ボラット 栄光ナル国家カザフスタンのためのアメリカ文化学習

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日曜日。「大日本人」を見ようと思ったら満員だったので、シネ・アミューズで「ボラット 栄光ナル国家カザフスタンのためのアメリカ文化学習」。これも結構混んでた。

だいぶ前に町山ブログで紹介されてたのでなんとなく覚えていたのだが、確かに強烈で悪辣で悪趣味で下品で、しかも困ったことに面白い映画だった。「笑う」という行為を突き詰めていくと、そこには「差異」の迷路が待っている。差別ネタが禁忌であるから笑うのではなく、禁忌に対して笑うか/忌むかの反応を取らざるを得ないのが、人間だからだ。

同一性と差異の混沌であるところのアメリカ(ボラット風に言うならアメリカと合衆国)を旅するボラットは、そこで人間はどういった鎧を身にまとって生きているかを、淡々と(もしくは大変に騒々しく)レポートする。ボラットによって蛇口をひねられ、悪意や無知や偏見を垂れ流す人たちの表情は、どれも醜さに溢れているかというとそうではないし、ボラットの仕掛ける罠に比べればなんとも言えない無垢な感じさえある。更にはその「ボラット」という問題発言誘発の装置さえもが、その本来の目的を偽装するような巧妙な構造(まあ卑怯と言えば卑怯)を持っているので、結局剥き出しになった「アメリカ」は、その場に無惨にほったらかしにされるのである。まあそれでも結局、この映画のように「娯楽」としてすべてを回収/消費するだけの強力さをもった「アメリカと合衆国」なんだけど。

ボラットというキャラクターは、ほんの少しの例外を除いて、誰からも愛されず/しかも憎まれもしない。その「相手にされなさ」は見ようによっては相当に切ないし、それがなかったらこの映画はただの悪ふざけとして一瞬で忘れてしまうようなものだっただろう。

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このページは、biwacovicが2007年6月 5日 00:18に書いたブログ記事です。

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