FOOTBALL OR DIE
2002年W杯スペシャル
No.24
 Around The World In A Day
文/ビワコビッチ(2002.7.2)


 土曜日。韓国とトルコの試合はビデオでちょっと見ただけ。高円寺でライブを見ていた。その後、朝まで飲んだ。トルコが勝ったと知ってとりあえず安心した。トルコのイルハンに周囲の女子たちが惚れている。カワイイ顔の上に点まで決める。どうしようもないヤツだ。めげるな、多くのぶさいく選手たち、と思う。

 試合後、トルコと選手が韓国の選手と方を組み、お互いの健闘を称えあいながら場内一周。ひどく白々しい「感動をありがとう!」の構図。トルコの選手も韓国の選手も悪く無いけど、やっぱり最後まで韓国の試合を見て違和感が消えることはなかった。そうですか、ひねくれすぎてますか。

 日曜日。家で、14インチのソニーのヴェガで、横浜の決勝戦を見る。総勢6人で見た。試合が終わってもまだ電車がある時間。決勝戦はいつも独りで見ていた気がする。日本でワールドカップがあって良かった。横浜に行った人も、行かなかった人も、多くの人があの試合を体験した。サッカーファンだけが眠い目をこすって見るワールドカップは終わって、多くのバカやバカでない人や、多くのひねくれものやひねくれてない人が、サッカーに巻き込まれるワールドカップが始まった。それは、それはもう本当に、僕にとっては嬉しい1ヶ月だった。

 そう、それは例え少しの悲しい出来事があったとしても。

 カーンがゴールポストにもたれた瞬間、カフーがワールドカップを持ち上げた瞬間、ロナウドが子供のように笑った瞬間、地球の裏側でブラジル人が「オレ達がチャンピオンだ!」と叫んだ瞬間、やっぱりそこには言葉にならないような感覚が込み上げて来て、ワールドカップはそんな意味で、やっぱり「特別」だと思う。レベルの高いサッカー云々はどうでもいい。民族の威信も、国としての誇りもどうでもいい。人が、たった一ヶ月の間に、様々に塗り分けられていく。惨めな敗者に、圧倒的な勝者に、誇り高き敗者に、ちょっとカッコ悪い勝者に、そして、最後にはたった1チームにだけ、祝福が与えられる。そのチームは報われる。前評判の悪さも、監督采配への非難も、怪我も、敗戦の記憶も、全てが報われる。皆にその山は見えていた。でもその山を登りきるのは一人だけ。でもそのたった一人の成功者の喜びで、僕ら敗者もなんだか報われるような気になる。不思議だけど、それがワールドカップの終わり方のような気がする。

 そう多分、もう一つ、ブラジルなみに喜んでいるチームがあるけど、僕はそれはちょっとどうかな?と思う。誰か君の笑顔を見ていてくれるか?君のことを素敵で、羨ましいと思ってくれるか?

 皆が言う。奇妙なワールドカップだったと。そんな気持ちを無視するかのように、FIFAが言う。審判には問題があった、人間だからミスをする(そんなものは論点のすり替えで程度の低い一般化の詭弁だ)。新聞やテレビが言う。感動をありがとう、アジアの躍進、日韓友好万歳。・・・埋めようのないギャップと、それを埋めようとする試みの数々。そんな勇気ある試みの数々と見るたびに、僕は「大丈夫だ」、と根拠のない自信に支配される。どれだけ巧妙にダイジェストを作り、下手くそな文章を書き連ねようが、僕の中にこびりついた違和感は消えないし、消せる人もいないだろう。サッカーは「負けたらもの凄く悔しい」ものなのだ。綺麗ごとを言うようだが、だからこそ負けたチームの側の気持ちも痛い程よく分かる。その悔しさを知らない人が、今回の韓国の試合を見て(あるいは見ずに)、適当な美辞麗句を並べているのを聞くと、本当に気分が悪くなる。

 そして、また新たな4年間が始まる。種は蒔かれ、ある場所では踏みにじられ、ある場所では花開く。それは止まることを知らない運動で、僕らはボールに乗っかって旅をする。世界一周の旅。東京でそれは始まる。リオデジャネイロで始まる。リスボンで始まる。ローマで始まる。ロサンゼルスで、ロンドンで、ダカールで、ベルリンで、その他多くの僕が知っている/知らない名前を持つ街で、ボールが転がりはじめる。転がるボールは苔むさず、いろんな方向に向かって飛んでいく。

 祭りが終わった時に考えること。それはそこにあった熱について。その熱がどこかに消えてしまうことの寂しさについて。だけど、一息ついて、辺りを見回してみれば、次に考えることは勝者も敗者も同じだ。その次のゲームについて。そのゲームに勝ちたいと思うこと。敗北に怯えること。別に4年も待つ必要はない。大丈夫。退屈する暇もなく、僕らはサッカーのある惑星で暮らし続ける。






FOOTBALL OR DIE