2005年5月アーカイブ
土曜の夜、新宿でこぐま更新係(生きてますよ!)と待ち合わせて下北沢はmona recordへ。Punkchillのライブ。
当たり前だけど、バンドというのは、変わっていく部分と絶対に変わらない部分があるのだなあ、と今更ながらに思う。新曲が良かったですよ。貰ったCD-Rを帰宅してから聴いてみたらやっぱり良かったですよ、ええ。それは前の曲と比べてというんじゃなくて、今が(もっと言えば未来の方が)いいに決まってるじゃないかという、バンドに限らず人生においても稀有かもしれない良い状態の証拠とか記録であって、それはホントにいいことなのです。そして集中することについて。集中って大事やなあ・・とぽかんと口を開けて暮らしているような気分さえする我が身を振り返って考える訳です。(結局自分のこと書いてるなあ)
punkchill~Listening is not enoughも発売中です。
あと、打ち上げの酒席でdrawing4-5の"long way to ROMA built in a day"という素晴らしいレコードのサンプル盤を頂きました。こちらも帰宅後に聴いてみたら、とても僕好みのアルバムで、酔っぱらってせっかくの営業用プレスを強奪したことを反省したのでした。すんません&ありがとう。
金曜日、仕事で酒飲んで疲れて帰る。
土曜日、掃除洗濯クリーニング屋本屋。東京はアウェイで大分に勝ったらしい。良かった良かった。そして下北沢へ。
日曜日、ちょっと駅前まで行った以外はひきこもり。録画してた映画を見たり。夜、飯を食いながらガキの使いを見たら、韓流スター「ウ・ソンビン」が出演。韓流九天王の一人で、最新作の映画は「プルコギ物語」らしい。こういうのホント好きなのよね、この番組。ウ・ソンビンの顔があまりにあまりなので、ウケた。
ああ、中田英寿が村上龍とテレビで対談なんかしてる。。。こんなことしなくていいのに。
チャンピオンズリーグの決勝は、朝6時に早起きして追っかけ再生しながら見た。前半終わった時はありゃりゃ、こりゃこのまま終わるな、と思ってたコーヒー飲みながら本とか読んでたら、ジェラードのゴールがいきなりどーん。でその後の2点はもう何かが憑いてるようなムードだった。但し、その後の展開がまた渋いというか慎重というか。90分の間に色んなサッカーがあって面白かった。
延長戦は遅刻しそうだったので早送りしながら。最後のPKはまああのヘンなダンスのおかげかと言うとそうでもないような。やる前からムードは完全にリバプールだった。
仕事に行く。いろいろと大変なことにはなってるが、今日は帰ると決める。
夜は1ヶ月ぶりにフットサル。いつものようにズダボロ。ダイエット!!への期待なんてどこかに行ってしまい、その後にスタミナ定食とビールをジョッキで一杯。満腹。今日は良く眠れるだろう。
気になっていたのだが、勇気を出して体重計に乗ってみたらやっぱり太ってた。1昨年にダイエット始めたときと同じくらい。ここから6キロくらい減らせばいいのだよ減らせば。しかしもう炭水化物ダイエットをする気にはなれないので、今回は普通に頑張るしかないのだ。
ちょっと最近マズかったのは、エビスの黒ビールに海洋堂のおまけ(みちのく物産展みたいなの。なまはげとか伊達政宗像とかきりたんぽ鍋とかのフィギュア)がついてて、なかなか出来が良かったので、ついつい毎日買ってて、買うだけならまだしも飲んでたのがねえ・・・。
必ず痩せる。とりあえず自分に言い聞かせる意味を込めてここに記す。
引き続き体調が悪い。おそらく低気圧のせいである。
土曜日は味スタでジェフに負けたのを見た後に新宿で飲む。
日曜日は中野でブロードウェイとかブラブラしただけでどこにも後は出かけず。
リリー・フランキーとかみうらじゅんとか、西原理恵子×ゲッツ板谷の立川の話しとか。
