V FOR VENDETTA

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六本木でV FOR VENDETTA

ナタリー・ポートマンが拷問されて剃髪、主人公は仮面の男、テーマは革命、原作はコミックとあればなんとなく見たいじゃないですか。↓こうゆうバカバカしい写真(札幌大通り公園)もそそられる。
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以下感想。

裁判所や議事堂を爆破するテロリスト、ウィルス兵器、マイノリティの徹底した排除、国家による統制といった題材は、2006年という時代において直接的にも間接的にも多くのことを象徴し過ぎているが、そこはコミック原作ならではの(いい意味で)適当な料理で、必要以上に重くならない。(苦言を呈するなら、もうちょっと短く編集出来るだろうにというあたりか。)余りにも漫画的に単純化された図式は、別の複雑な構造を描く為に利用されているのだと言ったら誉め過ぎか。

「あなたを、自由にしてくれる」というTVスポットでのコピーはある意味で正しいし、ある意味で間違っている。つまり「民衆」なるものは(「あなた」も「わたし」も)、誰かに服従したり導かれたりすることを無意識のうちに求めており、圧政に対抗するアナーキストまたは革命家としての”V”に依存するということは、独裁国家に依存するのと同じくらいに愚かな行為であるということだ。

復讐の連鎖として”V”を断ち切るラストはまるで革命の模範解答のようである。つまり民衆の蜂起は匿名的に(つまりは仮面をかぶって)行われ、爆破の行為者はアジテーターでなく、その意志を継ぐもの(イディー)であり、更にその行為の美しさを見た民衆はやっとのことで仮面をとるのである。なんともやりきれないことであるが、人間を規制するのが国家であり、その呪縛から解放されるべきだ・・・という単純な図式はここで崩壊している。"V"が最初にテレビから呼びかけたのと同じことだ。「こんな世の中にしたのは誰だ?・・・・知りたければ鏡を見ればいい」

このブログ→[内田樹の研究室:ナショナリズムと集団性]を読んだばかりだから、そんなことばかり感じたのかもしれない。

まあナタリー・ポートマンがアリと思うなら小難しいこと考えなくてもアリってことである。あと、最後に流れるストーンズの"Street Fighting Man"がすばらしくカッコいい。

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このページは、biwacovicが2006年4月30日 09:16に書いたブログ記事です。

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