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FOOTBALL OR DIE No.42 |
| 緑の過去、白の未来 |
| 文/ビワコビッチ(1999.12.14) |
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延長前半、Vゴールを決めたヴェルディ川崎の北沢の姿は、先日のレッズの最終戦でVゴールをあげた福田にとても似ていた。徒労感をにじませた、歓喜とはほど遠いゴール。笑顔は無かった。僕は北沢が好きなわけでもないし、V川崎は大嫌いだが、その瞬間に少しだけ彼に同情した。勿論、同情してる余裕などまるでないのだけど。 12/12。等々力競技場での天皇杯。横浜FCはV川崎に2-3、延長Vゴールで敗れた。横浜FCのソシオでありながら、今期のほとんどをFC東京とともに過ごした僕はこの日、平塚でのFC東京ではなく、この試合を観戦に出かけた。平塚は遠すぎるとういうのが第一の理由だったし、普段遠くで試合をしている横浜FCがこんなに東京に近いところで試合をするのだから観ておきたいという気持ちもあったからだ。観客は4500人。その内の4000人以上は横浜FCを応援していた。ヴェルディは文字通り見放されてしまっている。東京への移転を表明したこのチームは、何人かの選手を除いてはまるで抜け殻にようにつまらないプレーに終始し、しかし皮肉なことに試合には勝ってしまった。彼らにとっては次のフロンターレとの川崎ダービーが、丸亀で行われることが唯一の救いだろう。等々力でもし試合が行われた場合・・・。僕はきっと笑えない程の残酷な光景を目にするだろう。人間は心変わりする生き物だ。一度離れてしまった心を取り戻すのは難しい。他所のチームのことをあれこれ言いたくはないが、ガラガラのホーム側のスタンドを目にして僕は少し悲しくなった。様々な要因がからまりあって、かつての人気チームはその過去の負債を背負わされて苦しんでいる。 それに比べて横浜FCのなんと健やかなこと。昨年の天皇杯、「負けたら終わり」の状況のなか勝ち続けたフリューゲルスとは違い、この試合後の僕らの反応はただ一つだ。つまり「負けて悔しい」というシンプルな感情。十分に勝てるチャンスのあった試合を落とし、このチームの初年度は終わった。しかし来年も当然チームは続くのだ。負けて悔しければ次にトライすればよいだけのことなのだ。この日の後半、信じられないほど攻撃的に戦い、数えきれないチャンスを作った横浜FCはリードを奪ったあと、「ただ守って時間を費やす」ということが出来ずに(せずに?)同点に追い付かれ、延長で負けてしまった。しかし3部リーグのチームが1部のチーム相手にあれほどラインを押し上げて戦う光景は滅多に見られるものではないし、それは相手が退場で一人少なかったからという理由だけではない。リトバルスキーはどうやらほとんど守備の仕方を教えてないのではないかと思えるのだ。まるでドイツの香りのしないそのフットボールスタイルは非常に脆いながらもスペクタクルを目指している。僕は現実的なチームも大好きだが、こういう派手なスタイルは玄人も素人も引込む魅力を持っている。それはJFLという地味な舞台で来期も戦わなければいけない横浜FCにとって非常に有効な戦術であるとも言える。誰が監督としての実績がゼロのリティにこれほどのチームを期待していただろうか?僕がみた今期の試合の中には頭を抱えたくなるほどひどい内容のものもあったが昨日の試合が出来るのなら大丈夫だ。なんとなくそう思う。 誰もが言っていることかもしれないが、去年の今頃、この状況を誰が想像しただろう?横浜フリューゲルスにとてもよく似たユニフォームを使用する「横浜FC」という3部リーグのチームが天皇杯を戦うことを。そして更に驚くべきことには、このチームは横浜フリューゲルスよりも人気があるのだ。勿論知名度は全くない。有名なのは奥寺GMとリティだけだし、サッカーファン以外への知名度はかなり低いだろう。ジーニョもサンパイオも山口も三浦アツもいない。しかしスタジアムに足を運んでみると純粋にこのチームを応援したい、と思う人間の実数は増えていると実感出来る。それだけ市民が作る市民のチームというコンセプトが魅力的だということかもしれないし、本気でサポートしないとこのチームはつぶれてしまうかもしれない、という危機意識のせいかもしれない。 昨日、僕の席の後ろにいた人たちは「ティフォージ」というサポーターグループの存在を知らなかった。フリューゲルス時代から非主流のサポートを続けている彼らの存在をその人たちは「なんか変なヤツラいるねえ」程度にしか認識していなかった。その認識が僕には新鮮だった。それでいいのではないだろうか?色んな方法論があるのは当り前だし、何より大事なことは派閥争いでもなんでもないのだ。僕のように昔から見ている人間にとっては「サポートの分裂」というネガティブな言葉で括ってしまう状況も、新たにこのチームを見始めた人にとっては「方法論の違い」程度のものでしかない。それは、このチームを取り巻く大前提がしっかりと根付いているからだ。それはこのチームを存続させ、強く育てていくこと。僕は負けたことは悔しかったが、そいういった新しい観戦層が増えてきていると感じられてとても嬉しかった。この一年を通して、「横浜フリューゲルスの残党」が生き残ったのではなく「新しい横浜のクラブ」が誕生したことが何よりも心強い。自分たちの遊び場がなければ文句を言うのではなく、自分らで作るのだ。僕が今年学習したことで、最も大きな事柄がそれだ。 そんな思いともに、1999年が終わろうとしている。FC東京が平塚に勝ったことで僕のシーズンはもう少し続くことが決まった。願わくば、3年連続で元日の国立競技場に行けますように。
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