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FOOTBALL OR DIE No.48 |
| 性的蹴球 |
| 文/ビワコビッチ(2000.4.10) |
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こうも深みにはまってしまうとは思っていなかった気がする。水曜日の夜、東京と磐田の試合の後、ビールを飲みながらしきりと「ヤバイってこれは」と繰返していた気がする。それは平日の夜の試合で、しかも雨が降っていた(試合開始前には止んだが)のに国立に駆け付けた僕の熱意に対して発せられた言葉であるし、そんなヤツらの熱意に対して勝利で応えてしまった東京に対しての言葉でもある。僕は熱狂とは少し離れた場所で、冷静にサッカーを見ているつもりだった。でもアマラオがPKを蹴る瞬間、座ってなどいられなかった。ゴールが決まった瞬間、地に足がついていなかった。 東京のホームゲームに行くと、僕はまず100円のマッチデイプログラムを買う。去年も毎試合買っていたから、これはもう習慣になっていると言っていいだろう。そのプログラムの表紙を、今年から飾る言葉がある。「SEXY FOOTBALL」。普通オフィシャルな発行物にそのような言葉を載せるだろうか?大熊監督は「最後まで諦めないサッカーをお見せする」とは語っているが「セクシーなフットボールをお見せする」などとは言っていない。勿論選手の口からも「ウチの特徴であるセクシーさをアピールして行きたい」なんて聞かされることはない(というかそんなこと言う選手はどうかと思う)。でも毎試合ゴール裏には「SEXY FOOTBALL」の横断幕があるし、今年からはプログラムにまでその言葉は進出してきたのだ。 どうして東京が「セクシー」なんだろう?セクシー系の選手も少ない。藤山は高性能の軽自動車みたいだし、サンドロの顔は怖い。佐藤由紀彦は映画に出演したら絶対騙される役だし、土肥は絶対騙す役だ。内藤さんは角刈りだし、小林は少年だし、小池はペルーだ。アマラオはお笑い系だしツゥットはもっとお笑い系だ。つまり、簡単に言うと「セクシー」な選手はいない。(あっ、喜名は例外かも!)でも時折、東京の見せる攻撃は例えようもなくセクシーで、僕らはうっとりしてしまう。結果としてこのキャッチフレーズにウソはないような気がしてくるから不思議だ。
『日常生活においてフットボール観戦よりセックスのほうが心地よい体験であることには疑いがないけれど(ゼロゼロの引き分けもオフサイド・トラップもカップ戦のとりこぼしもなく、おまけにあたたかい)、あたえてくれる快感の量に関しては、セックスなんて、一生に一度、最後の最後で決まった優勝にはとてもかないやしない 』/ニック・ホーンビィ著「ぼくのプレミア・ライフ」 L.S.Fの4/4の日記と全く同じ個所を紹介させて頂いた。こんなバカな(と敢えて、敬意を持って形容したい)文章を書いてしまうのが、僕らの脳ミソなのかもしれない。だから東京の泥臭いサッカーが、ほんの一瞬の歓喜が、スタジアムの一体感が、セクシーな魅力として僕に迫ってくる。何かに駆り立てられるようにあの場所へと向う。 4/5。ジュビロ磐田のサッカーは本当に巧かった。前半、彼等の力強いプレスと正確なパス回しと、ゴールへ向う勢いを見ていて、冷静な観戦者としての僕は3-0で負け、くらいかなと知ったようなことを言いたがった。でも内なるセクシーフットボール中毒者としての僕は、追い付けることを信じて疑わなかった。服部の素晴らしいフリーキックが決まった瞬間、素早くセンターサークルにボールを置きに走ったアマラオと同じく、僕も別に落込まなかった。(あんなの決めたヤツが偉いだけだと思った。)それまでの数試合で(もしくは去年の記憶として)、僕はそういう精神性を学習した。そしたら本当に追い付いて、逆転までしてしまったのは出来過ぎだが、そのときのスタジアムが一つになるような感覚にシビれた。97年のW杯最終予選初戦、ウズベキスタン戦の国立以来ではないか?あんな感覚は。否、少しそれは大げさかもしれない。でもあの感じを掴んでしまった人は逃れられなくなっていく。 4/8。富山での鹿島アントラーズ戦は負け。僕は、自分が見に行った試合は全て勝つのだから、次はまた勝てるさ、とホザきながら花見をしていた。でもやはり悔しくて、少し飲みすぎてしまった。ツゥットが試合後のインタビューで「次はホームなので勝ちたい」って当り前過ぎる言葉を大真面目な顔で言った。そんな風に、ホームとアウェーでの成績がはっきり出るチームになったら凄いね、アウェーではしぶとく、ホームではセクシーに。そんな風なクラブが作れたら最高だね、と僕はかなり酔っぱらった頭でツゥット(21歳。僕が中学1年のときに、小学1年生だった男)に頭の中で話し掛けていた。まったく始末に終えない日々を過ごしてしまっている。
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