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FOOTBALL OR DIE No.74 |
| 磐田旅行 (PLUS F.C. TOKYO B-SIDE COLLECTIONS "featuring URAWA REDS") |
| 文/ビワコビッチ(2002.11.27) |
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それはもう9月のこと。雨の降る中の磐田旅行は、僕に楽しくて惨めで情けなく希望に溢れた週末を過ごさせ、またこんな文章を書く気にさせた。だけどぼーっとしてたらどんどん過ぎて行くのが月日というもので、気付いたら11月も終わりに近づいていた訳だ。俺は何をやってるんだろう、と思う。 フィッツジェラルド気取りで「雨の日、磐田に死す」のタイトルにしようかと思ったが、別に死んでないしなー、と思ってやめた。「湯煙磐田旅行」でも「磐田人妻不倫旅行」でもなくシンプルに「磐田旅行」である。次回はもうちょっと短い周期で書こうと思う。 初めての遠征。そう、僕は余り旅行をしない。当然初めての磐田。平日の試合でヴェルディに勝って浮かれてる時に入った誘いのメールにまんまと乗って、座り心地最高(いわゆるアイロニー的表現)の業務用ワゴン車でいざ磐田を目指したのだった。磐田は遠かった。インター降りてからまず食ったウナギは美味かった。そして(どうしようもなく田舎出身の僕が言うのだから間違いない)、磐田はとても小さな町だった。 覚えてるのは伊藤のクリアが素晴らしいセンタリングになってぴたりと藤田の足下に、という先制点。福田が1点とった直後に決められた4点目。あとはよく覚えていない。とにかく、目の前で見た最多得点差のJリーグの試合だろう(代表戦なら幾つか記憶があるが、相手が相手だったし)。3点、ズバッっと決められ、殴り返したはずの福田の1点が生意気だと思われたのか、その後更に3発殴られた。しかもこのひとでなしなチームは、浅利まで退場に追いやり、茂庭を泣かせ、僕らを帰りの高速車中で尿意に悶絶という苦しみまで味わあせたのだ。そのくせスタジアムでは呑気に「デイドリームビリーバー」の替え歌なんかを歌っておるのだ。まったく、笑ってるヤクザが一番恐いとはこのことである。そして磐田のサッカーは力強くて結構美しい。しかも決してドレスアップした美しさではなく、ドブネズミ的美しさ(ブルーハーツ的表現)でもある。先日、見事完全優勝を達成されました。とりあえず敬語くらい使っておかないとな。 そしてその後はアップ&ダウン。違うなダウン&アップか。まあどちらにせよ、もう14節まで来てしまった今となってはダウン&ダウンじゃなくて良かったな、という程度だ。目先の結果に「一喜一憂などしない」、と決めていてもやはり一喜一憂し、「今年は降格もなければ優勝もありえない」と何試合も前に気付いていながら、ちょっと負けが込めば「まだ降格確率はゼロじゃない」と暗くなった。勿論4連勝の時はまだ数字上は優勝だってあるさ、と僕はアホ面をさらすのであった。 磐田戦の後、マリノス、柏と、相手の出来が全然良くないのに連敗し、札幌はなんとも言えない涼しい感じで大勝し、その後神戸、京都、仙台と勝った。まあ素晴らしく良い内容でもなかったし、勝ってラッキー、と思う程ひどい内容でもなかった。そこそこ調子に乗ったところで名古屋、清水に連敗。ひどい状態の2チーム相手にむざむざ散る。しかしまあそんなこともあるさ、と慰めを(なんかこういうニュートラルな状態が続いたからこのテキストもなかなか書く気にならなかったんだろうな、と思う)。 そして日曜日の浦和戦。この日は気合いが入っていたので、福田のVゴールの瞬間は低めの声で狂喜した。ゲームシャツを脱ぎながらゴール裏に走ってく福田も素敵だった。気合いが入ったのには理由がある。きっと浦和の人が沢山来たからだ。アウェイ側を埋め尽くす赤黒い集団は仕方がない。