マッチポイント
先週の土曜日。目黒シネマでウディ・アレンの「マッチポイント」。これは道徳の教材として世界中の子供たちに見せてはどうだろう?と思いたくなるほどの、不道徳で、だけど正直な物語である。
この映画の言わんとするところは、オシャレに言うならば「人生は運」となるのだが、ぶっちゃけて言えば「人間は欲望の奴隷」であり、「勝ち馬に乗りたいなあ」となる。
この映画を見た人が、物語の中にてんこ盛りの「不道徳」に対して語らず、その代わりに「いかにスカーレット・ヨハンソンがエロいか」を語りたくなるのは当然である。我々は日々、そのように考える訓練をしているのであり、この映画はその訓練の復習のようなものだからだ。人間が一度味わった「よい生活」や、「満たされた欲望」は、手放すのは容易ではない。我々はそれを手放すような事態を「不幸」と感じるように設計されている。金も地位も愛もセックスも、すべてがラクチンに手に入っちゃったら、おそらくは全力でそれを守りたくなるのがこの哀れな人間の習性であり、その理由付け・正当化をするのが「欲望の対象としての女性」を完璧にやってのけるスカーレット・ヨハンソンなのである。
ただし、実世界での我々は、この映画ほどに純化された欲望や、自分が努力せずに手に入れた「ラクチンさ」に自覚的でなく生きているから、なんとなくこれを単なる娯楽として消費したくなってしまう。そのカジュアルな現状肯定感こそが、多くの批評家や「大人」たちがこの映画に喝采を送った理由なのかもしれず、そう思ってみるとなんとも恐ろしい映画だと言える。(つまるところこれは、ドストエフスキーの「罪と罰」を完全にコケにした映画なのだ。)
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