2007年2月アーカイブ

国立競技場はガラガラ。11000人。代表バブルもはじけ、チケットが売れてないと聞くと逆に行きたくなるというのも天の邪鬼なもんだ。いやー寒かった。久しぶりに国立でカップラーメン食べました。

FC東京からは、5番(伊野波)、10番(梶山)、9番(平山)というセンターラインのレギュラーに3人を揃えているわけで、これは責任が重くって大変だねえ・・という感じ。平山は開始早々にキーパーを抜いた後に、見事にポストに当てるというオモシロプレーで度肝を抜いてくれましたが、その後にゴールして一安心しました。梶山はなんとも言えない感じで、3トップの前半よりは少し下がってさばいてた後半の方がウマくボールを回せた感じでしたね。得点は水野が偉かったので梶山は決めただけ。あと審判がチマチマと変なファールをとる人で、ああサッカーってこんなふうに苛つくもんだったな・・と久々の生観戦で思い出しました。

という訳で、開幕戦も土曜日に迫ってきました。[FC東京開幕戦に岡林信康登場]だそうですが、団塊の世代へのアピールとしては確かにこの人なのかもね。ウチの父親がよく岡林はスゴいと言ってました。まあゲストなんてなんだっていいのです。ヘタなアイドルとか呼ぶよりよっぽどマシというか、サッカー見るきっかけにさえなればいいのですから。あと、団塊の世代というのは、理屈っぽい割りには適当に現実をサバイブする術にも長けているので、味方につけると何かといいことがあるような気もします。お金もあるみたいだし。

NasのHip Hop Is Dead。一応買ったのでメモ。大絶賛のレビューとかって信用ならないなあと思うことしきり。ものすごくクオリティは高いけど、なんというかビックリするような感じではないので、過度に期待するもんじゃない、ということですね。でもゲストも豪華でかっこいいし、全体に誠実な感じだし、とりあえず文句は全然ないっす。

じゃあとりあえずNasのジャケットを並べてみよう。
1st。かわいい。
Illmatic

2nd。成長。
It Was Written

3rd。すげー。
I Am...

でもって今作で、王様はもう死んでしまって、次なる生を待つということでしょうか。。。
Hip Hop Is Dead

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日曜日。シネセゾン渋谷で黒沢清の叫(さけび)

何を隠そう僕はその昔、葉月里緒菜が随分と好きだったのだが、この「当たり役」にはびっくりである。余りにぴったりな幽霊役で頑張る姿には恐怖も感じるとともに「これから幽霊の役ばっかりオファーが来るんじゃないだろうか?」と余計な心配をしてしまった。

以下、ネタばれあり。

REVERB OVERDUBヴァーミリオン・サンズのREVERB OVERDUB。「ヴァーミリオン・サンズ」とは言わずと知れたJ.G.バラードの小説のタイトルだが、このバンドはイギリスの洒落たニューウェーブバンドではない。「関西アンダーグラウンド・シーンの重鎮達によるハードコア・ダブ・オーケストラ」らしい。(公式サイト

ドロドロのノイズと深いエコーと几帳面なリズムとノイローゼの詩とその他諸々の狂気を孕んだ音が録音されている。すごい。ずっと前からこんなバンドがあったらいいのにと思っていたような気さえするくらいだ。iPodのヘッドフォンではまったく太刀打ち出来ない音圧で、だからと言って家でデカイ音でかけていたら発狂しそうな音楽である。タワレコで買ったら特典(ライブDVD)がついてきた。ライブも強烈。

キミらはアホである
キミらはどうしようもないアホなのである
from "Ignorance Is Innocent"

ヴェルディとのプレシーズンマッチ。テレビ観戦。

東京は金沢、川口、福西と磐田ラインが揃い、ヴェルディにも名波、服部がいて、これは東京ダービーと言う名の同窓会の一種ではないかと思った。磐田で長くサッカーをやっているとやっぱり東京に来たくなるのであろうか?ということは将来は前田遼一もカレンも東京にやってくるのだろうか?