それよりもいつも僕が座っているバックスタンド中央あたりをも沢山侵食していた赤い影に、怯えと敵愾心を覚えたのだと思う。ここで我がもの顔してんじゃねえ、と思った。きっと彼らは慣れているんだろう、関東近辺の相手のホームスタジアムなんてどこでも赤く染められるから、バック中央でも別に遠慮する必要なし、と。それに東京のサポーターはスタジアムに着くのが遅い人が多いから、浦和な人が結構僕の近くにもいたのだ。去年も思った。昔初めて三ツ沢でレッズを見た時(フリューゲルスの試合)も思った。彼らの人数の多さはハンパじゃない、と。しかも濃度の高い連中からカジュアルなノリのヤツまで、老若男女万遍なくだ。東京だって、わずか平均3,000人だった1999年から、今や平均20,000人を超えるまでになったのだけど、やはりまだ人気チームだなんて口が裂けても言えない。東京都の中でも全く知らない人、「FC」呼ばわりの人の方が多いだろう。だから、どうしても負けたくなかった。山田は大嫌いだから負けたくなかった。井原は滋賀県出身だから負けたくなかった。トゥットは嫌いじゃなけど、負けたくなかった。まだ一度も負けてないから負けたくなかった。まあそんな感じだ。毎試合思ってることだけど。 実力、人気で遠く及ばない磐田。実力はともかく人気では随分水をあけられている浦和。それがこの2ヶ月間を挟んでいる。 だけど思うのは「東京は恵まれてる」ってことだ。経済的にもそうだし、規模の拡大具合もそれなりだ。選手やサポーターが現状を認めつつ、常に上を見ているのを知っている。だから僕はあまり焦ったりしないようにしている。物事は徐々にしか変わらないのだ。僕らは焦れることがたくさんあるけど、待つことだって出来ない訳じゃない。今更何を焦ってブーブー言うのか、と思う。こんなにサッカーがあらゆる所に在るような世界になるまで、随分待ったじゃないか、と思う。この日の東京のサッカーは、点が入るのは遅かったけれども、結構楽しく、美しいプレイが沢山あった。ピッチに立つのは36歳から18歳、11人+4人の交替選手。そして今を戦いながら、未来を戦う11月の午後。 物事がよくなると信じている。東京はよくなると予想する。自虐的なファンなどご免だ。少なくとも心底からそういう言葉を吐く気分にはなったことはない。これからもないだろうと思う。なんだかサッカーにそんな言葉は似つかわしくないと思っているのかもしれない。ギャグとしての自虐はありだし好きだ。マゾヒスティックな態度もアリだ。NGなのはマジすぎる議論、議論の為の議論、笑い飛ばす余地のない議論、そういった類いのものだ。世の中にサッカー程重要なものはあまりないけど、世の中でサッカー程どうでもいいものも余りないから。 一方人生はどうだ。僕は全ては良くなっていくと(おそらくは)信じていない。昨日より明日の方がマシなはずだ、と確信を持って言うことは到底出来ない。だけど、東京は良くなるはずだ、という根拠のない思い込みを続けることで、何らかの転倒が僕の中で起こり、人生はやっぱり良くなっていくんじゃないかと思ってしまうような瞬間もあるのだ。そう、まるで「モーニー、輪っ!」と頭の上でマルを作る茂庭へのコールのように、なんとなく未来は明るいと思う瞬間。そういう無根拠でバカな瞬間が、沢山やってくればいいなと思う。 そして2nd最終節はカシマスタジアムで鹿島戦。アマラオもジャーンも加地もいないけど、ノープレシャーでやれていいかも。勝てば3位って冗談みたいだけど、冗談で何が悪い?僕はカシマにも行くことにした。 そうそう、あの9月22日、磐田スタジアムに到着する直前、カーラジオでは山下達郎がDJやってるラジオがかかっていた。彼が紹介した曲は「Whatcha Gonna Do For Me?」だった。洋楽の訳詞風に言うなら「君は僕に何をしてくれるんだい?」。AVERAGE WHITE BANDのバージョンで、いい歌だった。そして「君」を「サッカー」に置き換えて考えてみた。答えなんか出て来ない。分かってたらこんなとこまで来てないだろうな、と思った。 |