2007年1月アーカイブ

ガルシア=マルケスの「わが悲しき娼婦たちの思い出」を読了。なんといっても出だしが強烈で、
「満九十歳の誕生日に、うら若い処女を狂ったように愛して、自分の誕生祝いにしようと考えた」。
という具合だから、いったいどんなエロスの世界が・・と思いきや、なんとも清く美しい小説だった。このじいさんは「老い」に対してあんまり大仰に構えていないし、処女礼賛とか若さへの渇望もそれほど強烈なものではないようだ。ただ単に彼は少女に引き寄せられる。そして90歳の老人にとって未来と過去の記憶はどうやっても後者に偏るもので、少女への思いの中でも、常に思いは過去をさまよっている。そして少女は、その存在が夢のようで、あくまで主人公の主観としてしか描かれない。
満九十歳まで生きられるかどうかはともかく、こんな老人になれたらいい。
金曜日。紀尾井町でお食事。腹一杯になった。店を出たら雨が降っていた。面白いソフトを貸してもらった。
土曜日。朝から歯のクリーニング。毎回歯科衛生士さんに言われるのだが、まだまだ磨き方が下手らしい。機械でゴシゴシやってもらってスッキリする。新宿に出て買い物。いったん家に帰ってから、また新宿で映画。戻ってきて中華を食った。
そういえば「LEON」という雑誌が待合室に置いてあって、パラパラと読んでみた。これがあの有名なちょいワルがうんぬんという雑誌か。ジローラモ出まくりで全ページの2/3くらいで登場している感じ。「ももピタ」のデニムがカッコいいらしい。女性のことは「ニキータ」と呼ぶらしい。余りに醜悪で奇怪な本であった。いったいどうなりたいんだ?この雑誌を読む人は。。
日曜日。月島の「ほていさん」という店で新年会。うまかった。無言で食う。ひたすら食う。夢に出てきそうな、そういう鮟鱇鍋でした。ああやっぱりここでも紹介されていたのか。。
絶句のド迫力アンコウ鍋を、築地王様から伝授された!
月島という街には初めて行った。高層マンションと、古い街が同居していて、東京にこういうところがあるのかと今更ながらに知ったのです。
土曜日。テアトル新宿でエレクション。
ジョニー・トー監督作品。今までに見た「PTU」、「ブレイキング・ニュース」が抜群に面白かったので、期待に満ちて見に行ったんだけど、お客さんの入りはイマイチで、しかもたったの2週間で上映が終わってしまうみたいで、それはかなり残念である。
映画の方は、期待に違わず良かった。全編に溢れる緊張感。2年に一度、幹部による選挙で会長を決める”和連勝会”なる組織の物語。原題は「黒社会」。本来は1本の作品だが、長くなり過ぎたので分割されたという「エレクション2」があるそうだ。これはまだ日本での公開が未定のようなんだけど、なんとしても劇場公開してもらいたい。
イーガンを読んで面白い面白いと言ってるだけではもの足りないというか、どうも自分が「わかったふり」をしているだけのような気がしたので、数年前に買っただけで未読だったこの本を読んでみた。
結論。面白い。やっぱり基本的なことは学んだ方がいい。だけど「本当に」理解したかというと、それはそれではなはだ自信がないのである。SF的な思考実験は面白いけど、それ以上じっくり腰を据える気にはならないヘタレSF者なのだ。
この本は「1970年初版50刷23万部」という凄い肩書きを持つ名著であり、その比喩が時代を感じさせて面白い。星飛雄馬とか忍者とか。
100円の前借金で身を拘束されている廓の遊女がいるとする。彼女が何らかの理由で150円の金を手に入れることができた・・・となれば当然自由の身になることが可能である。しかもふところには50円の財産がある。これを公式で書けば、
(解放後の財産)=(貰った金額)ー(前借金)
である。光電効果は・・・遊女の解放と同じである。
すごいっす。

