ユナイテッド93
土曜日に見た映画。ユナイテッド93。
この映画のことを知った時に、911をもう映画にしてしまうなんて・・・という禁忌の感覚が浮かんだ。それの裏返しにあるものが、「適切な時間がたてば映画にしてもよい」という、我々の実に都合のよい忘却への依存体質であるのなら、この映画化を「早すぎる」と批判するのは浅はかだろう。
むしろ遺族が最後の電話の内容を覚えているうちに、当時の管制官が自らの役を演じることが可能なうちに、(この映画の価値はそういったリアリズムにおかれているようなので)撮影され、公開されるべきものだったのだろう。少なくともこの映画を作った人たちとっては。
出演者は無名の俳優ばかりで、当日とほぼ同じ時間経過で映画の時間も流れ、脚色はきわめて少ないように感じられる。(ただし機内の様子の多くは想像でしかない)ただ、僕はそういった「リアリティ」で得られるものにあまり意味を感じなかったので、そういったことに字数を使うことはしない。それよりも興味深いのは、これを僕らが「評価する」ことの作法についてである。お金(前売り1300円)を支払った対価として、僕はこの映画が何を与えてくれたかを評価すべきなのだろうか?よくわからない。
この映画について「感動した」などと言うのなら、猛烈な違和感を感じるだろう。でもそれを禁止するというのなら、多くの「感動」は実に多くの禁忌の意識そのものと、それの都合のいい麻痺あるいは改変でしかないのである。映画に限らず、我々は常に「他者の運命」を消費する常習癖から足を洗えずにいる。
特におすすめもしなければ、止めもしません。見たければ、見ればいい。という映画です。
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なんだよ。カンチェルスキスとかピーター・シュマイケルぢゃないのね。とわざと遅くコメントを書く。BS1放送が懐かしい。
えーとそんな勘違いで映画を見にきた人も一人くらいいたかもしれません。93年ってベッカムがデビューしたくらい?だよね。