book: 2006年4月アーカイブ

アシュラ

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「アシュラ」読了。

ここで描かれるのは極限状態の人間の「人間性」についてではない、と思った。「生まれてくること」を呪うアシュラへの回答はどこにもない。そんな回答など、腹一杯食ってる人にだって分かりはしないのだ。確かに人肉食というショッキングな要素はあるものの、その原因として暗示されるのは当時の階級制度であったり政治だったりするので、やはりこれは「革命」または階級闘争の物語として読めるのではないか?という気がしている。

なぜ子供たちは、不気味で異形のものでしかないアシュラに魅力を感じるのか?それは最下層にいる彼らにとって、秩序の破壊者たるアシュラがヒーローとして何かやらかすことを期待しているからである。若狭の逡巡(愛する貧乏人を選ぶか、愛していない金持ちをとるか)は、まさにシステムへの順応を選ばざるを得ないものの苦悩であり、その順応のプロセスに最初から脱落しているアシュラは、本人の意志に関係なくそういった者たちを魅了する。

ただ、この漫画が書かれた当時の階級闘争的要素が完全にはぎ取られた現代においても、やはりこの物語は別の闘争(もしくは完全なる敗北の物語)を呼びかけているような気がする。「人間らしくあること」を規定するのはその社会全般でしかなく、その中でのたうち回る苦悩には終わりがない。地獄そのものである都へ向かうことでこの物語は終わりを迎えるかのように見えるが、これが始まりだということに誰もが気付いている。

アシュラ (上)

アシュラ (下)

デス博士の島その他の物語

ジーン・ウルフの「デス博士の島その他の物語」読了。

素晴らしい。イランの御曹司が未来の崩壊したアメリカを旅する「アメリカの七夜」はまさに傑作。「私」が書いている日記は、一部を削除され、ある夜は妄想であり、ある部分は真実であるらしい。だけど読者たる我々にはわずかな手がかりしか残されておらず、不安なままにアメリカをさまよう。

それは超絶技巧の美しさ。「文章」が我々に魔法をかける様を見せつけられる。ディケンズ、H・G・ウェルズ、幾多の作家の魔法がウルフの言葉によって更なる幻惑となって我々に襲いかかる。これほど記述者と読者の関係性を魅力的に書いた本を僕は知らない。なぜこのテキストの作者をあなたは信用することが出来るか?どこまでが本当か、なぜそれが本当か、どうやってあなたは知るのか?そして難解に思える言葉の連なりがいつしか不安定ながらも心地よい現実として認識出来たとき、我々は完全に小説の中の幻に取り込まれる。これはおそらくは読み返すほどに、新たな発見がある本なのだろう。