先週の金曜日。六本木ヒルズのアートスクリーンでやってたので、未見だったゆれるを見た。
兄弟姉妹というのは、人間関係のプロトタイプみたいなところがあって、いつも人との関係性を考える時に参考してしまう。兄弟姉妹という分類による性格の考察は、血液型よりは当てになると思うし、「真面目な兄と自由な弟」という紋切り型にも大きな違和感はない。ちなみにオレは長男で、男性の友人は長男が多く、女性の友人は次女が多い。あと「田舎に弟を残して、自分が東京に出てきた長男」という自分の属性、これも何かを表してような気がするのである。(酔うとよくこんな話をしているような気がするが)
で、この映画はそんな兄弟姉妹人間論に、決定打を投じるべくかどうかはともかく、細かい人間描写で兄と弟のいくぶんパターン化した関係性を描いた秀作でした。パターン化した関係性でありながらも、それが大きく揺さぶられる(それは二つの決定的な「行為」によって引き起こされる)ので、ありきたりではなく動きのある物語としての迫力を備えた映画になったのではないでしょうか。ビリー・ボブ・ソーントンとブリジット・フォンダが出てて、サム・ライミ監督の「シンプル・プラン」を思い出した。あれも兄弟ものの傑作だった。
(以下どうでもいいことですが続きます)

これはちゃんと新譜。新しいCDだってたまには買うのだ。いきなり一曲目から音がバリバリに割れていて、なんじゃこりゃと思いながら思わずニヤニヤしてしまう。鼻歌のようなヘロヘロのメロディー/ずっこけそうなコーラス/美しい音と奇妙な音があふれ、このバンドの世界に引きづり込まれる。未だにアメリカではレコード契約なしで自主制作ってのも、深いのか深くないのかよくわからないバンドポリシーで面白い。なにより、
このバンドのメンバー、5人中4人がハゲていて、ハゲてない一人は太っている。
というのにグッときました。素晴らしい。

1995年に出たアルバムの再発。大量の未発表曲とかライブが追加されているので、即買い。この前の2枚のアルバムの再発も買っているので、どんだけペイブメント好きやねんオレという感じであるが、聴いてて面白いものは仕方ないのである。たださえとっ散らかってるサードアルバムだが(ジャケットもすごく手抜きっぽいし)、未発表曲とかライブは更に適当なクオリティで、正式にレコードになった曲がいかにキッチリ録音されているかよくわかる。ただペイブメントは適当でも本気でも、いまいち聴いてる側にはそれが分からない不思議な人たちなので、結局このCDもそこそこ聴けてしまうのである。今、pavementでiTunesのライブラリを検索したら243曲13時間もあることがわかってビビった。もしかしたら一番好きなバンドなのかもしれない。
福西がFC東京移籍だそうで、これはかなりの衝撃を周囲にもたらしているようである。我が家でも嫁が猛烈な福西嫌いの為、なだめるのに苦労した。
スティーブ・アルビニのプロデュースでアルバムを作ってたバンドが、いきなりリック・ルービンにしたみたいな感じである。(違う?)わかりにくいかもしれないけど、とにかくそれくらいの衝撃ということだ。「わるいやつら」みたいな感じで突っ走って欲しいものである。

先週目黒シネマで見た映画。トランスアメリカ。家から一番近い映画館なんだけど、初めて入った。
性の横断を軸として、アメリカ/人種/家族それぞれが、横断されていく映画。映画には色んな種類があって、中でも多いのは「困難や障害を克服する」系の物語。この映画も一見その流れにあるように見えるんだけど、どこかで安易な「和解」「克服」「成長」を拒否しているように感じられて、そこが実に良かった。混乱と単純化のせめぎ合いの中で、つかの間の休息はあるかもしれないが、やはり永遠に安住出来る場所を見つけることは難しく、人はそんな当たり前のことを学ぶことにすら時間がかかってしまうのだ。
併映はキンキー・ブーツ。これはこれでサラッと見るには面白い映画。音楽が良かった。
ほんとしょ〜もないが、シンガーとしては嫌いじゃないよロッド。
ロッド・スチュアートと言えば、ボ・ガンボスのどんとはロッドに似てるからそれがなまって「どんと」になったという話を思い出した。うん確かに似ている。あと、youtubeで見つかったこの「ポケットの中」の歌詞は今の時代に聴くとなんだかとっても新鮮だ。
もらえるものは何もかも
ポケットの中にねじこんで
自分一人が味方だぜ
楽しくやらんかい
まるで今を予言しているようにも聴こえるではないか?というか優れた歌はいつもそんな風に聴こえるものなのだろう。

