ホステル

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先週見た映画。シアターNで、ホステル

余りにも残酷描写が過激という噂のR18のホラー映画で、見る前からかなりの覚悟をして行ったのだが、これが覚悟をしただけのことはある傑作だった。見る前に、「大丈夫、これは作り事で本当は誰も死んでない。本当の血なんか一滴も出てない!」と強く10回以上念じてから見れば、恐がりのアナタもきっと大丈夫である。たぶん、ね。具合悪くなっても責任はとりません。

アムステルダムを観光中の3人組(アメリカ人×2、アイスランド人×1)が、「スロバキアのとある街へ行けば、美女たちからモテモテ、セックスしまくりだよー」という情報を得て、マジで!?とばかりにその街へ向かう。確かにそこのホステルでは、なんと相部屋の女子2人がもう・・・・(以下自粛)・・・・で、彼らは夢のようなエロエロな一夜を過ごすのだが・・・という物語。ホラー映画の鉄則では、セックスする奴は絶対殺されるのだが、この映画ではそいういった映画のお約束を微妙に守り/そしてずらしているのが実にウマい。そして彼らを待つ、地獄の運命は果たして・・・

以下は、もう見た人か、絶対に見る予定のない人だけお読みください。

この映画が怖いのは、もちろん血みどろの残酷描写もあるし、こいつが主人公だな・・と思った奴がいきなり殺されちゃったりする演出の裏切りの巧みさも勿論だが、「みんなが正気である」という要素が大きいように思う。通常のホラーは狂気であったり、スーパーナチュラルであったり、とにかく我々が持つ理性の世界から一歩踏み出して、恐怖を描くのだが、「ホステル」の世界は徹底して「正気」なのだ。

人を殺す/残虐行為をしたい人は、いつもは普通の世界で普通の生活を営む人(ただし富裕である)だし、彼らに殺されるのも普通の人(ただし金持ちな国からのバックパッカーで、行方不明になっても怪しまれにくい)である。そんな2者をコーディネイトし、立派な「ビジネス」にするのがこの街の、これまた普通の人々(ただしひどく貧しい)なのである。

つまり「倫理に反した欲望を持っていて、その欲望をコントロール出来ない程狂っている訳ではないが、それを金銭によって充足させられるなら、金なんていくらでも払うぜ」という人たちの存在。同時に、「経済的格差のある国に行けば、エロ願望を充足させられまくりだぜ」な旅人。そんな中で、ひたすら搾取されるしかない弱者たる街の人々が、後者を捕まえて、前者の獲物にする「ビジネス」が街全体で粛々と行っている(警察も当然グル)のが、この映画が、後にひく怖さを持つ理由である。

経済というのは一つの言語であり、「価値」を他者と共有する有効な手段である。その中で、システムとしての「殺人ビジネス」は、今の世界の状況からすれば、成立してもおかしくないんじゃないか?という寒気のするような想像が働くのである。

その意味で、金髪のロシア美女が「私にはお金があるから、あなたをどうとでもできるの」と嘲笑うシーンは実に象徴的だ。常に経済(という言語)の不均衡こそが、支配/服従のゲームを生み、次なる血飛沫を欲しているのかもしれない。

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このページは、biwacovicが2006年11月28日 22:28に書いたブログ記事です。

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