2005年9月アーカイブ
いつもより早く仕事にいって、いつもより早く家に帰ってきたら、テレビで「世界の中心で、愛をさけぶ」を放送していた。長澤まさみがかわいい。それ以外は・・・ひどい。いかにクソみたいにつまらないかを書こうという気も起きない。そんなことを頑張るのはとても無意味だ。とぼんやりした映像を見ながら思った。
例えば長渕剛が日の丸をバックにこっちを見てる、なんともおぞましいジャケットの歌なんかがある。多分聴くこともないだろうが、逆説的に面白がったりすることや吐き捨てるような言葉を費やすことも同様に無意味だ。
とかいいつつ書いてる訳だが。。
自分が何を面白がるのか/何を嫌悪するのか?
そういったことをつれづれに書きなぐったりするのがこういう場だし、それはそれで十分に何らかの表明になりうる。ただ、そのパターンをいくら精密に綴ったところで、やはりある程度の分量や作法をもって書かないことには人には届かないだろう。で結局のところ、そういった努力をしないのなら書かないでいる方がマシだ、ということになる。
あと、もはや俺には無理かもしれないが、一切の雑念や今までの自分が積み上げてきた好悪の基準をすべてチャラにして、こういう映画を見てみたらどうなんだろう?と思う。ナノテクノロジーで脳を改造したりして。案外するっと号泣するんじゃないかな?
つまりそういった単なる価値基準の問題が、「趣味の良さ」とやらにまつわる優越感やらなんやらに関わってしまっているのはやっぱり下らない。これは自分も十分にその鎖に捕われていることを自覚しつつの話だけど。
優越感/劣等感・・・そういったゲームに払うコストは出来る限り最小限にしたいとは思うものの、人間はそれほど簡単には改造出来ないのである。困ったもんです。
移動ばっかりの3連休を振り返る。
金曜日。朝の新幹線に乗って実家に帰る。
毎度のことながら弟の本棚の漫画を読んだりしてダラダラする。
土曜日。朝から法事。祖父の三回忌。家→寺→ホテル→家。
毎度のことながら、やっぱり疲れる。大量の親戚、ご近所、その他モロモロ。ビールを飲んで適当にやり過ごす。ダメ息子だな。
日曜日。なんと台風接近による強風のため地元ローカル線が不通。仕方なく電車がある街まで車で送ってもらう。新幹線で東京へ。そのまま飛田給に行って大分戦。後半途中でスタジアムを後にした(その後も点は入らなかった)。今度は横浜へ。元町で友人の結婚式の二次会。新婦の豪快なテイストがよく出てていい感じのパーティだった。おめでとう。
実家で、寺の過去帳をエクセルで表にしたものを見せてもらった。一番古い我が家の先祖で名前が残っているのは18世紀の人。まあそれ以前からも記録に残っていないだけで、延々とご先祖様はいた訳で、想像するとなんだか面白い。結婚して、子供が生まれて、育って、そしてみなさん死んでゆく。18世紀のご先祖様は、21世紀の子孫がこうやって分かりきったことをダラダラと書いていることをどう思うだろうか?
久々にフットサルに行く。
あっというまに息があがる。
腰が痛くなる。
腹はものすごーく出てきてる。
再びダイエットにとりかかる必要がありそうだ。
といいつつ、実家に帰ったら食って飲んでになるに決まっている。
東京に帰ってきたらがんばろう。
酒飲んで帰宅。
実は今週は、夏休みを取れなかった人がこっそりと9連休を目論んで休んだりする週だったりする。そのせいで予想外にバタバタしたり。しかし飲みたいものはしかたないのだ。
週末は実家に帰る。法事だ。よく分からないけど、3回忌だし。
FC東京対大分戦は、所用の為に途中でスタジアムを後にしなければないない。
イーガンの新刊「ディアスポラ」が本日発売の模様。発売日が気になる本なんて、本当に久しぶりだ。
早川書房 (2005/09/22)
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六本木ヒルズで「銀河ヒッチハイク・ガイド」
銀河バイパス建築のため、いきなり爆破される地球。パジャマ姿で脱出し銀河をヒッチハイクする主人公。銀河で1番いい加減な銀河大統領。鬱病のロボット。英国的SFとはやはりこのようなナンセンスとシニカルな笑いを好むのか。SFの本質は適当であることだと見抜かれてしまっている。
