cinema: 2007年8月アーカイブ
日曜日。恵比寿でデイヴィッド・リンチのインランド・エンパイア。
くらやみの中の3時間。
これ以上はないというくらい、リンチのやりたい放題な感じで延々と続く、異様な世界。「ワケが分からない」ことを追い求め、「謎」を解き明かしたいと集まってくるリンチ信者たち。
映画というものが何を表すものなのか、今まで多くの映画を見てきたが結局のところよくわからない。たあ、一つのあり方として「デイヴィッド・リンチの映画」という基準があるような気がする。それはすなわち、映画とは難解さと謎解きのイタチごっこであり、さまざまな仕掛けをちりばめられていて、その隠された意味が見えるような瞬間こそが最も美しいとする立場だ。(おそらくそれは文化的に成熟というか爛熟したような場所で育った人にしか楽しめない映画だろうが)
そしてそのくらやみの3時間が終わったとき、とってもすっきりとこの映画を見終わった僕がいた。なんか異様に「わかった」という気がしたのである。まあ解釈は人それぞれだとは思うけど。
以下は俺の解釈。
土曜日。ル・シネマでリトル・チルドレン。この映画館は上品なおじさんおばさんお嬢さんが多くて、いつもなんとなくはぐれもの気分なのだが、この映画を見たあの上品な人たちは何を思うのだろう?
まあそれはともかく、今のところ僕が今年見た映画の中ではベストかもしれない。
2時間17分の間、まったくダレることなく緊張感が続く。この映画で語られる物語の結末が気になるのはでなく、そこで起こっていることをただただ凝視してしまう。登場人物の誰かに感情移入して感動したりするのではなく、有閑の専業主婦/前科ありの変態/司法試験浪人主夫/元警官・・・といった登場人物の誰もが少しずつ「私」であるように思ってしまう。ケイト・ウィンスレットはまったくもって素晴らしいくらいに生々しい主婦を演じていて、その振る舞い一つ一つに集中してしまう。実にいやらしい。
結局のところ、この映画が何を描いているのかは不明だ。ただ、なんとなくムズムズするような感覚だけが残る。「子供のままでいる大人」という解釈もよくわからない。実は人はみな、自分が何をやりたいのかサッパリわかっていない・・というようなぶっちゃけ話なのかもしれない。