そういえば去年買ったこのCDも良かった。音も、DVDも良かった。当時はいろんな意味でバブルだったんだなあと思うし、そんななかでもこのバンドはやっぱり異様な感じがするなあとか、色々な印象を持つ映像集だった。
全4巻。先週読了。日本SF大賞受賞の漫画。漫画が受賞したのは大友克洋『童夢』以来2作目だそうだ。(AKIRAだと思っていたのだが勘違いだった。)僕はSF読みを公言しているものの、こういった賞関係に触発されて読むということは余りなく、そもそも押井守の「イノセンス」とかが受賞しているのはいかがなものか?という気がしているので、あまりこの賞には注目していなかったのだが、久々に読んだ萩尾望都は結構面白かったのである。
そういえば最近見た「パプリカ」も主人公が夢に侵入する話だったが、あの映画の陳腐過ぎる概念と違って、この作品での「夢」は徹底的に現実に立脚している。しかもカニバリズム、火星、宗教、バイオテクノロジー、親子・・・とグチャグチャに色んな要素が取り込まれているから、夢はあらゆる角度から検証され、現実的解釈を試みられる。こういうのをSFと呼ぶべきであって、1つのガジェットで意識が混濁するだけで「夢と現実が交錯する」とか安易にいうのは慎むべきだろう。簡単に夢が現実を犯すなんて、それこそ夢を見過ぎな発想である。この現実は割と強固だ。

