ゲーム
いつもより早く仕事にいって、いつもより早く家に帰ってきたら、テレビで「世界の中心で、愛をさけぶ」を放送していた。長澤まさみがかわいい。それ以外は・・・ひどい。いかにクソみたいにつまらないかを書こうという気も起きない。そんなことを頑張るのはとても無意味だ。とぼんやりした映像を見ながら思った。
例えば長渕剛が日の丸をバックにこっちを見てる、なんともおぞましいジャケットの歌なんかがある。多分聴くこともないだろうが、逆説的に面白がったりすることや吐き捨てるような言葉を費やすことも同様に無意味だ。
とかいいつつ書いてる訳だが。。
自分が何を面白がるのか/何を嫌悪するのか?
そういったことをつれづれに書きなぐったりするのがこういう場だし、それはそれで十分に何らかの表明になりうる。ただ、そのパターンをいくら精密に綴ったところで、やはりある程度の分量や作法をもって書かないことには人には届かないだろう。で結局のところ、そういった努力をしないのなら書かないでいる方がマシだ、ということになる。
あと、もはや俺には無理かもしれないが、一切の雑念や今までの自分が積み上げてきた好悪の基準をすべてチャラにして、こういう映画を見てみたらどうなんだろう?と思う。ナノテクノロジーで脳を改造したりして。案外するっと号泣するんじゃないかな?
つまりそういった単なる価値基準の問題が、「趣味の良さ」とやらにまつわる優越感やらなんやらに関わってしまっているのはやっぱり下らない。これは自分も十分にその鎖に捕われていることを自覚しつつの話だけど。
優越感/劣等感・・・そういったゲームに払うコストは出来る限り最小限にしたいとは思うものの、人間はそれほど簡単には改造出来ないのである。困ったもんです。
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>ナノテクノロジーで脳を改造したり
イーガンの新作「ディアスポラ」が、かなり面白いです。まだ途中なのですが。おすすめです。
って、もう読んでるかな。
「万物理論」を放り出したワタシですが、これは大丈夫そう。わかんないとこはばんばん飛ばし読みしても可、という大森望の解説に背中を押され読み始めました。
もちろん読んでます。今は第6部。
「わかんないとこは飛ばせ」という解説はホント良いですよね。勇気づけられます。