cinema: 2005年8月アーカイブ

landofthedead.jpg

朝一番の回で、ジョージ・A・ロメロ のランド・オブ・ザ・デッド

終わりゆく夏におすすめの1本。そして爽やかな朝に見るのもまた良し。川を渡るゾンビの大群の姿はどこか涼しげだし、食いちぎられる四肢も、撃ち抜かれる頭部も、えぐられるハラワタも、全てがきっちりと作られた職人技の世界である。美しい花火まで上がるし。

どうにも出来なくなってから、何年が過ぎたのかは分からないけど、少なくとも僕が生きている間にはスペースコロニーに人類が住むようなことは無さそうだと分かりはじめた夏。毎度のクソ暑い誕生日。

しかし、ビワコビッチさんにとっては最高の誕生日プレゼントでしたな
うまねんblog

まさに!。NHK-BSで一晩丸ごとガンダム特集。まさかこんなタイミングで放送してるとは。自分を見つめ直す意味でも、正座しながら見直しました。

面白かったのは、途中にあった富野喜幸(現:富野由悠季)監督のインタビュー。「ガンダムは社会現象になんかなってない」「ファンが騒いでただけ」「ファンがガンダムを好きなのは当たり前」「ファン以外の人にまで訴えるものがなかった」というくだりは非常に真に迫った感じがあった。本当の意味でメジャーだったりメインストリームではないんだよね、所詮アニメの影響力というはあくまでサブカルチャー的な広がりでしかないと。その後に「これは放送しなくていいよ」と言いながら「今の時代に改憲論者が出るというのは、結局僕らのメッセージは何も伝わっていないということ」と言ったあたりは、非常に切ない感じがした。

子供に見せるものでありながら、決して子供を馬鹿にすることなく、真正面からSFをやり、戦争を描いてみせた大人たち。こうやって大人になってからその作品を見てみると、当時の彼らの情熱をリアルに感じてしまう。仕事だからと諦めずに、その制約の中でなんとかものを作ってみせようとした人たちがいたからこそ、いい大人になっても何度見ても感動してしまうようなものが出来たんだろう。

「モビルスーツ」というのは身体の拡張としての装置であり、他者を制圧したり味方を守ったりする「力」への憧憬そのものである。生き延びるため、守るため、という理由からその「力」を手にした少年が、最後のその「力」を捨てる。そこにこそ、この物語の核心がある。最後に、爆発の中から飛び出すコアファイターがあんなにも美しいのは、地獄からの祈りを込めた脱出だからだ。そしてそれに比べて、復讐を果たすシャアの姿はあまりにも悲しい。

映画として評価するならば、「哀・戦士編」の完成度は素晴らしい。ジャブローのシーンで、ピアノのイントロが流れる瞬間の鳥肌は未だに健在だった。一体何回このシーンを見たことだろう。

猛烈な暑さの中、朝から映画。新宿K's cinemaでリンダリンダリンダ

すばらしい。大好きな映画と言ってしまっていいだろう。

前のエントリーで「ハジケル系の映画」とか「ダメ男映画から女子高生映画への転身」とか、勝手な憶測で書いてしまったのだけど、見事に裏切られた。元気いっぱいで、笑いがいっぱいな映画ではなく、「どんてん生活」「ばかのハコ船」「リアリズムの宿」・・・といった今までのこの監督の映画と、やっぱりどこかで繋がっている。淡々としたリズムがある。

ただ決定的に違うのは、ペ・ドゥナ(=韓国からの留学生ソンさん)という「外部」の視点が明確な存在感をもって作品に乗り込んできたせいで、そこに何らかのバランスを崩す作用があったことだろう。だから「何も起きない」「何も変わらない」世界が、一瞬だけかけがえのないものとして、分かり易く切り取られる。