book: 2007年3月アーカイブ

遺す言葉、その他の短篇アイリーン・ガン「遺す言葉、その他の短篇」。帯には「超寡作作家が四半世紀にわたり書きためた珠玉の12編」とあったが、その謳い文句に違わぬ面白さだった。ウィリアム・ギブソン、アーシュラ・K・ル・グィンといった蒼々たるメンツからの賛辞はダテじゃない。しかしまあ1976年から書き始めて、やっと2004年に短編集・・というのはなんとも気の長い話で、そういった創作環境が適している人もいるのだろう。

「中間管理職への出世戦略」・・・カフカの「変身」が、(80年代にマイクロソフト社でバリバリ働いていたという)彼女なりの味付けでリミックスされたような短編。会社組織の抑圧とおかしみに、この作者はただ者ではないと思わされた。

「コンピューター・フレンドリー」。サイバーパンクと残酷な童話のミックス。ここにあるのは人間ならざるものの擬人化ではなくて、人間の非人間化である。しかもこれって風刺というより、現代そのものでは?

「ニルヴァーナ・ハイ」。カート・コバーン高校を舞台にした青春(そうか?)小説。マイクロソフト提供の高校生活、グランジを奏でるブラスバンド、コートニー・ラブのような格好をしたチア・リーダー、校歌は「これを生き延びろ」。。。なんて狂った小説だ。

「アメリカ国民のみなさん」「ソックス物語」「遺す言葉」「ライカンと岩」「コンタクト」「スロポ日和」「イデオロギー的に中立公正なフルーツ・クリスプ」「春の悪夢」・・とタイトルを並べただけでも面白いではないか。そして圧巻は若きアイザック・アシモフとロバート・A・ハインラインが登場する「緑の炎」・・・。奇想というより、丁寧に選びとられた言葉で綴られる物語はどれも美しい。そして、創作の秘訣まで書いてある。なんていい人なんだ。

二週間後、シアトルの自宅で、わたしは電話に出た。ギブスンからだった。「きみに創作の秘訣を言うのを忘れてた」と彼は言った。

「そうね」とわたしは言った。「創作の秘密は何なの?」

強調のための一拍。それから、「自分の作品に対して感じる非常に自然で適切な嫌悪に打ち勝つすべを学ぶことだよ」

それは、これまで人からもらったなかで、もっとも役に立つ創作の秘訣だった。

「創作の秘訣」アイリーン・ガン

天の声・枯草熱
レム・コレクションで買ったはいいけど、途中まで読んで放置していた。「天の声」でどうにも集中できず、ついつい他の読みやすい本に流れてしまっていたのだ。ただ、今年になって「大失敗」が刊行されたので、これは先に出たレム・コレクションを片付けてから読みたいなあと思って一気に読んだ。

<天の声>
いわゆるファーストコンタクトもので、しかもそれ自体を否定するような構造になっているのがまさにレムの小説のレムたる由縁か。知性によりかかろうとすればするほど、大いなる不可知性に包囲される様子は、スリリングというよりコミカルですらある。

<枯草熱>
小説のタイトルだけは昔から有名だったけど、ながらく入手困難だったこの小説。タイトルはかれくさねつ、ではなくこそうねつと読むのはこれを買うまで恥ずかしながら知らなかった。これは紛うことなき大傑作。ミステリでありつつ、ミステリ自体を語り直すという試みにもゾクゾクするが、その細部で描かれるヨーロッパも実にクールで面白い。「謎」はそもそも「謎」であるのか徹底的に検証される。そして最終的に、我々は鮮やかな騙し絵のように小説というもの自体と向き合う羽目になる。これは実に気持ちのいい瞬間だった。

追記:枯草熱とは、花粉アレルギーの症状のことで、もし今訳すなら「花粉症」になるだろうとのこと。この小説の主人公は花粉症の元宇宙飛行士なのだ。多くの花粉症患者の皆様には、この本を読んでも症状の緩和にはなんの改善も見られないだろうが、なんとなく共感出来ていいかもしれない。レムの文章というのは、真面目くさった顔して実は下らないことを書いていたりするのも魅力なんだけど、その下らなさがまたクルッと回って深い思考へ繋がったりするから面白い。この小説における花粉症はそういった意味で最高のギミックだと思う。

次は「大失敗」。タイトルがいいな。
大失敗