人生、宇宙、そして万物に対する究極の答えはwikipedia:人生、宇宙、すべての答えに書かれている。
wikipediaによると、gooleの電卓機能で、answer to life, the universe and everythingを計算してみると、ちゃんと答えはディープ・ソートと同じになるのだそうだ。さすがはgoogle。完璧だ。
土曜日は仕事。
夜になりそろそろ帰ろうかという時間。スーパーサッカーのサイトで速報を見ながら、胸騒ぎ。マリノスと東京の試合だけが、いつまでたっても試合終了にならない。とっくに9時過ぎてるのに、ずっと試合中。一体何が?と思ったらルーカスの事故だった。
普段はあまり気づかないけど、サッカーってのは、紙一重で大事故になりそうな要素を含んでいるのだと思い知らされた。あの場にいたらどんな思いがしただろう。ピッチに入ってくる救急車の映像はやっぱり衝撃だった。あと、ルーカスの事故の直前には石川も怪我をしてしまっている。二人とも今シーズン中に復帰出来るかどうか、というところだろう。一日も早い回復を祈るのみ。
明日で終わってしまうので、吉祥寺バウスシアターでエミール・クストリッツァの「ライフ・イズ・ミラクル」を見る。
とにかく動物がそこらじゅうをウロウロしていて、そして音楽もあらゆるところで鳴っている。ボスニアの大地は美しく広大だが、主人公の住む家はまるで舞台のように人生のゴタゴタがひっきりなしに訪れる。 映画館で2時間半が過ぎた後、頭の中にはボヘーっとしたブラスバンドの音色と、心地よい疲労感が残る。人生にたぶん奇跡は起こらない。ただし人生そのものが奇跡であるという可能性は残されているのだよ、線路の上で動かないロバが語りかけてきたような気がする。すばらしい。
早めに帰宅して書き物をやってたらこんな時間になった。
晩飯に食ったラーメンが胃にもたれてる。
暑いんだがやっぱり秋が近くなっている気がする。いつもはこの季節は喘息のセール期間になるのだが、今年は非常に調子がよろしくて、全く最近は発作がない。素晴らしい。
最近なんとなくPodcastは面白そうだな、いっちょやってみるかと思ったりするのだが、明らかに俺はしゃべるのには向いてない。ラーメン屋で「ごちそうさま」ってぼそっと言っても聞き取ってもらえないくらい、不明瞭な声だからだ。
昔、日本語のテキストは厳密には「言文一致体」でないから、「しゃべる」ということはブログの形としてアリだよって記事を読んだ覚えがある。でもねえ・・・
(2005/10/01)
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早くも来年の手帳なんぞを買ってしまった。ここ数年は無印良品のウィークリータイプのノートを使っていて、大きくて書き易いのはいいんだけど、表紙がちょっと安っぽくて1年持たずにボロボロに成り過ぎるのが難点だったので、もう少し頑丈でかつガンガン気にせず書けて、あといわゆる「定番」であるものが欲しかった。そんな時に[1年の重みを感じる手帳]って記事を見て、衝動買い。1日1ページというのは自分のToDoとかメモとかを書くには非常にいいのだけど、複数の人間の予定を管理したりするのにはウィークリータイプの方がいい気がする。ただなんとなくモノとして存在感というかヘミングウェイも使ってた手帳なんだぜ、インディ・ジョーンズでショーン・コネリーが使ってたんだぜっつうヘンなミーハー根性もあったりして、来年はお世話になりそうだ。(というか今年も既にモールスキンのRuled Notebookを使いはじめてるんだけど)
こういう欲求はブログとかWEB日記の類いとはまた違った、「記録する」ことへの偏執的な思いの現れだろう。まるで本のように、手帳をずらっと並べてみたかったりする。あるノートにはずらっと仕事のことが書かれ、あるノートには歌本のように歌詞とコードがメモされ、あるノートには切り抜きが貼られたり様々なアイデアの断片が記され・・・といった具合に。
そんなことをやろうがやるまいが、予定されようがされまいが、記録されようがされまいが、日々は過ぎゆくのだし人は何かを残したり残さなかったりする。そしてそのことの方が手帳なんかよりもずっと大切なことなんだけど、何かに歯向うように皆何かを書き残そうとしているのかもしれない。
タイトルはアイスランド語で「ありがとう」という意味だそうだ。