結局のところ中央線文化がうんたらかんたらと延々語られていて、その気持ち悪さみたいなものも少しは語られているんだけど、まあこのあたりを離れられない人にとっては別にこの本を読もうが読むまいが関係ないのである。
「中央線はどうしてまっすぐか知ってる?」と語ってる先日亡くなった高田渡インタビューの「タカダワタル的吉祥寺」を追悼の気持ちを込めて読んでみた。煮込み食ってビールが飲みたくなった。
4月の後半から、とりたてて言うほどではないのだけど、体調があまり良くない。ずっと低空飛行な感じ。
先週の土曜日に西荻で飲んだ時に話した内容で、後で面白いなと思ったのが、ブログだろうがなんだろうが、何かをネットで書き散らす時に「軽々しく言及することが出来ない」ことが多くなってきたよね、ということだった。それはまずは何かを書く自分の考え方の問題。(立場の問題とかもちょっとはあるかもしれないけど)
福知山線の事故/イラクでの日本人襲撃/少女首輪監禁男/他にもいろいろ毎日のニュース
何かを思っても、考えても、全てが文字になって公開されるわけじゃないし、別に公開したいわけでもないという当たり前のことを、ひしひしと感じるこのごろ。肝心なシーンの写真は残らない。肝心な音の残響は録音されない。別にそれでいいじゃないの。
酔っても、体調悪くても、とりあえずiBookをたちあげてちょこっと書いとくかみたいなことをずっとやってると、むしろ興味があるのは書いてることじゃなくて書いてないことだったりするのです。
いつもは負け試合の録画は見ないんだけど、相手がオシム千葉ということもあって、見てみた。うん、やはり面白い。負けたけど、こういうチームに負けるなら、こういう試合なら、と思うことは出来る。
まあ完敗とも言えるが、お先真っ暗のどん底ってわけでもない、とあくまで前向きに。
オシムさんもFC東京は勇気のあるチームと言ってくれている。そうかもしれない。勇気は自信のなさと裏表なのかもしれないけど。でも「自分を信じていれば」と次に向かうしかないだろう。
土曜日は、ちょうど試合の時間、西荻は「戎」で飲んでいた。それなりにビールを飲んで、うだうだと語り、みっともなく酔っぱらい、駅に向かい、FC東京のマフラーをした人とすれ違った。多分臨海まで行ってたであろう人。2005年。東京をホームとするチームがあって、今とんでもなく調子が悪いけど、それが何だと言うのだ、と10数年前にこの街、この駅を使ってた時を思い出し、中央線に乗って中野に帰った。
みうらじゅん的映画祭。映画館ではユーロスペースで開催中。テレビではチャンネルNECOで放送中。
で、「大巨獣 ガッパ」を見て、激しくゆるーい気分になって癒された。東宝のゴジラ、大映のガメラ、大魔神・・・に対抗したらしい日活の「ガッパ」。見事カルト作品として残りましたとさ、という感じ。南海の土人から始まって、間抜けなガッパの造形に至るまで全てがB級。南海から来たガッパは熱海を破壊し、日光を破壊し、それから東京へ向かうというゆるーいコースを辿る。観光気分かよ。
後世に何が残って、どう面白がられるかなんて、ホント作り手には分からないことなんだな。
ほぼ勝利を確信したロスタイム、ラストのワンプレー。コバが前線で囲まれてボールを奪われ、大宮が前に大きく蹴る。今野が振向いて大きくクリアしたボールが大宮の選手の顔面にあたって大きく跳ね返り、それがなぜかぴったりトゥットの前に転がる。トゥットのボールを受けた森田のループシュートがゴールに吸い込まれた。
悔しいのは確か。だけど今日は勝てなかったことを除けばいい試合だったと思う。
約3分の1が終わった段階で、勝ち点が11。首位鹿島とは随分と離れたけど2位の名古屋とは勝ち点差7に過ぎない。つまり鹿島だけが独走しててあとは団子状態のリーグ。
今日はJリーグの10000ゴールが決まった日だ。ひょっとして時間的に9999ゴール目は石川だったのだろうか?10001ゴールは近藤祐介だったのだろうか?
