バッシング
日曜日に渋谷で見た映画。バッシング。イラクでの日本人人質事件を題材に、「自己責任」の名のもとの「バッシング」を描く。
カンヌでの上映、そして公式サイトにはそうそうたる面々の賛辞が並ぶ。だけど映画を見終わった後、正直に言うと僕はそういった賛辞を捧げる気にはなれなかった。おそらくこの映画への「賛辞」に含まれているものは、あの時期の醜悪な「自己責任」論への反発や羞恥の感覚、そしてこの題材で映画を作った監督への敬意であろう。そういった感覚はある程度は正しいものだと思うが、それと「映画」としての評価は別であるべきで、どうにも僕は「映画」としてのつまらなさの方が大きく感じられたのだ。
もし本当に当時彼や彼女たちを襲った「バッシング」に迫りたかったのなら、ドキュメンタリーでもよいと思うし、敢えてフィクションとして映画を作るのなら、「私は日本に居場所がない」「だからイラクに行く」という主人公の選択が、最終到達点ではなく、出発点として語られるべきだ。意味もなくクローズアップされる主人公、決して映されないバッシングする主体、結局のところ空白にばかりカメラが向けられているような気がして、とても物足りなかった。その空白こそが問題なのだ・・と言われたらそれまでなんだけど。
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