cinema: 2007年1月アーカイブ

土曜日。テアトル新宿でエレクション

ジョニー・トー監督作品。今までに見た「PTU」「ブレイキング・ニュース」が抜群に面白かったので、期待に満ちて見に行ったんだけど、お客さんの入りはイマイチで、しかもたったの2週間で上映が終わってしまうみたいで、それはかなり残念である。

映画の方は、期待に違わず良かった。全編に溢れる緊張感。2年に一度、幹部による選挙で会長を決める”和連勝会”なる組織の物語。原題は「黒社会」。本来は1本の作品だが、長くなり過ぎたので分割されたという「エレクション2」があるそうだ。これはまだ日本での公開が未定のようなんだけど、なんとしても劇場公開してもらいたい。

ゆれる

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ゆれる
先週の金曜日。六本木ヒルズのアートスクリーンでやってたので、未見だったゆれるを見た。

兄弟姉妹というのは、人間関係のプロトタイプみたいなところがあって、いつも人との関係性を考える時に参考してしまう。兄弟姉妹という分類による性格の考察は、血液型よりは当てになると思うし、「真面目な兄と自由な弟」という紋切り型にも大きな違和感はない。ちなみにオレは長男で、男性の友人は長男が多く、女性の友人は次女が多い。あと「田舎に弟を残して、自分が東京に出てきた長男」という自分の属性、これも何かを表してような気がするのである。(酔うとよくこんな話をしているような気がするが)

シンプル・プランで、この映画はそんな兄弟姉妹人間論に、決定打を投じるべくかどうかはともかく、細かい人間描写で兄と弟のいくぶんパターン化した関係性を描いた秀作でした。パターン化した関係性でありながらも、それが大きく揺さぶられる(それは二つの決定的な「行為」によって引き起こされる)ので、ありきたりではなく動きのある物語としての迫力を備えた映画になったのではないでしょうか。ビリー・ボブ・ソーントンとブリジット・フォンダが出てて、サム・ライミ監督の「シンプル・プラン」を思い出した。あれも兄弟ものの傑作だった。

(以下どうでもいいことですが続きます)

トランスアメリカ
先週目黒シネマで見た映画。トランスアメリカ。家から一番近い映画館なんだけど、初めて入った。

性の横断を軸として、アメリカ/人種/家族それぞれが、横断されていく映画。映画には色んな種類があって、中でも多いのは「困難や障害を克服する」系の物語。この映画も一見その流れにあるように見えるんだけど、どこかで安易な「和解」「克服」「成長」を拒否しているように感じられて、そこが実に良かった。混乱と単純化のせめぎ合いの中で、つかの間の休息はあるかもしれないが、やはり永遠に安住出来る場所を見つけることは難しく、人はそんな当たり前のことを学ぶことにすら時間がかかってしまうのだ。

併映はキンキー・ブーツ。これはこれでサラッと見るには面白い映画。音楽が良かった。

映画漬け三連休のラストを飾ったのは、フィリップ・ガレルの恋人たちの失われた革命。東京都写真美術館ホール。

例えばその昔、「カラマーゾフの兄弟」や「百年の孤独」を何度も挫折しそうになりながら読破して、いやーおもしろかったよ!とちょっと得意げに思ったりするような、そんな感覚を思いだした182分間。最近はすっかり怠惰な映像の消費者として確立されてしまった自分を戒める意味でもいい機会だったかもしれない。

もしかすると400字くらいで要約出来る話だが、182分間なければならないのだ。それほどまでに強烈な作家性を目の当たりにすると、負けてたまるかという気になって、睡魔と戦った。

戦っただけのことはあったと思う。作る側が本気なら、見る側も同じように本気で見ないといけないのである。

これも日曜日に見た映画。銀座テアトルであるいは裏切りという名の犬。満員でした。

原題は「オルフェーブル河岸36」(=パリ警視庁)で、それがこの邦題「あるいは裏切りという名の犬」ですよ。潔いというか、まったく迷いがない感じがいいです。無条件でかっこいいもん、ここまでくると。ただ、フライヤーは最低でした。ほとんどあらすじが書かれていて、ラストの30分くらいまでのストーリーが分かったまま見てしまいました。マジでこのチラシを作った人たちを罵りたい気分です。皆さんも情報を入れずに見に行くことをおすすめします。

映画も迷いのない感じでした。早速ハリウッドはデ・ニーロとジョージ・クルーニーでリメイクを作るという話になっているらしく、まあ納得のいくキャスティングのような気がします。これもディカプリオとマット・デイモンだったらどうしようかと思いました。

日曜日に見た映画。イカとクジラ

1969年生まれの監督による脚本は、80年代のニューヨークを舞台にした家族の物語。ともに作家の両親が離婚して、子供たち二人は父と母双方の家を行ったり来たりすることに。そのせいで兄弟は二人ともちょっとずつ混乱しておかしくなっていく・・という展開。ウディ・アレンっぽいらしいですが、ぼくはウディ・アレンわかんないので、本当にそうなのかは不明。

3連休はどこに出かけるでもなく、取り憑かれたように映画ばっかり見ていたのだった。

これも土曜日に見た映画。シネマライズでダーウィンの悪夢

この映画が描こうとするのは「適者生存」「最適化」のある一面であり、それは当然のごとく非人道的な結果をもたらすこともある、ということである。情緒的にそれを指摘するのではなく、あくまでシステムの概要図として見せる手法はとても明解で、我々は同情することすら許されない。このシステムの中にいることを、ただ単に認識するのみである。はいそうですか、わかりました。という感じ。

悪者はいない。それぞれの役割を果たす、人のいい顔をしたシステムの構成部品たる我々がいるだけで、この地獄は現出しているのである。だから「グローバリゼーション」が即ち悪の根源であるような言い方には猛烈な違和感を感じる。この映画をどう見たらそんな風に思えるんだ?そんな表面的なところに「悪」が潜んでいるのなら、誰も苦労はしないはずだ。むしろ究極的で科学的なグローバリゼーションこそが、この地獄をなくすことに近づけるのではないか?と思うくらいだ。

雨の土曜日。渋谷でリトル・ミス・サンシャイン

シネクイントはどうして未だに座席の予約どころか、整理券の発行すらもしないのだろう?という疑問はさておき、今年最初に見た映画がこれで良かった、と素直に思える良作。

人間には二つのタイプがいて、それは勿論勝ち組と負け組だ、勝ち組になりたいか!と叫ぶお父さん(実際には相当負けてる)、ニーチェかぶれの無言お兄ちゃん、プルースト研究者で自殺未遂の伯父さん、ヘロイン中毒のエロ爺ちゃん、そして子供のミスコンで優勝することが夢の7歳のオリーブとそんな家族にがんばってチキンとスプライトの夕食を提供するお母さん。わかりやすく壊れかけた登場人物たちが、黄色いバスにのって旅をする物語。

去年の大晦日に横浜で見た映画。硫黄島からの手紙

予告編を見た時は、「我々の戦いには意味があるんです!」とか大声で叫ぶ栗林中将のシーンや、西郷とその妻のシーンなど、余りに情緒的な部分に訴えかける要素が多い、典型的な日本のダメ戦争映画の匂いがして、正直あまり期待していなかったのだが、いい意味で裏切られた。