FOOTBALL OR DIE
No.76
 さよならなんて云えないよ
文/ビワコビッチ(2004.1.8)


 「もっとシュートの練習をして・・」と原博実監督がスタンドに向かって挨拶を始める。その瞬間僕らは、緊張の糸が切れたように笑ってしまう。苦笑いなんだけど、結局全部許してしまうような、そんな笑顔。僕らは、こんなサッカーを始めたばかりの小学生の感想文のようなコメントをする憎めない監督との日々を過ごしている。おそらくは恵まれているんだろう。怒号や悲嘆にくれる泣き声に包まれるスタジアムも、ある種の風情があっていいのかもしれないけど、こんなラストシーンが東京にはお似合いのような気もするからだ。

 2003年のホーム最終節はそんな風にして終わった。悔やんでも悔やみきれないロスタイムの同点劇。手を伸ばせば届きそうだった優勝は、塵となって空に消えていった。いったい後何度こんな思いをすればいいのだろうと思いつつ、すぐに僕らはその次の週に柏サッカー場に行く準備をし始める。そう、アマラオのリーグ最終戦を見るために。

 11月29日。雨の柏。前半を終えて2-0。そういえばレアル・マドリード戦も雨で同じスコアだった。そして後半がはじまり、彼が登場してからの45分間で青と赤のユニフォームのチームは4点をとっていた。ロスタイムに1点とられることもあれば、2点差をひっくり返すことだって出来る。ブラジルに日本が勝つことだってあれば、マリノスに高校生が引き分けることだってあるのだ。サッカーとはそういうものだ。だけど、きっとサッカーが持っている様々な魔法にも出来ないことがある。それは時間をもとに戻すこと。僕らは、決して過去に戻ることは出来ない。

 そして僕らは、常に過去に引き寄せられる。郷愁でも、単なる記憶の蓄積でもなく、過去こそが僕らの寄る辺であり、歴史は常に現在を規定しようとするものだからだ。そう、きっとアマラオとの日々を忘れることはないだろうし、その日々はいつも僕らの中にある。彼が本当の王様になったのはいつだろう?僕はそれを思い出すことが出来ない。そんなに昔のことじゃないはずなのに、初めて彼を見た99年の開幕戦の時にそんなことを思ったわけじゃないことは確かなのに、いつの間にか「キング」の称号は冗談っぽいけど心から本当のことだと考えるようになっていた。今みたいにサッカーに、こんなに取り憑かれることがあるなんて予想していなかったと同じく、僕は一人の選手に対してこんなにも真剣に、こんなにも泣いたりする日々が来るとは思っていなかった。だっておかしいでしょう、家族でも恋人でも親友でもないのに、そんなにも感情移入するなんて。今でもそう思う。だけど、バカバカしいくらいに考えてしっていたのだ、11番のことを。

 雨の降り続く柏サッカー場でアマラオがゴールを決める。僕は声にならない声をあげる。これが彼の東京のユニフォームでの最後のゴールになった。

 それから。

 12月14日。天皇杯3回戦。味の素スタジアム。Honda FCとの試合。PK戦での勝利。

 12月20日。天皇杯4回戦。丸亀陸上競技場。ヴィッセル神戸との試合。ロスタイムのゴールを含む2ゴールをあげた阿部は素晴らしかった。だけど、PK戦が終わった後に僕らが案内されたのは敗者の部屋だった。2003年のシーズンが終わる。

 丸亀の寒空の下で、僕はもうこれで何度目になるかわからないお別れをした。心から感謝しながら。彼が走っていると、自分も走っているような気がした。彼がゴールを決めると、自分がゴールしたような気がした。彼がシュートを外すと、とりあえず笑った。笑顔こそが彼を送るにふさわしいと思う。ひとつの物語が終わる。だけど僕は次の物語を話して欲しいと思っている。一人の偉大な王を送った後に始まる、新しい物語を。



  こうしてぼくたちは、絶えず過去へ過去へと運び去られながらも、
  流れにさからう舟のように、力のかぎり漕ぎ進んでゆく

     フィッツジェラルド「グレート・ギャツビー」








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