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日曜日に見た映画。キム・ギドクの「弓」

相変わらず猛烈に素晴らしいキム・ギドクの世界。どの映画も美しいし、ぶっこわれているし、この映画においても、世界が正確に/あるいは極めて恣意的に歪んだ形で描写される。それは人間が見る理想(もしくは悪夢そのもの)であり、引きつけられずにはいられない。

少女は「サマリア」にも出ていたハン・ヨルム。気絶しそうなほどにかわいらしく、「老人」はその存在に自分の人生を捧げている。海の上に浮かぶ釣り舟は隔絶と、限定的な世界との接触を得る場として、とても機能的な装置になっている。(少女にとっての世界は、彼女を欲望の対象とするエロ親父たちと、庇護者としての老人(=監禁者)にわかりやすく2元化される)。エロ親父でなく、彼女を「普通」の世界に戻そうとする青年との出会いは少女を未知なる外界へと誘うが、同時にそれは限定的で隔絶された世界がいかに心地よく完成された世界であるかをあらわにしてしまう。

監禁。身体の自由を奪うこと。それは魂の自由を無限に保証することと対になっていて、そこからの解放は逆に魂が永遠に老人の支配下におかれることを意味する。すべては補完的な関係にある。庇護の為の暴力としての「弓」は、同時に癒しの楽器としての「弓」でもあり、支配/監禁の正当化である「結婚」という儀式は、逆に解放へのトリガーになってしまう。

笑ってしまうほどに衝撃的なラストシーンは、明確な挑発行為であり、同時に美しい一編の詩である。どうしてあなたは愛する人を監禁しないのか?どうしてあたなは幽霊にならないのか?何かを拒絶すること、何かを受け入れること、どうやってその区別をしているのか?そういったことを全く理解できないまま、人間はただ海の上を漂うしかないのである。

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このページは、biwacovicが2006年9月21日 00:51に書いたブログ記事です。

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