福西のゴールというか、クリアが相手に当たってゴールになったヤツは面白かったが、その瞬間に思いっきりズッコケている徳永がもっと面白かった。吉本新喜劇か。あと、テレビで見るとスタジアムと違って選手の表情がアップになるのが面白い。福西はところどころ怪しいほどの爽やかな笑顔を見せていたし、ワンチョペはプレーも優雅だし、笑顔も品があって、あれで点を取りさえすれば申し分ないのだが、肝心のそこがどうにも不安な感じがする。ユースからの二人(吉本・森村)は良かった。

あとまったくどうでもいい話であるが、前日の夜にBS2で「筋肉少女帯復活LIVE」というのをやっていたので思わず見てしまったのだが、大槻ケンヂと徳永悠平はとても似ている。だからなんだと言うわけではない。

サン・オブ・ア・リヒュージィータワレコの店内でかかっていて、余りにキャッチーな展開に「ベタベタなラップやなあ」と思いつつ買うつもりはなかったのだが、なぜか気付いたら買ってしまっていたCD。一曲目なんて、久石譲メロディーを彷彿とさせる美しいピアノに、強引なラップ(激情タイプ)がのっかり、サビは激甘の歌謡曲的コーラスという添加物だらけの危険なシロモノである。なんじゃこりゃ、と思いつつ、まあたまにはこんなの聴くのもいいかなという気になった。

分解された男アルフレッド・ベスターと言えば「虎よ、虎よ!」。そしてもう1冊、未読だったこの「分解された男」も第1回ヒューゴー賞受賞作として有名である。

読後の感想。確かに吃驚の小説である。猥雑で下品で乱暴でセクシーで子供っぽくて、知性よりも感覚に訴えかけてくるSF。訳語もメチャクチャ。「おたんちん」「女郎屋」「驚き桃の木」・・・時代を感じさせ過ぎである。そして宇宙規模で大きく広げた風呂敷は、意外なほどに小さく畳まれるが、その卑小さもまた良し。しかも容赦なくこの世の現実を切って捨てる。そして「分解」の意味がわかったとき、読者は爽快な気分とともに、いくばくかの希望を感じるようになっている。なんとまあ親切なことか。素晴らしい。

そうですよ。本部長。ごく月並みな、逃避形式です。人生がきびしくなってくると、こんな人生はすべて架空なんだ、大がかりなペテンの一種だと考え、救いを求める・・・よくありがちなことです。

noguchi.jpg(写真は本文と関係ありません。家にポツンと置いてあったのです。)そう言えば日曜日は中華街に繰り出して、春節なるイベントをちょこっと見てきました。爆竹が凄くって、その音に吸い寄せられるように人が密集してるとこに行ったら、あの、よくニュースとかでやってる獅子舞を見ることが出来ました。おお。派手だ。

夜は重慶別館なるお店でご飯。当然のようにビールと紹興酒でやられて、猛烈な満腹感および眠気とともに電車に乗って帰り。中華街というのは、なんとも言えない、主に食欲を中心とした人間の欲望がぐつぐつと煮えているようで、がしがし食ってがしがし出して、そんなふうにやっていかないと負けてしまうなあ・・というような思いにかられる街だと思いました。

土曜日。シネマライズで善き人のためのソナタ

1984年の東ベルリン。シュタージ(国家保安省)のヴィースラー大尉は、劇作家ドライマンとその恋人クリスタの日常を監視することになる。アパートにはいたるところに盗聴器が仕掛けられて、ひたすら盗聴とその報告が淡々と行われるのだが、「そのあと二人はセックスをする」とか、カッチリとしたタイプライターの文字と音で報告書が作られていく様子がなんとも言えない緊張感を生む。しかもヴィースラー大尉は、ほとんどの表情に、生き生きとした感情の表出がなく、わずかな目の動きでしか彼の心情を測ることは出来ない。そしてその目の演技こそが、この映画の核心である。

