cinema: 2007年2月アーカイブ
土曜日。シネマライズで善き人のためのソナタ。
1984年の東ベルリン。シュタージ(国家保安省)のヴィースラー大尉は、劇作家ドライマンとその恋人クリスタの日常を監視することになる。アパートにはいたるところに盗聴器が仕掛けられて、ひたすら盗聴とその報告が淡々と行われるのだが、「そのあと二人はセックスをする」とか、カッチリとしたタイプライターの文字と音で報告書が作られていく様子がなんとも言えない緊張感を生む。しかもヴィースラー大尉は、ほとんどの表情に、生き生きとした感情の表出がなく、わずかな目の動きでしか彼の心情を測ることは出来ない。そしてその目の演技こそが、この映画の核心である。
抑圧的な社会/自由な社会、監視するもの/されるもの、記述するもの/されるもの、モノを書くということ/それを演じること・・・様々な対立概念(または相互に補完し合うもの)が、少しずつ狂っていく様子が描かれている。そしてこの風景は決して過去の東ドイツだけに存在したものではなく、今もなお延々と続く舞台のようなものであると気付いたとき、「善き人」であるということはなんと難しいことかを知って、我々もまた泣くのである。
土曜日。UPLINK XでMUSIC DOC. FES.愛しきベイルート アラブの歌姫。
誰かのつくった「歌」が人々に届くのか、人々が「歌」を受け取るのか。どちらも真実だと思うのだが、この映画では徹底的に歌を受け取る側の人の視点しかない。それはそれで清々しいものがあるのだが、さすがにそれにしてはサンプルの数が少ないというか、受け取る側の視点が偏りがちだったような気がして、ちょっと映画には入り込めなかった。ただしファイルーズの「歌」は魔力があるようで、例えばタクシーの運転手のクローズアップのバックに流れるだけで、日常の風景を見慣れないものに変えてしまったりする。そのあたりは凄い。
MIXTAPEも見たいな。
・・で、そのまま隣の映画館でやってる悪夢探偵になだれこんだ。(ありがとうございます、これも例のごとく株主様のおかげでタダです。)
これは面白かった。連続で見たからどうしても比較してしまいそうになるが、「墨攻」とは比較にならない。あれはスタッフが多すぎて失敗した映画なのかもしれないけど、塚本晋也はそういった罠にはまりようがない。脚本も撮影も編集も演技も全部自分でやっちゃうから。塚本晋也の頭の中にある映像、音、悪夢が全てフィルムになって再現される。これは気持ちいいというか気持ち悪いというか、とにかく文字通り他人の夢の中に入り込むような体験である。
音、ノイズ、ぶれまくる映像、悲鳴、目、表情、声・・・・全てに何かが込められている。そしてこれだけはっきりと「映画」を信頼した映画を見ると、なぜだか分からないが嬉しいような気分になる。なんというか「ポジティブ」な感じがビンビン伝わってくるのである。(そういえばヴィタールも最終的な印象は「ポジティブ」だった)
ちなみに僕は悪夢をほとんど見ない。最近見た夢で一番怖かったのは、数千人の前でなぜかいきなり一発ギャグをやらされて、それが見事なまでに会場が静まり返るほどのスベリ具合で、どうしていいのかわからなくなる・・・というものだった。目覚めてから、これが夢で本当に良かったと思った。とりあえず松田龍平に「いやだいやだ・・・」と言われるような悪夢かどうかは微妙なところであるが。

