FOOTBALL OR DIE
No.63
 thank you for letting me be myself
文/ビワコビッチ(2001.4.20)

 僕はサッカーを笑顔で見たいし、嬉しい時は素直に喜びたい。悲しい結果の時はうつむき、ムカツクときは精一杯ムカツクと言い放ちたい。世の中にこれほどシンプルなことはそう転がっていないし、今から見つけだすのも結構大変じゃないかと思う。世の中の多くのことは、複雑で微妙で、いろんな事情が入り組んでいて、僕は何かについて語ることを諦めてしまいがちだ。サッカーについてなら語れるんだろう、いやサッカーについてしか語れないのかもしれない。そんな軟弱な人は世の中にいっぱいいて、本を書く人もいれば、WEBにテキストを載せる人もいれば、掲示板に書込みをする人もいる。今日も世界中にはそんな風にサッカーを語る言葉が溢れだしている。言葉の洪水に飛び込んで見て、自分と似た言葉を探すもよい、無視するもよい、そもそもサッカーについての言葉なんて既に語られているのだから。90分(および延長戦)、そして試合後から次の試合までの間、その間中、いろんな言葉が僕らの頭の中で生成される。物理的にテキストに落とすかどうかなんて、暇人かどうかの差だけで、根本的にサッカーは繰り返し繰り返し僕らの頭の中で語られている。

 4月14日に駒場スタジアムに行ってきたので、その時のことを書いておきたい。僕はどうしてもアウェイの試合も見たい、と思うタイプではないので、この試合のチケットを手に入れる為に奔走した訳ではない。ちょっとした幸運でバックスタンド指定席が手に入った。駒場でレッズを見られる機会なんてそうあるもんじゃないと思って行くことにした。アウェイ側、ほぼゴール真裏の席だったので、きっとここなら結構東京の人もいるんじゃないかと思って、そして出島(ビジター用サポーター席)も近いから、きっといつもとそう変わらない態度で普通に試合を見られるんじゃないかな、おまけに「アウェイの雰囲気」ってヤツも味わえるんじゃないかな、と虫のいいことを考えて駒場に向かった。

 浦和駅からのバスの中、僕の連れのバッグからのぞいた東京のマフラーに、後ろの席のヤンキー風ねえちゃんが「なんだこいつら敵じゃん」と小声でつぶやくのが聞こえ、早速びびりまくる。スタジアムに着いた瞬間、僕は自分の無知を知る。アウェイ側であっても既に赤に染まった客席。そう、僕がいて息苦しくないのは、出島だけなのだ。これは忍耐の2時間になるな、と思いながら席についた。周囲を見渡すと明らかに身を固くしている人達がちらほら。きっと僕と同じような思いをしている東京の人なんだろう。とりあえずピッチに出ている「kabu.com」の看板に笑いをこらえつつ、巨大なレッズの3連旗に歓声をあげ写真をとり、浦和レッズ!というコールに観光客のように見入り、試合が始まった。

 試合内容についてはいいだろう。いろんなところでレポートされまくっているから。とにかく東京は3-1で勝利した。前半ロスタイムのアドリアーノのゴールシーンでは僕と僕の連れの周囲が全員立ち上がって歓声をあげ、何も見えなくなった。みんなが席に座って落ち着いた時、目の前ではアドリアーノに2枚目のイエローが示されていた。後半は10人が相手。開始から7分で逆転したところで、大勢は決したような気がした。審判の判定については、僕は余り語る言葉を持たない。みんな好きなだけ議論すればいいんじゃないかな。それより試合中は出島の人達が羨ましくてしょうがなかった。3点も入ったし、絶妙にコールを被せることで逆風を推進力にしていたし、おまけ憧れのゲットゴール福田まで歌えたんだから(これは皮肉じゃない)。僕の周りの赤い人達も試合前半までは東京のコールに苦笑している人がいた。でも福田のコールの時は完全に空気が凍り付いていた。僕はこれでスタジアムの空気がポジティブな方に変わることは阻止出来た(つまりゲームの流れを東京に出来た)かもな、と思ったけど同時にイヤなことが起こるかもしれないな、と思った。