抑圧的な社会/自由な社会、監視するもの/されるもの、記述するもの/されるもの、モノを書くということ/それを演じること・・・様々な対立概念(または相互に補完し合うもの)が、少しずつ狂っていく様子が描かれている。そしてこの風景は決して過去の東ドイツだけに存在したものではなく、今もなお延々と続く舞台のようなものであると気付いたとき、「善き人」であるということはなんと難しいことかを知って、我々もまた泣くのである。

先日、murataさんが只野仁への熱い想いを綴っていて、ああまったく同感だ。思っていたことを先に全部書かれてしまったと思って悔しい思いをしていたら、今度は更新係が只野仁に激似ということが判明し、これはある意味羨ましいというか、しかしながら褒め言葉ではないよな・・・と思い、そういえば更新係とオレの共通の友人で船橋の高橋克典と言っても過言ではないほどもっと似てる男がいることを思い出した。

まあとりあえず只野は日本のジェームズ・ボンドと言ってもいいと思います。それぐらい完成されてきている作品です。

まあそんなどうでもいいことを考えながら、昨晩もしっかり只野仁を見て、「恩師千崎!」という意味不明の叫びに笑って、その後のタモリ倶楽部も見て、1週間も終わりな訳です。仕事はガタガタだったけど。

そんで土曜日。朝からAmazonで買ったNASが到着。NASつってもこっち
Hip Hop Is Dead
じゃなくて(これも欲しいけど)こっち。↓
BUFFALO LAN接続HDD LinkStation 300GB HD-H300LAN

ちょっと想定外のことがあったりして苦戦中だけど、とりあえずドカンとファイルサーバが出来たので嬉しい。

飲み過ぎは未だに続いていて、今日も政治的に気疲れし、酒飲んで朦朧としつつ。でも早起きしてちゃんと仕事もしているのだ。

そういえば先日、通勤途中(朝の8時過ぎくらい)のマンションの駐車場で、ゴルフの素振りをするオッサンと、縄跳び(しかも二重飛び)を熱心にしているうら若い女子がいて、いったいこの二人は何なのだろう?と一瞬夢を見ているような気分になった。人間は不思議だ。

不思議人間と言えば、スーパー・ギドク・マンダラだって。もうこれは行くしかない!でしょう。未見は「ワイルド・アニマル」、「悪い女」、「リアル・フィクション」の三本。新作含め楽しみ。

暖かい日々。先週はもうFC東京の年間チケットが届き、4万円を強奪され、そのうち気づけば花粉舞い散る春になっているのだろう。アグレッシブに行きたいような、はたまた惚けたようにダラダラしたいのか、よくわからないが何かを企みたいような2月である。

野洲スタイル新年会の時に借りた本。読了。山本監督という人がどういう人なのかがよくわかった。ただのイケメンおじさんじゃなかった。「高校サッカーを変える」も「世界基準の選手を育てる」も、決してマスコミに踊らされて口走ったのではなくて、確固とした信念から生まれた言葉のようだ。

「僕は、叶うと信じていない人は、絶対に夢を叶えられないと思っている。」という言葉もあった。僕はこういう言葉を安易に吐くような人は根本的に信じられないのだが、この本で繰り返される山本監督の言葉からは、なぜか不快感を全く感じない。この人にとってのサッカー、そして高校サッカーの監督という職業は、(あくまでアマチュアスポーツでありながらも)「プロ」として取り組むべき対象なのだ。こういう人は強い。周囲も生徒もついていくだろう。

「野洲スタイル」というのは実によく出来たタイトルだ。まさに彼は人生訓を語っているわけでも、何らかの実践的メソッドを解説しているわけでもなく、単に「スタイル」について書いているのだ。サッカーは、文化というよりも、この人生を過ごしていくための一つのスタイルであり、そこで成功を目指すことは、息をするのと同じくらい自然なことなのだ。オシムもきっとこういう考え方の人のような気がする。

先週は水曜日に泥酔して、木曜日は軽く二杯くらいで、金曜日も結構飲んで(おまけにダーツとかやって)土曜日は焼き肉食ってビール飲んで、日曜日はさすがに飲みに行かずに家で食事をしたのだが、ついつい余っていたワインを飲んでしまって結局ほとんどずっと毎日飲んでいたことになるので、今日はホントにやめときます。

