2006年4月アーカイブ

六本木でV FOR VENDETTA

ナタリー・ポートマンが拷問されて剃髪、主人公は仮面の男、テーマは革命、原作はコミックとあればなんとなく見たいじゃないですか。↓こうゆうバカバカしい写真(札幌大通り公園)もそそられる。
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以下感想。

勝ちました。中盤に君臨する梶山のプレーを見ながら、まるでリックドム12機をたった3分で倒していくガンダムのようだとつぶやいたら、隣席から「相手は11人しかいないから。」と突っ込まれました。そうか、そうでした。でもそれぐらい強そうに見えたということですよ。

最近作った料理メモ。

ヤムウンセン&グリーンカレー:合格
ブリの酒塩煮:激ウマ
鶏レバーのオイスターソース炒め:合格
モツ煮込み:ちょい失敗

料理をしていて思うのは、これは漫然と毎日やってればうまくなるってもんじゃないな、ということ。ちゃんと課題を洗い出し、自分は何が出来て何が出来ないのかを考え、失敗から学ぶことを続けなければ、料理の腕の上達はあり得ないのである。ついにSafariのブックマークに「料理」のフォルダを作った。実に多くのレシピのページがあって楽しい。

なんとなく自分があらぬ方向へと進んでいる気もするが、これもまた人の運命なのかもしれない。

水曜日。ナビスコカップは欠席。飲みにって激しく飲み過ぎて帰宅。いつもそうだが、帰宅するまではなんとか気を張っているのだが、その後記憶が朧げになる。

そのまま泥酔状態で寝て、朝起きたらいつもより30分以上遅く、それでも仕事には間に合ったのだが、もう二日酔いがひどくて仕事にならない。まさにつかいものにならないというのはこうゆう有様を言うのだろうなと思った。午後になって徐々に回復。ウコンの力、チョコラBB、ソルマック。

明日仕事して、GWはカレンダー通り。ちょっと長野方面に出かける予定。

At War With the Mystics

髭面の夢遊病的音楽。なんというか、相変わらず可愛らしい音というか"The Soft Bulletin"の頃の音から比べるとどんどんチープで遊びっぽい音が増えている感じで、キャリアを重ねる毎にこうやって若返っていく感覚というはうらやましいなあ・・と聴いていて思った。iPodで聴くよりも、ちゃんとしたスピーカーでビヨヨンとうなる電子音やベースの弦の震えを聴くと気持ちいい。そして美しいメロディとひっくり返ってしまっているヨレヨレの歌声。ライブで聴いてみたい。

アシュラ

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「アシュラ」読了。

ここで描かれるのは極限状態の人間の「人間性」についてではない、と思った。「生まれてくること」を呪うアシュラへの回答はどこにもない。そんな回答など、腹一杯食ってる人にだって分かりはしないのだ。確かに人肉食というショッキングな要素はあるものの、その原因として暗示されるのは当時の階級制度であったり政治だったりするので、やはりこれは「革命」または階級闘争の物語として読めるのではないか?という気がしている。

なぜ子供たちは、不気味で異形のものでしかないアシュラに魅力を感じるのか?それは最下層にいる彼らにとって、秩序の破壊者たるアシュラがヒーローとして何かやらかすことを期待しているからである。若狭の逡巡(愛する貧乏人を選ぶか、愛していない金持ちをとるか)は、まさにシステムへの順応を選ばざるを得ないものの苦悩であり、その順応のプロセスに最初から脱落しているアシュラは、本人の意志に関係なくそういった者たちを魅了する。

ただ、この漫画が書かれた当時の階級闘争的要素が完全にはぎ取られた現代においても、やはりこの物語は別の闘争(もしくは完全なる敗北の物語)を呼びかけているような気がする。「人間らしくあること」を規定するのはその社会全般でしかなく、その中でのたうち回る苦悩には終わりがない。地獄そのものである都へ向かうことでこの物語は終わりを迎えるかのように見えるが、これが始まりだということに誰もが気付いている。

アシュラ (上)

アシュラ (下)

仕事でバタバタしたりイライラしたらカッカしたりしながらも、機動戦士3Dガンダムを見て癒される日々。泣ける。なんでガンタンク半笑いやねん。

なぜ泣くのです/風が痛いから/なぜ悔しがる/懺悔もないのに/しかたないだろ/大人になるんなら/耐えるしかない/今日はひとり/慰めあってなんになる/居はしないのさ/そんなひと/今日はひとり/風が吹く/そして明日はきっと

・・・すごい歌だ。急に音源が欲しくなってiTMSを探したけどなかった。

そんな毎日ですが今日はフットサルにいっていい汗をかきました。ドムのように踏み台にはされなかったけど、なんどもガンダムに倒されたようなプレーの連発。でもしかたないのだ。

テアトルタイムズスクエアでジョニー・デップ主演リバティーンを見た。

王政復古の時代のイギリス。「遊蕩児」との題名通りのセックスと酒と演劇に明け暮れるロチェスター伯爵ジョン・ウィルモットの人生を描く。王様役はジョン・マルコヴィッチ。伯爵に見いだされ才能を開花させる舞台女優にサマンサ・モートン。

