかつ一見不条理に見えるサッカーの在り方が、多くの人を無為に費やされるかに見える90分間の攻防に駆り立てるのである。東京が10月までに喫した敗戦はわずか6。その後の8試合で実に6敗という見事な負けっぷりを演じてみせた。今回昇格レースがもつれたのは大分が頑張ったという側面もあるにはあるが、基本的は勝手に東京がコケすぎたのだ。

 そして今日、東京は3連敗していた(そして1点もとることの出来なかった)新潟相手に1点をもぎとって勝利した。ニュースで見た加賀見のゴールは本当に素晴らしいゴールだった。先週の仙台戦で、その意欲だけは伝わってきたものの、ゴール出来なかった彼がこの大事な試合の決勝点を入れたのだ。この1点を入れるまでにどれほど多くのシュートが彼の足から放たれたことだろう(加賀見以外の選手も同様だ)。惜しいものも、枠に行かなかったものもある。それら全ては結果には残らないが、今日のゴールによって報われてたのだと思う。僕が、そしてその他の東京を応援するものたちがついた1000の溜息が、たった一つの歓声に変わる。それが今日の新潟でのゴールだったのだ。

 そして大分ではその「1点」がロスタイムに突き刺さった。「ドーハの悲劇のように」という表現はいささか陳腐かもしれないが、そのふわっとしたフリーキックは大分のゴールに決まった。大分は延長戦でも得点することが出来ず、東京に勝ち点1の差で敗れた。

 「サッカーは0か1かのゲームである」というのは、ある側面では正しい言い方だ。1点、1勝、結果だけがそのチームの運命を決定し、僕らの感情を決めていく。大分と東京の差はたったの勝ち点1でしかないが、東京と大分が来期に戦うリーグはそれぞれ違うのだ。その大きさを思うとき、僕は多くのことを感じずにはいられない。

 同様に「サッカーとは0と1の間にあるものだ」という言い方も出来る。0と1の間にはとてつもなく広大なスペースが存在し、その中には数多くの試みがある。90分に渡るボールとプレイヤーたちの動きの軌跡がそうだし、僕らの得点への期待や失点への恐怖がそうだ。その0と1の間に横たわる様々なものを見ないのであれば、僕らはわざわざスタジアムになど行く必要はない。様々なメディアで結果を知りさえすればよいのだ。でもそれでは満足できない。僕は0-1の敗戦に対して「金と時間を返して欲しい」などと思ったことはない。自分が本当に大切にしたい、というチームの試合であれば(例えそれがクソみたいな内容であって、批判や溜息しか生み出さないものであっても)その90分間は無駄であったと思うことはないだろうと思うのだ。

 先週の駒沢陸上競技場でみた仙台や、今日の山形の試合振りには本当に驚いてしまう。全く昇格の可能性のない彼らのプレーに、微塵も投げたような態度は感じられない。彼らはサッカーというゲームの本質に忠実に、そして純粋に自分たちの勝利の為に戦った。そのファイトに敬意を表したい。

 東京の今シーズンはゼロではなく1の方に針が振れて終了した。そのことを素直に喜びたいし、例えゼロに終わったとしても、僕は彼らに拍手出来ただろうと思う。徒労にみえる旅路の果てに、彼らは1を手に入れたのだ。徒労が文字通り徒労に終わったチームにとってもそれは同じだろうと思う。この1999年のシーズンを激しく、魅力的にしたのはこの10チームなのだ、ということに誇りを持っていいと思う。僕は今期のディヴィジョン2に所属するチームを全て見たが、シーズンが終わった今彼らに親近感を覚えてしまっている。FC東京の掲示板に「おめでとう東京!」などというメッセージを書き込んでくれる他のチームのサポーターには泣きながら有難うと抱きつきたいくらいだ(気味悪いだろうけど)。

 喜びのあまり幾分取り乱しながら、この文章を書いている。でも、こんなことは滅多にあるもんじゃないからいいのだ。こうやって僕はまた1段階、サッカーに深入りしてしまったと感じる。生きていれば、つまらないことの方が多い。喜ぶときぐらい理屈をこねずに喜びたいものだ。

----------1999年 Jリーグディヴィジョン2-------------

       試合 勝  分  敗 勝点 得点 失点  得失
(1) 川崎F 36 25 3  8 73 69 34  35
(2) 東 京 36 21 3 12 64 51 35  16
(3) 大 分 36 21 3 12 63 62 42  20
(4) 新 潟 36 20 2 14 58 46 40   6
(5) 札 幌 36 17 6 13 55 54 35  19
(6) 大 宮 36 18 1 17 51 47 44   3
(7) 山 形 36 15 4 17 48 47 53  −6
(8) 鳥 栖 36 12 2 22 37 52 64 −12
(9) 仙 台 36 10 4 22 31 30 58 −28
(10)甲 府 36  5 4 27 18 32 85 −53





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