まず水墨画のようなジャケットがいい。音も、やっぱりいい。ノイズキャンセリング機能のあるヘッドフォンを持っていたらそれで聴きたい。集中して作られた音が、聴いている側を集中させる。天使のようなファルセットから、ノイズへ。ただこのアルバムからはメジャー契約したらしい。大丈夫か?と思ったり。
でもなんとなく「ロック」村から少し離れたようなところがあるから(それはアイスランドという国のせいかもしれない)、ホントに結構売れるかもしれない。それにモグワイなどと違って、「声」という強烈な武器があるし。
少しポップになった極北の交響曲。寝る前に聴くには最高の音楽。
日曜日。深夜に帰ってきたはずなのにやっぱり早起き。8時頃に選挙に行く。さすがに朝早いので爺と婆がいっぱい。選挙権ってヨボヨボだろうが、生まれてから1回もまともな本を読んだことのない人だろうが、普通の人の3倍くらい頭のいい人だろうが、みんな同じ1票なんだよね。「そんなのおかしい、俺には100票分くらいよこせ!」って人は政治家になるんだろうな・・・
中野でラーメンを食う。昨日murataさんに教えてもらったバクエンって店。おいしかった。いつもながら青葉には大量の人が並んでる。ずっと中野近辺に住んでるけど、未だに並ぶ気になれない。並ばなくてもおいしい店はいっぱいあるのに。
新宿に行ってCDを買ったり。猛烈な雨が降った。
夜、下北沢はmona recordでPunkchillのライブ。演奏だけでなく、トークまでこなれてくるとは恐るべし。女子の下ネタ最強。あれ、Podcastにして配信したいくらいだ。アルバムもええ感じになりそうやね。
家に帰り着くと、選挙特番をやっている。明日も早起きしないといけない。寝よう。
土曜日。前日の酒も残りつつ、夕方、爽やかな夏の終わりの国立競技場へ。近いっていいね。
ビールを2杯。ゴールは一つ。走り続けた戸田に拍手。なにはともあれ勝ったという試合。ありがたや。
試合後、赤坂。滅多にない勝利の後の酒だったというのに、サッカーの話しはほとんどせず、ひたすらガンダムの話しをしていたような気がする。俺はサッカーとガンダム以外の話しが出来る人間になりたいと切実に思う。タクシーで帰宅したのは何時だったか。
出た。iPod nano。
ああ、買うなこりゃ、と思ってアップルストアに行って、ぽちっと押しそうになった瞬間、ふと考えた。iPod mini買ったのっていつだろう。ブログって便利だな。検索したらすぐ出てきた。
2004年7月24日だ。うーん1年ちょっとで次を買うかね?もう3台目だぜiPod。という訳で、今日は保留。保留と言ったら保留だ。今日は断固として買わない。
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妖怪大戦争を見た。(今週で終わっちゃう劇場も多数なのでお早めに)
素晴らしい。
鳥刺し女アギの舌や川姫の太ももでやられ、清志郎や板尾さんに笑い、妖怪が全国から集まってきて祭りだあ!!のシーンで泣いた。
(エキストラでなんとPunkchillの3人も出演してます!)
僕は三池崇史映画の、かなりコアな方のファンだと思うし、見た作品も数十本になる。そんなディープ三池ファンからしても、大満足の作品だったのが喜ばしい。今までのメジャー系狙いの作品はやっぱりどこか違和感があったのだけど、これなら大丈夫でしょう。三池映画と縁のない人(これまでもこれからも)が見ても、ちゃんと楽しめると思う。そしても勿論、コアなファンからしても髄所に映画としての楽しみが詰まっている作品だった。
以下はネタバレとどうでもいい感想です。
三池映画の、陳腐を承知で言えば「クール」な感覚。暴力もエロスも三池映画の重要な柱だけど、それよりも「クール」だ。
それは「極道黒社会」の雨の情景であり、「フルメタル極道」のアホ過ぎる世界観であり、「DEAD OR ALIVE 犯罪者」の突き抜けた苛立ちとパワーである。スクリーンに映る対象は、いつもどこか僕らと距離があり、決して感情移入を許されない。ただ、そんな映画が唯一スキを見せる瞬間がある。それは少年期へのセンチメンタルな思いが現れる「DEAD OR ALIVE 2 逃亡者」とか「岸和田少年愚連隊 血煙純情編」のなかにある。