Sparklehorseの去年出たアルバム”Dreamt for Light Years in the Belly of a Mountain”を最近になって買った。とりたてて変化がある訳でもないけど、これをまったりと聴いているだけで落ち着くような感じのする、(いい意味で)なんの特徴もないアルバム。スパークルホースの音としか言いようのない、ぼんやりとした夢のような音と声がひたすらあるだけである。あと、このレビューは実はちゃんと新しいデザインでテキストがイメージを回り込んでいるかを確認するために書いたものでもあるんだけど、改めて書く程のことも別にないなあと思いつつ、いかにして字数を稼ごうか考えているのである。ああそうだ、”Dreamt for Light Years in the Belly of a Mountain”ってタイトルが長いよね。Sparklehorseは他にもVivadixiesubmarinetransmissionplotってタイトルのアルバムがあって、長いタイトルに燃える人なんでしょうね、マーク・リンカスってひとは。
長らく放置していたMovableTypeを3.33にアップグレード。
こんなふうに
自動でblockquote打てるボタンがついてたりして、いまどきな感じ。というか多分他のブログサービスはもうこんな感じなんだろう。手作りでしこしこインストールやらバックアップやらやってるむなしさも感じつつ、まあ老化防止の策ってことでがんばろうと思います。
追記:レイアウトが若干崩れてますが、めんどくさいのでまた明日直そうと思います。youtubeで板尾24を見ていたらおそくなってしまった。
ぜんっぜん今まで触れてなかったけど今季の東京などについて。阿部勇樹にオファーしていたそうだが、どうやら浦和に行くそうで、新戦力としてはワンチョペ、エヴァウドが加入。阿部吉朗、増嶋がレンタル移籍、ジャーン、戸田、宮沢が完全移籍・・・ということで大きく変わるのか、差し引き計算で戦力ダウンか?というあたりでそろそろ体制も固まりそうである。後は噂になっている千葉の坂本とか来たらとてもいいとは思うが・・まあどうなるか分からんしね。
またモヤモヤと1年が過ぎるのだろうか?それともワンチョペ、平山が大ブレークで面白シーズンとなるか?
(以下はガンダム関係の戯れ言の為スルー推奨)
今日はフットサルに行った。6人しか人が集まらなくて、ずっと3対3。最後の方は足が全然動かない。
実は最近、映画ばっかり見てたわけではなく、家では暇さえあれば年末に届いたガンダムのDVD-BOX1を見ていた。一人で見たわけではない。全て嫁と共に見て、随所に適切な解説を加えながら、ガンダムの前半を見つくした。嫁はリュウ・ホセイの死に涙した。シャアが素敵で、ブライトがいい感じで、アムロは嫌いだそうだ。今は早くDVD-BOX2が届かないかと心待ちにしている。
テレビ版ならではの「時間よとまれ」とか「ククルス・ドアンの島」などのサイドストーリーが面白い。作画がひど過ぎる回があったりして、アニメを毎週作る現場は大変だったんだろうな、と当時が偲ばれて面白い。あと、小学生の時からガンタンクがどうやっても役に立ってない気がしていたが、この歳で見てその思いはより強くなった。ガンタンクには乗りたくないなあ。
感想を書き出したら止まらなくなりそうなので、今日はこのあたりでやめておこうと思います。
映画漬け三連休のラストを飾ったのは、フィリップ・ガレルの恋人たちの失われた革命。東京都写真美術館ホール。
例えばその昔、「カラマーゾフの兄弟」や「百年の孤独」を何度も挫折しそうになりながら読破して、いやーおもしろかったよ!とちょっと得意げに思ったりするような、そんな感覚を思いだした182分間。最近はすっかり怠惰な映像の消費者として確立されてしまった自分を戒める意味でもいい機会だったかもしれない。
もしかすると400字くらいで要約出来る話だが、182分間なければならないのだ。それほどまでに強烈な作家性を目の当たりにすると、負けてたまるかという気になって、睡魔と戦った。
戦っただけのことはあったと思う。作る側が本気なら、見る側も同じように本気で見ないといけないのである。
これも日曜日に見た映画。銀座テアトルであるいは裏切りという名の犬。満員でした。
原題は「オルフェーブル河岸36」(=パリ警視庁)で、それがこの邦題「あるいは裏切りという名の犬」ですよ。潔いというか、まったく迷いがない感じがいいです。無条件でかっこいいもん、ここまでくると。ただ、フライヤーは最低でした。ほとんどあらすじが書かれていて、ラストの30分くらいまでのストーリーが分かったまま見てしまいました。マジでこのチラシを作った人たちを罵りたい気分です。皆さんも情報を入れずに見に行くことをおすすめします。
映画も迷いのない感じでした。早速ハリウッドはデ・ニーロとジョージ・クルーニーでリメイクを作るという話になっているらしく、まあ納得のいくキャスティングのような気がします。これもディカプリオとマット・デイモンだったらどうしようかと思いました。
3連休はどこに出かけるでもなく、取り憑かれたように映画ばっかり見ていたのだった。
これも土曜日に見た映画。シネマライズでダーウィンの悪夢。
この映画が描こうとするのは「適者生存」「最適化」のある一面であり、それは当然のごとく非人道的な結果をもたらすこともある、ということである。情緒的にそれを指摘するのではなく、あくまでシステムの概要図として見せる手法はとても明解で、我々は同情することすら許されない。このシステムの中にいることを、ただ単に認識するのみである。はいそうですか、わかりました。という感じ。
悪者はいない。それぞれの役割を果たす、人のいい顔をしたシステムの構成部品たる我々がいるだけで、この地獄は現出しているのである。だから「グローバリゼーション」が即ち悪の根源であるような言い方には猛烈な違和感を感じる。この映画をどう見たらそんな風に思えるんだ?そんな表面的なところに「悪」が潜んでいるのなら、誰も苦労はしないはずだ。むしろ究極的で科学的なグローバリゼーションこそが、この地獄をなくすことに近づけるのではないか?と思うくらいだ。
雨の土曜日。渋谷でリトル・ミス・サンシャイン。
シネクイントはどうして未だに座席の予約どころか、整理券の発行すらもしないのだろう?という疑問はさておき、今年最初に見た映画がこれで良かった、と素直に思える良作。
人間には二つのタイプがいて、それは勿論勝ち組と負け組だ、勝ち組になりたいか!と叫ぶお父さん(実際には相当負けてる)、ニーチェかぶれの無言お兄ちゃん、プルースト研究者で自殺未遂の伯父さん、ヘロイン中毒のエロ爺ちゃん、そして子供のミスコンで優勝することが夢の7歳のオリーブとそんな家族にがんばってチキンとスプライトの夕食を提供するお母さん。わかりやすく壊れかけた登場人物たちが、黄色いバスにのって旅をする物語。
31日。横浜で映画を見た後、宴会@嫁実家。どうだ既婚者らしいだろう。御馳走食い過ぎ&酒の飲み過ぎで、徐々に記憶が寸断されていく。新年と同時に港の船が汽笛を鳴らし、中華街からは爆竹が聞こえ、なんとなくめでたい感じ。その後は気づいたら寝てた。
1日。昼過ぎに新横浜から新幹線に乗って実家へ。家についてしばらくすると、胃腸が気持ち悪く、寒気とダルさで朦朧としてきて、ああ風邪をひいたと観念する。ろくに食わず、酒も少しだけで、23時頃には寝たのではないだろうか。
2日。ちょっと快復。初詣は竹生島。その後、大叔母のところへ挨拶。ちょっとここでは書けないような貴重な資料や写真などを見せてもらう。ああやって当時の新聞の切り抜きや写真、書簡などが残されているというのはやはり研究者という気がする。今だとブログとかでもっと簡単に資料は残せるのだろうが。夜はテレビでぷっすまとかダラダラ見て、やっぱり体調がイマイチなので早寝する。
3日。新幹線で帰京。目黒不動行って、カレーつくって、ガキの使いの録画を見て、もう眠い。
本年もよろしくお願いします。