昨日はスープカレーを作ったのだが、これがなかなか美味しく出来た。スープはクミンとカレーパウダーとブイヨンとウスターソースとハーブ入りの塩。あとは手羽元と野菜を適当に。昨日は茄子と人参とエリンギとブロッコリを入れたのだが、何を入れても美味しくなりそうである。唐辛子は、入れたい人はたくさん入れるセルフサービスで。

コンバースのスニーカーが安かったので買ってみたのだが、最近はニューバランスばっかり履いていたので、とても足が疲れるような印象。人間というのはいったん楽をするとなかなか簡単には昔に戻れなくなるのだな。
Again
あと、発売から随分時間がたってしまいましたが、プンクチルのAgainがやっとAmazonでも取扱開始となったようです。なんでこんなに時間がかかったかぶっちゃけて申し上げますと、インディーズであっても、Amazonで取扱う商品はJANコードが必要になった・・という情報を我々が知らなかったということなのです。お恥ずかしい限りですが、そんな事情もあってバタバタと遅れていたわけですが、こぐま更新係もポストカード作成に邁進するだけではなくこうした仕事もキッチリやってくれたのでございます。素晴らしい。(オレはその間飲んだくれていただけという気もするし)というわけでAmazonで買おうと思って待ってた方がいらしたら、ガツンと買ってくだちゃい。今やポイントとかついちゃうし。

土曜日。UPLINK XでMUSIC DOC. FES.愛しきベイルート アラブの歌姫

誰かのつくった「歌」が人々に届くのか、人々が「歌」を受け取るのか。どちらも真実だと思うのだが、この映画では徹底的に歌を受け取る側の人の視点しかない。それはそれで清々しいものがあるのだが、さすがにそれにしてはサンプルの数が少ないというか、受け取る側の視点が偏りがちだったような気がして、ちょっと映画には入り込めなかった。ただしファイルーズの「歌」は魔力があるようで、例えばタクシーの運転手のクローズアップのバックに流れるだけで、日常の風景を見慣れないものに変えてしまったりする。そのあたりは凄い。

MIXTAPEも見たいな。

機動戦士ガンダム一年戦争全史 上—U.C.0079-0080 (1)

とある筋より、機動戦士ガンダム一年戦争全史 上—U.C.0079-0080 (1)を頂きました。ありがとうございます。

余りにも内容が多すぎて、まだ全部読めていないのだが、まあなんというか、労作である。これは「ガンダム」の世界を徹底的に現実的に歴史考証しようとしている本なのだ。制作当初から下敷きにされていたであろう歴史(第二次世界大戦との類似)もあれば、完全に後付けっぽいもの(コントリズムとか、ミノフスキー理論とか)もある。ただ、その「徹底的にガンダムを現実として考える」という姿勢は鬼気迫るものがあり、なぜそれほどまでの熱意が産まれてくるのか考えさせられてしまうのだ。(というか自分がなぜこんなに熱心に読むのかも分からないし)

30年近く前のたったひとつの作品が、これほどまでに多くの付随物を産むとは当時誰が予想しただろうか?当時のスタッフたちは、種を蒔いたどころか、それこそスペースコロニーを作ってしまっていたのである。3月に出る下巻は買おうと思います。

悪夢探偵

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・・で、そのまま隣の映画館でやってる悪夢探偵になだれこんだ。(ありがとうございます、これも例のごとく株主様のおかげでタダです。)

これは面白かった。連続で見たからどうしても比較してしまいそうになるが、「墨攻」とは比較にならない。あれはスタッフが多すぎて失敗した映画なのかもしれないけど、塚本晋也はそういった罠にはまりようがない。脚本も撮影も編集も演技も全部自分でやっちゃうから。塚本晋也の頭の中にある映像、音、悪夢が全てフィルムになって再現される。これは気持ちいいというか気持ち悪いというか、とにかく文字通り他人の夢の中に入り込むような体験である。

