FOOTBALL OR DIE
No.47
 Think Global,Act Local
文/ビワコビッチ(2000.4.4)

 「思考は世界的に、行動は足下から」。まるで覇気のない、この政治的な(脆弱で左翼的な)言葉を、僕は80年代から90年代のアメリカ・インディーズ・ミュージックのスローガンとして記憶している。巨大なビジネスの中に飲み込まれていく音楽を、なんとか良心的な人々のもとで延命させる為にはこんな当たり前の言葉から始めなければならなかったのだ。敵は強力でいきなり倒すことなど出来ない。そんなときに諦めるのではなく、戦うのならば"Act Local"からやっていくしかなかった。そして大切なのは常"Think Global"を保つことだった。青臭い理想主義とリアリズムの折衷案は、こんなヒネリのない言葉で表現された。

 FC東京のこの2試合を見て、この言葉を思い出していた。FC東京に世界はまだ見えない。代表選手は一人もいない。だけど、このチームは世界に繋がるサッカーをやっているし、選手や監督やサポーターは全員どうしたら勝てるか熱心に考えている。そしてたった一つのプレイが随分と大きな意味を持ってしまうことをよく理解して、どんな局地戦においてもアグレッシブに戦っていた。少し誉めすぎだろうか?そんなことはないと思う。僕は15000人の国立競技場で、アマラオのVゴールに狂喜しながら、彼らのローカルな勝利にこそ、世界に繋がる道があると思ったのだ。なんと言ったって夢は世界一のクラブである。

 中村俊輔や高原直泰は確かにいい選手だ。でも彼らがリーグ戦で活躍したときに「代表へのアピールになった」などとしたり顔で話すのはどうにも気にくわない。何度も言っているように、別に代表に選ばれる為に皆が頑張っている訳ではないし、僕は東京の選手が代表に呼ばれること(だけ)を期待して試合を観ている訳では断じてない。僕は勝利の瞬間が見たくてスタジアムに行く。共に喜んだり悔しがったりするためにスタジアムに行く。確かにオリンピックやワールドカップは解りやすい「世界」だが、本当の世界はローカルな戦いの中にこそある。実家に帰ったときに、朝日新聞を読んだ。そこには「2002年の採点簿」と題して、若手有望選手の前日のJリーグでの活躍を伝えるコーナーがあった。なんてことだろう。大して活躍してもいない「未来の代表」を語ることで、東京の内藤や、小池や、ツゥットの活躍が紙面から省かれているとすれば、それは犯罪的な紙面作りだ。2002年至上主義程うんざりするものはない。

 名古屋戦。前の2試合と同じくコンバースのワンスターを履いて国立競技場へ向った。家から30分もかからない。本当に近い。黒いレザーの中に白い星があるこのスニーカーを勝利のジンクスにしようなどと間抜けなことを考えていたら本当に勝ってしまった。僕がいたバックスタンドは、客の入りこそ多くはなかったがホームの雰囲気を持っていた。攻撃的なミスには「OK、それでいいよ」と声がかかり、安全第一のクリアーにも拍手が起こる。まるで我が子の試合をみる親のような応援だ。名古屋に不幸があるとすれば、彼らが同じようなプレイをしても溜息しか聴かされないことだろう。豪華な選手達の宿命である。ピクシーは本当にカッコよかった。去年までは美しい観賞物に過ぎなかった彼は、今や僕にとって恐怖をもたらすイヤなヤツだ。最初のコーナーキック(結局失点に繋がった)の時に起こった大ブーイングは、そんな風に彼を敵として認識出来たことに大はしゃぎする僕らの声だった。

 柏戦。家でテレビ観戦した。ちょっとしたピンチにも異常にドキドキしてしまうのは、東京の試合をテレビで見慣れていないせいだろう。テレビの狭い視界では、守備陣形が上手く確認出来なくて、現場で見ているような安全/危険の判断が下せないのだ。見事な北嶋のヘッドの後、アマラオの苦笑を誘うヘッドが決まる。浅利のビューティフルオウンゴールで、つくづく面白いチームだと感心していたら、由紀彦のゴールが決まる。なんてチームなんだ。しかし結局ホン・ミョンボのVゴールで敗れてしまい、僕はそれがきっとワンスターを履いて観戦しなかったせいだろうと考える。妙に深い柏のバックラインを見て、東京は恐れられていると思った。ホン・ミョンボはきっと自分のミスで2点目をとられたと思っているから、何がなんでも勝ちに行ったのだと思った。いい試合だった。でも先週のことなど忘れて、未だに90分での引分を導入しないJリーグを呪った。ファンとは勝手なものである。

 そして、唐突に去年のことを思い出して愕然とした。去年の5月5日、僕は国立競技場にいた。鹿島と磐田の試合を見ていたのだ。名波の素晴らしいフリーキックが出た試合だ。5万人以上が入り、磐田の前期優勝への大きな一歩となった試合だ。そしてその日、FC東京は西が丘でベガルタ仙台と戦っていた。今となっては信じられない。東京を袖にして国立に行ったなんて。当時の僕にはレベルの高い試合=面白い試合という価値規準があったのだ。今となってはそのような規準は存在しない。今あるのは、東京にいい試合をして欲しい、という気持ちだ。これがフットボールに深入りするということなんだろう。僕にも段々と分かってきたのだ。東京の極めてローカルな、そしてグローバルな戦いはまだ始まったばかりだ、ということが。

 僕は今まで、雨の中でサッカーを見たことがない。4月5日。天気予報は雨。だけど僕は東京と磐田の試合を見に行こうと思っている。当然のことだ。





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