 そして、試合は終わり、僕は少し時間を置いてからバックスタンドから出た。出島近くで待ち合わせをして、直接の知合いではない浦和サポーターの人(すごく大人ないい人!)と一緒に駅まで向かった。出島ではちょうど包囲、というか騒動が始まりかけた頃だった。でもまだちらほらと出島から出てくる人はいて、本当に危険な状態になったのは、その後しばらくしてからだったみたいだ。だから直接には全然知らない。一つ言えるのは、あそこは待合せに使われそうな地点であり、バス乗り場への導線でもあり、やじ馬がその場から立ち去らない理由がいっぱいある場所だということだ。それがいつの間にか「300人で包囲」になってしまうのが怖いところだ。紋切り型の表現は本当にうんざりする。僕は浦和の駅近くでお酒を飲んで、やっぱりサッカーの話をしながら家路につき、次に駒場に来るときはもうバックスタンド指定席はごめんだ、と思った。だって辛すぎるんだもの。

 そして翌日。ネットを覗けば、「事件」に対するオピニオンのオンパレード。みんな凄く高揚している感じがブラウザから伝わってくる。そこにいた人も、ニュースで知っただけの人も、みんな凄くこのことについて語りたがっている。正直言って、それはくだらねーって感じなのだが。

 僕が思ったのは、浦和の人に対して、「むかつく、と思ったのならむかついたんだ、と言えばいいんじゃないかな」ということだ。どうして「ああいう応援したらああなるのも当たり前だ」みたいな他人の行為に自分の思いを重ねるような物言いをするのか。くだらない新聞屋の「客観的」な表現(何々については疑問視する声も上がっており云々といった表現)みたいなことはやめといた方がいい。オレはむかついたけど石は投げないよ/いや投げるよ、で終わりじゃないのか。言葉は大切に扱おう。つまり僕らが「浦和でこうやると怖いからやめとこう」って思うのは正解だけど、浦和を支援する人がそれを言っちゃうのは、少しの諦めと開き直りがではないだろうか、と思うのだ。別にあそこを物理的に怖い場所にしたいんならそれでもいいけど、そんなとこじゃないでしょう、浦和の人にとっての駒場は。僕が精神的にツライ思いをしたバックスタンド指定席は、逆の立場にすればすごく居心地のいい場所だろう。それは素直に羨ましい。

 そして不毛な「応援スタイル」論争へ。そもそも「何々サポ」とかいう言葉が氾濫するこの手の論争で、僕は知的な何かを得た記憶がない。何をやっきになって正当化、自己弁護、非難、理論武装しようと言うのだろう。みんなきっと何か語りたくてしょうがないから、こういう事件に飛び付いて言葉を紡ぎだそうとするのだろう。ホントは普段から思ったり考えたりしてることなのに、「ついで」のようにこういう時になると吹出てくる「オレの考えるサポーター像」みたいなヤツ。読んでしまう自分も暇だと思うが、インターネットってのはホントに凄い。ものすごく思考力の低い人でもいっぱしの考える人、を気取ることが出来るのだから。

 という訳で、僕もなんだか下らないことを書き連ねてしまった。史上最悪の出来のfootball or dieかもしれない。僕自身荒れた文章ですごく気に入らないけど、きっと将来メモ書き程度の役割は果たすだろう。とりあえず今言えることは、次のホームでのレッズとの試合がとても楽しみだ、と言うこと。今度は僕も得点が入ったら周りを気にせず喜んだり出来るだろう(例えもの凄い数の赤い人たちがやってきたとしても)。土曜日はとにかく我慢しすぎてとても体に悪かった。次は審判がどーだとかアドリアーノ様サンキュー、とかそんなのとは関係のない、素晴らしいフットボールが観たい。








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