Web2.0流行の昨今、流行に敏感なダイエッターとしてはやはりどこかでこのヴァージョンに進まなければならないと思ってたのが”ダイエット2.0”である。

それはつまり食事の改善を中心としたダイエット1.0から発展して、もっと積極的に「生活」そのものを変革して行こうという強い意志の現れとしての"2.0"なのである。書いてて自分でもなんのことやら分からなくなってしまったが要は「飯は自分で作る」という気概としてのキーワードである。更に簡単に言うと、料理を作るのは面白いですね・・・ということだ。

最近買った本。
「ル・クルーゼ」で、おいしい和食—お鍋で毎日のごはんをつくろう

ただ、1.0から2.0への移行期とも言える”ダイエット1.5”な現在は、自分で作った料理をついつい食べ過ぎてしまう、という不測の事態に遭遇してしまっている状況である。この苦しい時期を過ぎればきっと、素晴らしく健康的な日々が待っているのではないだろうか?

僕が座っていた席は後ろの席にレプリカとか着てる訳じゃないけど千葉のファンが2人いて、これがすげー解説君で、しかも東京のことも一応知ってるんだよ的な語り口で、曰く「今年の東京は速く攻めることが出来なくなった」「原さんの時はリスタートも速くしてた」「共通理解が足りない」「羽生とか巻はよく走ってエラい」とまあ語る語る・・・なんか聞いてて「人間は間違ったことを言われるとムカつくが、正論を延々と言われてもムカつく」ということがよく分かりましたよ。おかげ後半はすっかり気持ちよく東京を応援することが出来た。3人同時交替して、ゴリゴリ行くだけ行って、全然美しくはないけども無理矢理2点とって、最後もグダグダになりつつも同点を狙って・・・このモヤモヤした感じがサッカーを見ているということなんだと試合が終わった後に思い知った。

up and down,up and down slow fast slow fast・・・・とフィッシュマンズの"ナイトクルージング"が聴こえてくるような気がした。1週間前にああ気分がいいと思っていたら次の週はこの惨状だもの。

試合後新宿立ち飲み&座り飲み。先週程飲まずに済んだので良かった。

小沢健二のうさぎ!を読んだ。新しいCDはまだ買う気にならないが、この文章を読むとなんとなく懐かしいような新しいような気分になる。

「他の人を助けたり、他の人と仲良くすると、気持ちが良くなる」ということを、僕らはいつまでも考えるのだろうということを、久しぶりに思い出した。いつも忘れているわけじゃないんだけど。

今日は、本当にヘビーな状況にいる人と酒を飲み、そんな状況を何一つ変えてあげられるわけでもないのだけれど、ただ人はそうやって集まったりするんだということを噛み締めながら家に帰った。雨は大したことがなくて、駅から傘もささずに歩いた。iPodで小沢健二の曲が流れ、少しほっとするような気分になりながら。

日曜日に見た映画。渋谷シネアミューズで「ククーシュカ ラップランドの妖精」

フィンランドの兵隊、ロシアの兵隊、そしてサーミ人のアンニ。言葉の通じない3人の暮らし。派手に笑いを誘うでもなく、声高にコミュニケーションについて語るでもなく、ラップランドの風景と奇妙にマッチする大人向け寓話の世界が繰り広げられる。井筒監督効果か場内は満員。

デス博士の島その他の物語

ジーン・ウルフの「デス博士の島その他の物語」読了。

素晴らしい。イランの御曹司が未来の崩壊したアメリカを旅する「アメリカの七夜」はまさに傑作。「私」が書いている日記は、一部を削除され、ある夜は妄想であり、ある部分は真実であるらしい。だけど読者たる我々にはわずかな手がかりしか残されておらず、不安なままにアメリカをさまよう。

それは超絶技巧の美しさ。「文章」が我々に魔法をかける様を見せつけられる。ディケンズ、H・G・ウェルズ、幾多の作家の魔法がウルフの言葉によって更なる幻惑となって我々に襲いかかる。これほど記述者と読者の関係性を魅力的に書いた本を僕は知らない。なぜこのテキストの作者をあなたは信用することが出来るか?どこまでが本当か、なぜそれが本当か、どうやってあなたは知るのか?そして難解に思える言葉の連なりがいつしか不安定ながらも心地よい現実として認識出来たとき、我々は完全に小説の中の幻に取り込まれる。これはおそらくは読み返すほどに、新たな発見がある本なのだろう。