天才子役たる神木隆之介が演じる「タダシ」は、そういったクールさと、少年期への憧憬が入り交じった存在として見事に機能している。妖怪/魔人加藤/大人が演じるドタバタにツッコミを入れつつ、「スネコスリ」との出会いと別れへと向かう様は極道映画のようでもあり、青春映画のようであるのだ。(スネコスリとの対決は、舎弟を殺さざるを得ない極道の悲しさそのものだと思った)
そして何より素晴らしいのは、子供を絶対にバカにせず、手抜きなしで挑んでいるところだろう。僕がウケてるのと同じくらい、隣で子供が反応してるのが楽しかった。冒険映画としてだけでなく、ろくろっ首の三輪明日美にペロペロなめられたり、鳥刺し女アギがムチでビシッとやるところとか、川姫のぬらぬらとした太ももの輝きとか、トラウマになって欲しいと願っているかのようなこれ見よがしのイヤラシいシーンが満載だった。「妖怪」的な怪しさと、見知らぬ世界としてのエロスはとても近い感情なのだと気づかされた。(神木くんの着替えのシーンはやりすぎだあ、と爆笑したけど)
という訳でいささか誉め過ぎた感もあるが、結局のところ頭に残るのは「あっあー、あーずきズキズキ」と清志郎が歌う小豆の歌だったりする。「あずきって読めねーよ。こまめだろ。/あずきの基本はラブ&ピース」というアホ過ぎる作詞は当然三池崇史監督だろう(予想)。
ケーブルテレビのインターネット接続がものすごく不安定だ。そうすると、こちらの精神状態も少し不安定になったりする。なんて依存症。ルータの点滅が目にしみる。

土曜日。朝起きて、なんとなくその気になって、急遽柏まで行ってみよう!と思ったのである。阿部ちゃんも帰ってきたし。ローソンに行くと、アウェイ側のメインの指定が買えた。
柏の葉へは、開通したばかりのつくばエクスプレスで。なんとなく歩きたい気分だったので、行きも帰りも徒歩。随分時間がかかったが、そのことよりも駅からスタジアムまで本当に1件も店がなかったのが衝撃的だった。なんとなく子供の頃を思い出す、夏の夕暮れの散歩。
試合の方は・・・・まあ、切ないったらなかったね。。この短い歴史のなかで、僕らは何を手に入れ、代わりに何を失ったのか。
夜、スーパーサッカーで、カズの特集をやっていた。号泣。
さあ帰ろうってあたりで緊急事態がおきて、がっつり仕事。刑事とか消防士ってこんな感じかしら?でも正義の為なら頑張れるよね。
家に帰ったらタモリ倶楽部。動物のセックス特集。セアカゴケグモは、雄が雌の100分の1くらいの体重しかなくて、しかも交尾しながら雌が雄を食べるらしい。食べられながら文字通り昇天するわけである。で「後家グモ」と呼ばれるらしい。
すげ。
帰宅したら選挙の入場券が届いていた。
[ブランド競争過熱 来春開校、同立校に 京の私立小も“対抗”]
ふと見つけたニュース。同志社の小学生はなんと一澤帆布のオリジナルリュックを背負って御登校されるらしい。そしてGPSが常に居場所を知らせる。立命の方は駅の自動改札通ったら親に電子メール送信。。すごいねまったく。東京の私立小もとっくにこんなことになってるのだろうか?少子化時代を見据えたブランド強化?ブランドの意味わかってる?アホらしいけど現実なのよね。
例え中世だろうが、封建時代だろうが、近代以降の資本主義社会だろうが、どんな旗のもとでも国家という装置が程度の差こそあれ果たしてきた「富の再配分」というお仕事(放っておくとお金は集中していっちゃうから)を、「小さな政府」というお題目のもとで、ガンガン削って効率的に行きましょう!と。そうしないと国家自体が破綻しちゃうからね、それは大変でしょ、と。そんな流れなのかな、今って。そのうち警察も民営化されて、TOYOTA系列の警察はパトカーがすげえとか、ライブドア系列の警察は他の警察を吸収して大きくなって・・とかあるのかもね。郵政のことはよく分からないけど、最終的にはどこで落ち着くかが問題なんだろう。「効率化」のカミサマのもとで、全部をマーケットに任せます。国がやると無駄が多いからねってやりまくると、そもそも「国」なんて要らない訳だし、じゃあ揺りかごから墓場までお任せ下さいなんてことも絵空事。みんな答えが分からないから、つまらんキーワードでしか選挙戦を語れなくなるんだろう。
SF的にこの問題を解決させるなら・・・いくらでも思いつくんだけどな。それはまた別のエントリーで。











