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FOOTBALL OR DIE No.45 |
| シャンペン・シャワー |
| 文/ビワコビッチ(2000.3.6) |
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もうすぐJリーグが開幕する。J2もJFLも始まる。日本にもフットボールの季節がやってくる。僕は昨日、division1の開幕戦、横浜マリノスとFC東京の試合のチケットを買った。心の準備も徐々に整いつつある。後はサッカーマガジンもしくはダイジェストの選手名鑑が付録の号を買ったり、スタジアムに着ていく服や靴を考えるという作業が残っている。いい季節ではないか。 中田や名波や城は、外国のチームで戦っている。機会があればそれも見るが、やはり僕はローマがユベントスに負けたことを心底悔しがったりは出来ない。城の初ゴールを喜ばしいとは思うけど、思い出してニヤけてしまったりはしない。我がチームあってこそのフットボールである。そんな風に思えるようになったのは最近のことだ。村上龍は「Jリーグはレベルが低いから見ない」と言った。なるほど、そういう人がいることは驚くに当たらない。僕は自分がそのような見方をしないことが誇らしく思える。 かわみ なみ作の「シャンペン・シャワー」を読んだ(白泉社・花とゆめコミックス、1986年発行)。これはもの凄い傑作である。なぜこのような作品が、絶版状態のまま放置されているのか。今はコミックの文庫化が盛んだ。この作品は再発すれば必ず売れると思う。この漫画の中には、サッカーのあらゆる要素が盛り込まれていて、そしてサッカーを「売り」にしなくとも十分に楽しめるギャグの宝庫でもある。そして、それはまるでウィリアム・ギブスンの「ニューロマンサー」がサイバースペースという世界への扉を開いたように、シャンペン・シャワーはサッカーの世界への扉を開いてくれているのだ。本当に好きなモノを描くとき、それが作品として充実したものになっている時、いったいどのくらい作者は幸福な気分なんだろう?そんなことを考えた。14年の歳月が過ぎた今も作者の幸福がまぶしく感じられてくる。そんな作品だ。 おそらく手に入れることが困難な作品なので(僕は友人の姉上が持っているという話を聞いて、貸してもらった。)、少しストーリーについて触れてしまおう。(ストーリーを知りたくない方は以下を読まずにおられることをお勧めしておく。)舞台はエスペランサという南米大陸の架空の国。同じ市をホームタウンとするFCヴィトーリオとサルバトール。この2チームに所属する選手達が主人公である。彼らは激しいリーグ戦(優勝争いと1部残留争い)を戦った後、代表チームでチームメイトとなる。そしてワールドカップ予選(南米方式そのままのH&Aのリーグ戦)に突入する。若い左ウィングのアドル、才能に恵まれた左サイドバックのアンドレ、異常性格のセンターバックのジョゼ、ガッツマンタイプのハーフ、マルロ。この4人を中心として果てしないギャグと試合の日々が続いていく。因みに代表一のテクニシャン、10番の選手はディッコ、監督はジョー・ハンク・ライフという。勿論誰のことかはお分かりだろう。 おそらく連載当時の売りはサッカーではない。全6巻のコミックスの表紙でサッカーボールは一つも描かれておらず、全て過剰に美化された主人公たちが表紙となっている。ギャグと同時に忍ばされている、センチメンタルなラブストーリーや、男同士の過剰な「関わり」も当時の少女漫画としては王道の展開だ。しかし、どんなにそういった優等生的な質の高さがあっても、コマ間から滲み出てくるのは過剰なサッカーへの愛情なのだ。ワールドカップ出場を賭けたライバル国との2試合は共に引分のままロスタイムを迎える。テレビ観戦する主人公の恋人が「延長か再試合をするの?」と尋ねる。すると彼女の同僚が答えるのだ。「アウェイゴール2倍のルールでエスぺランサの勝ちだよ」と。なんてことだ!作者は日本にいながら、サッカーの神が支配する世界の住人だったのだ!この感覚はそうでなければ持ちえない。(残念ながらキャプテン翼にこの感覚はなかった。翼君は極めて日本的な「スポーツ」の神の制御下でプレーしていた。) 日本サッカー冬の時代にあって、なんの卑屈さもなく、かといって海外への逃避もなく、ただただサッカーがある日常への楽しげな眼差しがある。作者はそっとつぶやくのだ「いつか日本もワールドカップに出られたらいいね」と。その普通さが余りにも素晴らしすぎて僕は泣きそうになってしまった。そう、サッカーを描くのに、アホらしい友情や努力が報われるという神話や目標を達成する喜びなど不要なのだ(ましてやナショナリズムや日本人論も。)。サッカーとともにある日常は、完全なコメディーで、同時にシリアスな人生がいくつも流れる場所で、笑ってしまったり切なかったりして過ぎていく。この作品から14年が過ぎた今、僕らはワールドカップに出場した代表チームや、セリエAやリーガ・エスパニョーラで活躍する選手達を知っている。春になれば沢山の観客を集めて開催されるプロリーグを知っている。少なくとも僕にとってサッカーは日常として人生の中に入り込んできた。 シャンペン・シャワーはとびっきり幸福な作品だ。こんな風に日々が流れれば良いのに。
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