決めたのはG大阪の前田雅文。滋賀県出身らしいので、なんとなく嬉しいかも。大黒とかマグノアウベスとかエメルソンじゃなく、こうゆう地味な選手だったのはなんかほっとする。
悲劇と歓喜、ときには笑いのゴールの数々。それらが連れて来た場所に僕らはいて、今日は少し暗い気持ち。そしてこれからも増え続けるゴールに喜んだり凹んだりするのだろう。
シネマメディアージュでインファナル・アフェア3 終極無間。
退屈で眠くてどうしようかと思ったけど、香港スターと香港スターのファンの為の正当な香港映画だと思えば評価の仕方も違ってくるらしいです。まあ1と2を見た人は義務だと思ってみるしかないですね。最初の作品だけで必要にして十分な映画でした。「蛇足」とはこのこと。
負け続けるときというのはこういうものなのだろうか。1点をとられた後の惨状。2点目の絶望。息を吹き返すのは鈴木がPKを外した後で、その後も結局何かが噛み合い始めることは無かった。ゴールデンウィークのど真ん中、4万人の観衆の中にはおそらく初めてJリーグを、FC東京を見た人もいただろう。年に数回しかスタジアムに来ない人もいただろう。その人たちに、東京というチームはどう見えただろう?何かが伝わっただろうか?そんなことを考えたけど、そんなことよりもやっぱり次の試合が気になるのだ。
ただこういう時に、何か特効薬があるのかというと、そんなものは無いのだと思う。少しずつ悪くなっていったものは、少しずつ良くしていくしかないのだ。
政治というものは、必ず多数者の為に少数者を犠牲にする選択を強いられるものだ、ということ。そして教育というものは、そういった場合常に多数者に服従するべきであるということを、人間という生き物に徹底的に教え込む重要なプロセスであるということ。経済のお勉強と、北朝鮮関連のお勉強は、決して近未来の日本をシミュレーションしてみせる為だけではなく、そういった装置を良い悪いではなく描いてみせる為だったのだろう。
テレビでこの作品が話題になっていた。みんな北朝鮮が日本に攻めて来る、という部分にばかり反応している。違うんだよ、そこじゃなくて、この戦いが決して日本と北朝鮮の国家同士の戦いにならないことにこそ注目すべきなんだ。逸脱者と順応者の戦いにロマン以上のものを探そうとしているのがこの小説なのだろう。
最後のカタルシス(村上龍作品には珍しい)は、この作品を限りなく分かり易く終わらせる役割を果たしている。
いろいろと印象に残った箇所のメモ。
交渉とか、逮捕とか拷問とか、それに資金移動とかね、対外宣伝とか、すごいやつがきっといるんだよ。それで恐ろしい訓練を受けてる特殊部隊がいてさ、豊富な資金も手にしたわけだから、九州の田舎の役人なんか相手にならないよ。でもね、あいつらそのうち必ずボロを出すよ。教養がないからね。ポル・ポトもナチスも最後は教養がなくて負けたんだから。
統治や政治というものは、力の弱い少数者を犠牲にする装置を最初から内包しているのだ。集団や軍や国家の均衡がとれている間、その装置は穏やかで目立たない。だが危機に際して装置は稼働し、必ず少数者が犠牲になり、少数者に組み入れられることを誰もが忌避しようとして、その瞬間隠蔽されていた退廃が露になる。
小学2年生になったある日、シノハラは幼稚園のころに作ったレゴの作品を手に取ってみて、不安にとらわれた。・・・それらをロケットやショベルカーやロボットだと認識するためには約束事のようなものが必要だった。実際には突起と穴があるただのプラスチックの小さな箱を寄せ集めたもので、それをロケットやショベルカーやロボットに見えるように組み立てる、というような約束事があったのだが、それが急にシノハラの中で壊れて消えてしまった。レゴで作られたロケットやショベルカーやロボットを眺めても、突起と穴のあるプラスチックの小さな箱しか目に入らなくなった。
大事なのは、今のヒノやタケグチみたいに、やらなければならない何かを見つけることだ。何もすることがなければ、腐ったものを見続け、腐った大人たちの言うことを聞き続けることになり、そしていつの日か大人に下以外指示通りに生きたところで何の興奮もなく、楽しくもなかったということに気づき、ネットで仲間を募集して自殺するか、ホームレスになるか、あるいはあきらめて大人の奴隷になってこき使われて、それで一生を終わることになる。
わたしはもう八十三だから、いつ死んでもおかしくないんだが、この歳になってね、また新しい悪夢を見るのはまっぴらだったんだ。
その多作っぷりから香港の三池崇史と称されるジョニー・トーの「PTU」をユーロスペースで。
チーマーにオヤジ狩りされて銃をなくした刑事、それを見つけてやろうとするPTU(警察機動部隊)、息子が殺されて怒り狂うマフィアのボス、CID(重犯罪特捜班)の美人女捜査官・・・タイムリミットの朝4時まで間、夜の香港を登場人物たちが走り回る・・・というよりウロウロと徘徊する。
インファナル・アフェアを押さえて香港の映画賞を獲ったらしいのだが、おそらくそれは全然スターが出てないから、監督/スタッフの技量を評価してのものだろう。ハズした笑いと、夜の街の映像。こういったかっこよさとダサさが同居する映画は好きだ。
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