音、ノイズ、ぶれまくる映像、悲鳴、目、表情、声・・・・全てに何かが込められている。そしてこれだけはっきりと「映画」を信頼した映画を見ると、なぜだか分からないが嬉しいような気分になる。なんというか「ポジティブ」な感じがビンビン伝わってくるのである。(そういえばヴィタールも最終的な印象は「ポジティブ」だった)

ちなみに僕は悪夢をほとんど見ない。最近見た夢で一番怖かったのは、数千人の前でなぜかいきなり一発ギャグをやらされて、それが見事なまでに会場が静まり返るほどのスベリ具合で、どうしていいのかわからなくなる・・・というものだった。目覚めてから、これが夢で本当に良かったと思った。とりあえず松田龍平に「いやだいやだ・・・」と言われるような悪夢かどうかは微妙なところであるが。

墨攻

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日曜日。渋谷で映画。墨攻

首がまた痛くなった。今日は一日家で静養。会社で不自然な姿勢で寝たからだろうか?これからも歳をとるとともに身体のあちこちがボロくなってくるのだろう。部品の交換やメンテナンスをしたいが、そんな風にこの身体は出来ていない。ああまたとりとめもなく昨日の話。(一部誤解を招いたみたいなので、フォローみたいな感じ?フォローになってないかもしれないけど。)

どうしては人は機械に例えられるのが嫌いなのだろうか?

「産む機械」は論外の低レベル発言として、「会社の歯車」とか、「消耗品」「持ち駒」「捨て駒」といった表現も大抵の場合は嫌悪の感情でもって迎えられる。つまりそれは、「機械」という言葉が「特定の機能を果たす為に存在するもの。正確にその機能を果たすモノとして期待されている。(そしてその機能を果たせない機械には、存在価値はない。)」からだろう。他者から何らかの機能を期待されることはやぶさかではないが、他者から何らかの機能を果たすよう強制されるのは嫌だからだ。それはその機能を果たせないこと=存在価値の否定となってしまい、そうやって他者から不要であるという烙印を押されたとしても生きていかなければいけない僕らにとっては、到底受け入れ難い考え方であるからだ。

 昨日の夜、テレビで「千と千尋の神隠し」をやっていた。何度見ても素晴らしい。その中で湯婆婆に「ここで働かせてください!」としつこく食い下がる千尋が、雇用を承諾してもらうことと引き換えに名前を奪われる(「千」になる)というシーンを見て、ああこれは人が「役目」を与えられること/引き受けることの悦びと悲劇性を描いているのかな・・という気がした。

人は自らの機械的側面を、十分に認めている。ある程度の機能を果たさなければ世界から認めて貰えなくなることを自覚している。かつ、自分が交換可能な部品や、自分以外の人でもある程度はリプレース可能なモノであるということも、気づいていないふりをするかもしれないがよくわかっている。(だから人は悲しい気分になったりする)ただ、そんな「機能」を提供する存在としての人間には、「感情」というソフトウェアが標準で添付されていて、「千と千尋」に出てくる釜爺に言わせればそれは「愛じゃよ、愛」ということになるのかもしれない。

そう言えばこんな歌もあった。

あの娘に言わせりゃ オイラはバイブレーター
欲しい時そばで こいつが立てばオーライ
よそもの呼ばわり されちまったよ
人の思いなど 僕にはわからねーよ

Theピーズ/バイブレーター

いやあ一月は仕事も暇だなあなんて余裕かましてボケボケしていたら、突如として猛烈な嵐に襲われてしまったような感じのここ数日でした。こわくて死にそうでした。

「女性は産む機械」というどこかの大臣の発言が問題になっているらしいが、その発言がイコール女性蔑視、と判断して怒る人たちの中には確固として機械<人間という式が成り立っているのであって、つまりロボットなんてのはあくまで道具に過ぎないのだよという感覚が主流なのであろうということがよくわかった。SF者というのは機械蔑視に敏感なのである。たぶん。

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5 人間と機械の違いとは?