朝から洗濯したりルンバの働きっぷりを眺めるなどして、明るい陽射しの中を出かけたら、山手線の途中でいきなり雨が降って来た。飛田給に着く頃には回復。東すかを配布。

試合については、まあなんと良い日であることかという感じだ。3点目はびっくりした。(いや、1点目も2点目もびっくりしたが)野洲高校かと思った。

試合後に東すかのメンツで、サイケデリックな色使いのメニューが踊る居酒屋で、豚キムチいためや馬刺の華麗なパス回しに翻弄されつつ、ビールや焼酎の決定力の凄さにしてやられる。最後はタクシーで、しかもかなりの千鳥足で、おまけに記憶があまりない。ガンダムの話なんて一個も覚えていない。翌朝、いつものことであるが猛烈に凹む。中二日で試合をした磐田もフィジカルが大変だったろうが、30代を転げ落ちていくのも大変なのである。

以前のエントリでも欲しいと書いたiRobot社のルンバ・ディスカバリー 5215を購入した。我が家にやってきてから2週間ほどたつが、素晴らしい働きっぷりです。

i Robot 全自動掃除機 ルンバ・ディスカバリー 5215

俺よりも奥さんが面倒をよくみている訳だが、部屋中をかけづりまわって熱心に掃除する日もあれば、あっという間に掃除を終えてホームベースに戻って充電を始めたりするという気まぐれな一面を持っているらしい。あと、帰宅するとイスの足に乗り上げたまま身動きがとれなくなってしまって、そのままホームに戻れず息絶えている姿を見かけたりする。ただ基本的にはクソ真面目なヤツなので、いつも床は埃が全くない状態である。これは俺の過去の部屋を知っている人からすればどれほど奇跡的なことか分かってもらえるだろう。。。

ぐるぐると部屋をまわりながら掃除する様子は、なんともありがたいというか、もっと他のこともやってもらえないだろうかと思うほどである。洗濯とか皿洗いとか。あと仕事に行くとかブログを書くとかもロボットがやってくれたら・・・俺は何をしようかしら。

今度の土曜日の磐田戦はフリーペーパー東すかの配布でございます。テーマは「ポゼッションサッカー」。

ウェブサイトの更新の気まぐれさにかけては我がこぐまレコードと相似形をなす東すかですが、けんとの書いた遥かなる現実。偉大なる過去。それぞれの未来との決別。はトラックバックが沢山ですね。あと、恋のマンツーマンレッスンという記事なんかは非常にわかりやすくて感心してしまう。

マンツーマンディフェンス=守備的
マンツーマンディフェンス=リアクション
マンツーマンディフェンス=ポゼッションサッカーとは矛盾

という考え方が当然のことのように語られていましたが、けしてそうじゃないと思いますよ。

という観点がこの記事のトリガーになっている訳ですが、例えば僕だったらそういった「明らかな理解不足」に対してなんらかの策を講じようとは思わないでしょう。おそらくそういった単純な観点でサッカーを評する人、もしくはサッカーを言葉で語ることに対してあまりに安易な人には、はじめから大きな断絶を感じてしまうからです。ただし、そんな断絶を感じようが感じまいが、何のアクションも起こさなけれ断絶は決して埋まらないわけですから、こうやってわかりやすくその観点を説明することはとても建設的だなあ・・・と思うのです。仲間うちだからと言って誉めているわけではありません。

あと、一連の議論?らしきことを読んでいて思うこと。大切なことはくだらない党派性に組みするのではなく、理解出来ていないことを、理解出来るよう工夫して相手に伝えることを継続することなんだよね・・・というひどく当たり前のこと。「ああこいつとは話合わねえなあ」って終わりにしてしまえば簡単だけどね。そればっかりやっていたらあらゆる世界は集団の離合集散の繰り返しで無限ループですよ。そいつはあまりにもくだらない。だったらちゃんと話をしようよ、というのは見習うべきスタンスだと思った次第。


あとこれだけは言っておきたいが、妻帯者だからと言って差別するのはひどいぞ。。。と一応書いておこう。

屋上桜

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金曜日。仕事帰りに東急ハンズによって買い物して、家に帰ってきたらちょっと風邪気味で、さっさと寝ました。

土曜日。朝から家具のリサイクルやってるシルバー人材センターのおじいさんたちに不要になったソファと棚を引き取ってもらう。その後、日産スタジアムへ。内容は・・・でしたが、増嶋のロスタイムゴール。詐欺的と言っても過言ではない引分けゲーム。まあたまにはこんなことがあってもいいよね。相手は憤懣やるかたないと思うが。その後は赤坂にてスペイン料理を御馳走になる。文字通りの御馳走と、これから御馳走を作れそうな素晴らしい鍋を頂く。ひねくれたコメントも言えないくらい普通にありがたい。

日曜日。またハンズに言ったり、無印良品に行ったり、ヨドバシカメラに行ったり。もう一ヶ月くらいすれば部屋はなんとかまとまるんではないかと思います。

土曜の夜に、酔っぱらって家のビルの屋上(と言っても3階)にあがり、近所の夜桜と東京の街を見下ろしてみると、これが随分と心地よくて驚いた。なんやかんやと人生は込み入っているが、なんとかやっていけるんじゃないだろうかと、そんな時くらいは思うのだ。(その後更に酔っぱらい、気づけばソファの上で着替えもせずに寝ていた。)